韓国映画『国家が破産する日』が描く、20年前の経済危機と壊れた日常――終わらない格差と不信

5

2020年04月24日 22:22  サイゾーウーマン

  • チェックする
  • つぶやく
  • 日記を書く

サイゾーウーマン

近年、K-POPや映画・ドラマを通じて韓国カルチャーの認知度は高まっている。しかし作品の根底にある国民性・価値観の理解にまでは至っていないのではないだろうか。このコラムでは韓国映画を通じて韓国近現代史を振り返り、社会として抱える問題、日本へのまなざし、価値観の変化を学んでみたい。

『国家が破産する日』

 日本では新型コロナウイルスの終息のめどすら立っていないが、世界的には以前から懸念されていた経済への打撃がいよいよ具現化してきた。先日は、石油価格が大幅に下落。また各国は国民の生活補償として巨額の支出を行っているため、“コロナ後”にはどの国も切迫した財政状況になるだろう。

 “国家の破産”――信じられないことだが、これは1997年、韓国が現実に経験したIMF通貨危機という歴史的出来事を指している。日本でも学校の授業で聞いたことくらいはあるだろう。実際には、IMF(国際通貨基金:国際金融、為替相場の安定化のための機関)の介入によって破産は免れたものの、韓国の経済と社会は大打撃を受け、国民の多くがその後の生き方を変えざるを得なくなった。今回はそんな20年以上前の歴史を題材にした『国家が破産する日』(チェ・グクヒ監督、2018)を取り上げてみたい。

≪物語≫

 OECD(経済協力開発機構)への加盟を実現し、ついに先進国への仲間入りを果たしたと国全体が浮かれていた1997年の韓国。しかし水面下では経済破綻が確実に迫っていた。通貨危機の兆しを察した韓国の中央銀行「韓国銀行」の通貨政策チーム長ハン・シヒョン(キム・ヘス)は上司に報告、政府は遅ればせながら国家の破産を防ぐべく、密かに対策チームを立ち上げる。一方、独自の分析で状況を把握した金融コンサルタントのユン・ジョンハク(ユ・アイン)は会社を辞め、危機こそチャンスと主張し、投資家たちを集める。そんな社会の動向を知るすべもない町工場の社長ガプス(ホ・ジュノ)は、大手デパートとの大口契約締結に大喜び、現金ではなく手形取引であることに一抹の不安を抱きつつも事業の拡大に乗り出す。対策チームでは、危機にどう取り組むべきかをめぐり、シヒョンと財務局次官パク・デヨン(チョ・ウジン)が激しく対立する。反対するシヒョンを振り切ってデヨンは強引にIMFへ救済を要請。専務理事(ヴァンサン・カッセル)が交渉のために来韓し、韓国の運命はIMFの手に委ねられる……。

 物語自体は決して難しくはないのだが、専門用語が盛り込まれた台詞がスピーディーに交わされるので、理解を深めるために、まずはこの歴史的事件について細かく振り返っておこう。

 映画でも描かれているように、事の発端は東南アジア諸国の経済危機にあった。東南アジアの経済が悪化し、その延長として外国人投資家たちは韓国経済にも危機を覚え、資本回収に着手したのだ。この事態によって韓国では直ちに為替の暴騰と株の暴落が発生し、企業に致命的な打撃を与えた。中でも、外国資本に頼って事業を拡大してきた企業にとっては、死亡宣告も同然だった。その代表例が、映画にも出てくるハンボグループの破産である。しかもこのグループは、事業に関する意思決定の90%を占いに頼ってきたという信じがたい実態まで明らかになり、世界の笑いものになった。

 だが韓国の金融危機は、それだけが原因ではない。映画でははっきりと語られないものの、軍事独裁政権時代から平然と行われてきた、政治と経済の癒着という韓国の「体質」が招いた側面も大きいのだ。企業は独裁権力に賄賂を渡し、政権はその見返りとして、企業が借りたい放題で銀行から融資を受けられるといった利権を与えた。企業はその利権を利用して銀行から莫大な融資を受け、その一部をまた政権に還元する。この悪循環の構造に安住してきた韓国の体質そのものが、しまいには自らを経済破綻の危機に追い詰めたのである。

 金泳三(キム・ヨンサム)政権は、長い軍事独裁後に発足した、国民が待ちに待った民間による政権(いわゆる「文民政府」)だったが、上述した悪循環を断ち切ることはできなかった。ハンボグループから莫大な賄賂を受け取ってグループへの利権を手回ししたのは、ほかでもない金泳三の息子、金賢哲(キム・ヒョンチョル)だったのだから。彼はハンボ破産の責任を問われて逮捕され、韓国社会に大きなショックを与えた。政経癒着という誘惑には、文民政府でも打ち勝てなかったというわけだ。以前、『パラサイト』を取り上げたコラムでも書いた「韓国型賎民資本主義」の当然の帰結と言えるかもしれない。

