『パラサイト』以降の韓国ドラマの力量がわかる 韓流ファン以外もハマる『愛の不時着』

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2020年04月03日 13:41  リアルサウンド

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『愛の不時着』Netflixにて配信中

 2月25日にNetflixが「今日のTOP10リスト」を公開し始めてから、『鬼滅の刃』や『テラスハウス』などの国産人気コンテンツに混じって韓流ドラマがランクインし続けていることにお気づきだろうか。そのドラマ、『愛の不時着』は声に出すのが気恥ずかしい昼ドラもどきのタイトルながら、『パラサイト 半地下の家族』(2019年)のアカデミー賞受賞という偉業を経た韓国映画・ドラマの現在の力量を計り知る強力な作品だ。


参考:『パラサイト』は“百花繚乱の時代”の象徴に? 『シュリ』から始まった韓国映画の20年


 『愛の不時着』は、韓国のCJグループが経営するテレビチャンネルtvNが2019年12月から2020年2月まで放送した連続ドラマで、日本でも人気のソン・イェジン(『私の頭の中の消しゴム』(2004年))とヒョンビン(『コンフィデンシャル/共助』(2017年))によるラブコメディ。tvNでの視聴率は歴代最高を記録し、韓国では放送翌日にNetflixで配信されたことも現代の視聴スタイルとマッチしたようだ。日本では韓国での放送が最終回を迎えた2月23日よりNetflixにて全16話が配信されている。韓流ドラマお得意の“障害付き恋愛物語”できっちり泣かせ、北朝鮮とのカルチャー・ギャップでシニカルな笑いを散りばめる。ラブコメとジャンル分けしてしまうと視聴者層を狭めてしまうが、むしろラブコメに食指が動かされない人にこそ観てほしい。


 韓国経済界を牛耳る財閥一族の令嬢ユン・セリ(ソン・イェジン)は、家の助けを借りずにファッション企業を立ち上げ株式上場まで成した凄腕起業家。家柄、美貌、頭脳を兼ね備えた彼女だが、自分以外信じられる存在がいない。新商品を自らテストするためにパラグライダーに興じたセリは、天候変異で竜巻に巻き込まれ北朝鮮との軍事境界線を越えてしまう。不時着した彼女を抱きとめたのは、北朝鮮軍のエリート将校リ・ジョンヒョク(ヒョンビン)だった。寡黙で堅物のイケメン将校は、突然空から降臨してきた消費社会の姫を命賭けで守ろうとする。セリの家族は財閥の後継問題で、ジョンヒョクの周囲は軍に蔓延る陰謀に翻弄されていた。絶対に越えてはならないDMZ(非武装地帯)を踏み越えたふたりの運命はーー? 一途で無言実行型のヒーロー像は韓流ドラマの定型、そして財力・美貌を兼ね備え、高慢で男運のないヒロインは『セックス・アンド・ザ・シティ』などに代表されるアメドラの定型だ。『愛の不時着』がNetflixで全世界配信され人気を博しているのは、韓流とアメリカンのハイブリッドドラマだからかもしれない。


 あらすじからも、韓流メロドラマの域を出ていないと感じるだろうか。ところが、ファンタジーの枠組みを整備し外堀をきっちり埋めた脚本が、パラグライダーで国境を越える設定や織姫と彦星のように北と南で分断されるカップルの世界といったドラマ内でのみ成立するリアリティを築き上げる。38度線で分断された南北朝鮮は『シュリ』(1999年)や『JSA』(2001年)などでも描かれてきた定番ネタだが、『愛の不時着』では工作員や軍隊ではなく、一般市民から見た南北問題を描く。なにかのきかっけで南北朝鮮の人々が出会い恋愛したり友情を築いても、もう二度と会うことはできない。声を聞くこともメールを交換することもできず、「もしも統一したらまた会いましょう」が唯一残された希望となる。セリとジョンヒョクが惹かれ合うにつれ、セリと北朝鮮の人々が触れ合うにつれ、「分断」という絶望が重くのしかかる。セリが「アフリカにも南極にも行けるのに、どうしてあなたはこここ(北朝鮮)に住んでるんだろう」とジョンヒョクに言うシーンがあるが、21世紀にこんな不条理が残されているのは世界中でここだけだ。


 巧く書かれた脚本はドラマの全体像を見渡す設計図となり、作品に関わる全てのキャスト・スタッフそして視聴者が世界観を共有する有効な手段となる。特にセリフが巧妙で、同じ言語をしゃべりながらも意思の疎通が図れないもどかしさとおもしろみをユン・セリと北朝鮮の村人たちとのテンポのいい会話劇で表し、コメディとして成立させている。毎エピソードのエピローグで別の視点を描く演出も、散りばめられた数々の伏線を回収していく最終回も見事だった。まだ40代半ばで韓国の人気ドラマを数多く手がけてきた女流脚本家のパク・ジウンは、構想の段階から多くの脱北者を取材しディテールを固めていったそうだ。放送中、このドラマで描かれた北朝鮮ライフの整合性をジャッジする脱北YouTuberが多く存在したというのも驚きだ。韓国語を理解しない視聴者は字幕を通じてしか理解する術がないが、北朝鮮で使われる専門的な語彙を注釈しながらテンポの良い掛け合いを再現する字幕の完成度も高いと感じられた。ドラマ放映時に韓国では、「北朝鮮を美化している」として国家保安法違反で告発されたというが、一方北朝鮮でも秘密裏に映像を入手し、「虚偽と捏造に満ちた不順極まりない作品を流布させる韓国のやり方」に怒り心頭だったという報道もある。


 さらに特筆すべきは、世界中の多くの人が報道の中でしか見たことのない北朝鮮の生活を作り上げた美術やロケーション。物語の多くは軍事境界線に近い村で起きるのだが、保衛部(国民を監視する秘密警察)の検閲が行われ庭に掘られた食物倉庫に隠れたり、南から密輸された物資が闇市場で取引されるような描写にも信憑性がある。北朝鮮でのユン・セリのファッションやジュンヒョクの家のインテリアは韓国で流行っているニュートロ(ニューレトロ調)を基調に、むしろおしゃれなものになっている。これは韓国ドラマがEコマースと深く結びついていることも関係しており、彼女がドラマ内で着用したファッションは放送直後からサイトで購入できるようになる。そのため、いくら舞台が北朝鮮といえども購買意欲をかきたてるファッションでなくてはならないのだ。イケメン将校や彼の婚約者が属する北朝鮮上流階級の生活が描かれているのも、南北問題を描いた作品として新鮮だ。上流階級は留学もすれば、移動電話(携帯電話)でゲームし、外国人とともにデパートでショッピングをする。世界から分断されているようなイメージのある北朝鮮にも、消費社会の波が押し寄せていることがわかる。


 視聴率20%超えでtvNの歴代1位となったのは、ソン・イェジンとヒョンビンという人気俳優(ふたりには実生活での熱愛説が絶えない)の主演が起因しているのは明らかだが、主演を含めた全出演者の演技力の高さは筆舌に尽くし難い。特に、セリが友情を育むイケメン将校の部下隊員4人と田舎村の主婦たちは、このドラマの宝と言ってもいい。彼らの存在は南北ギャップを笑うコメディリリーフでもあり、同じ言語を使いながら全く異なる世界に生きる不条理、違いを超えて繋がる温かな交流を描く泣きポイントとなっている。それらの芸達者な俳優陣のなかでひときわパワフルな演技を見せる俳優が2人いるのだが、それは『パラサイト』で家政婦となる貧乏家族のお母さん(チャン・ヘジン)と、「リスペクト!」のおじさん(パク・ミョンフン)である。


 『パラサイト』が世界中で受け入れられた理由に格差社会を描いたことが挙げられているが、『愛の不時着』も大きな視点では格差が主題だ。韓国と北朝鮮の38度線で区切られた物質・情報格差を、どちらにも優越をつけることなく描く。ソウルでは全てを手にしていた財閥令嬢のセリだが、人生に大きな欠落感を抱えている。彼女の家族は財閥の富を巡って抗争を繰り返していて、血の繋がりのある家族にも気を許すことができない。一方の北朝鮮の村人たちは食べ物や贅沢品には欠乏しているが、助け合い守り合い、その輪の中に不審者のセリも受け入れる。政府高官の親に結婚も進路も決められたジョンヒョクが、資本主義社会で自由に生きてきたセリに、人を思う尊さを教える。持つもの・持たざるものの対比は、お金や物資だけではない。『パラサイト』以降の韓国ドラマは、さらに一歩踏み込んだ視点で格差社会を見つめている。


 2020年が始まってまだ4ヶ月目だというのに、すでに多くのことが起きすぎて忘れがちだが、『パラサイト』が第92回アカデミー賞で作品賞・監督賞・脚本賞・国際長編映画賞の4冠を受賞したのはほんの7週間前のこと。ポン・ジュノの演出と脚本が国際舞台で評価されたように、『愛の不時着』も、ドラマならではのファンタジーを活かす骨組みを立てその中で自由にキャラクターを動かす脚本、ドラマに課せられたラブコメの域を守りながらテーマに深く切り込む演出が評価されている。そして、『パラサイト』が史上初の外国語映画としての偉業を達成する大きな後押しとなったSAG(全米俳優協会)賞のアンサンブル賞と同様、主演俳優だけでなく脇役に至るまで全ての俳優がそれぞれの持ち場で最高の演技とハーモニーを奏でる演技力が今作の醍醐味だ。アカデミー賞授賞式で『パラサイト』のプロデューサーであり韓国の映像エンターテインメントのゴッドマザーであるCJグループのミキー・リー副会長がスピーチしたように、韓国のエンターテインメントは厳しい視点を持った韓国の観客によって支えられてきた。その結晶が『パラサイト』であり、『愛の不時着』なのだろう。(平井伊都子)


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