 こうして企業が次々と倒産し、手形が不渡りになって国中が混乱に陥る中で、政府はIMFに助けを求めたのだが、末期の金泳三政権など眼中にないIMFは、大統領選挙の候補者たちに「当選した場合はIMFの指示に従う」という誓約書を書かせたのち、韓国の要請に応じた。そしてIMFの指導による経済の構造改革の下、財政が悪化した企業の破産と、そこに道連れのように巻き込まれる下請け業者の破産の連鎖の結果、街には失業者があふれ、自殺者が急増、「IMF自殺」という悲しい流行語まで生まれた。このような悲惨な状況は、映画の終盤で端的に描かれているが、OECDへの加盟で先進国の一員になったという幻想に酔っていた韓国は、加盟からちょうど1年後、奈落の底に落ちてしまったのだ。

 さて、その後の韓国はどうなっただろうか? 最悪の状態にあった韓国の新しい大統領になったのは金大中(キム・デジュン)だった。かつて軍事政権が目の敵にした進歩派の代表的存在であった金大中は、政経癒着の悪循環を断ち切る一環として、現代(ヒュンダイ)や大宇(テウ)といった財閥の、子会社への分離・独立を進め、リストラの手続きを簡素化する指示を出した。また国民の間では「金(きん)集め運動」が起こった。国民が政府に金(きん)を差し出し、政府はそれを元手にドルを買って、IMFからの借金を少しでも返そうとしたのだ。この時に集まった金は22億ドル分にも上りIMFを驚かせたが、韓国ではこの運動を「第2国債報償運動」と呼んだ。1907年、経済的優位性を背景に植民地政策を露骨化していた日本に対して、借金を返そうと起こった「国債報償運動」にちなんだのである。

 国を挙げての努力が功を奏し、2001年、韓国は4年ぶりにIMFの管理下から離れることができた。だがその代償として、労働者の解雇がたやすくなり、非正規雇用が増えて雇用が不安定になったり、消費促進の一環としてクレジットカードの審査を緩和し乱発したことで個人の借金が増加し、クレジットカード自殺が続発した。これらは現在でもなお韓国が抱える社会問題となっている。以上が、IMF通貨危機と呼ばれる韓国現代史の大枠である。

 映画に話を戻そう。近年の韓国映画では、「実話(fact)」に「虚構(fiction)」を加味した造語である「ファクション」というジャンルが目立ってきている。もちろんその根底には、草創期より現実を反映するリアリズムを重視してきた韓国映画の特徴があるわけだが、それ以上に、韓国の近現代史がいかに理不尽な矛盾とともにあり、いまだ解決されない多くの問題を抱えているかを物語っているとも言える。このジャンルは、同時代には語れなかった歴史の実態を民主化が進んだ今だからこそ振り返ることができると同時に、歴史的な事件にフィクションを加えて再構成することで、“あり得たかもしれない”現実を歴史の教訓として伝える効果も持ち合わせている。過去にこのコラムで取り上げた『弁護人』『金子文子と朴烈』『国際市場で逢いましょう』『レッド・ファミリー』『トガニ』などは、「ファクション」と呼べる作品だ。

 ある日、突然目の前に迫ってきた国家破産の危機とIMFによる救済という実話をもとに、歴史の現場に居合わせた「対策チーム」と、危機を利用して成功した「投機師」、逆に大きな犠牲を払った「町工場の社長」という全く異なる立場の人間を描いた本作もまた「ファクション」である。投機師と町工場の社長については、実際に危機によって大きな影響を被った代表的な立場の存在であり、両極端な彼らを描くことで映画がより立体的になっていると言えよう。だがこの映画における最もフィクショナルな点は、リーダー役のキム・ヘスの凛々しい姿が印象深い、対策チームの存在である。

 制作側は、IMF危機に際して政府内に「非公開対策チーム」があったという新聞記事から物語のヒントを得たと述べているが、当時の関係者による証言から、実際はそんなチームは存在しなかったことが明らかになった。当時の政府は、破産を防ぐための奮闘などしてはおらず、大統領選挙を目前に控えて戦々恐々とするのみだったのだ。映画では、平気で民衆を切り捨て自らの保身しか考えない政権中枢の男性陣や、アメリカをバックに傲慢な態度で一方的な経済介入を進めようとするIMFの担当者に対して、一般庶民の生活が破綻するとして一人立ち向かっていく女性チーム長が非常にかっこよく描かれているが、そこは大いなるフィクションだったのだ。「立ち向かった人がいてほしかった」という願望が反映されたのだろう(だが、正直、対策チームが本当にあったとしても、IMFに立ち向かうためのチームではなく、IMFに従うための対策を講じたチームだったのだろうと思う)。

 そんなシヒョンを中心とするチームが、IMFの介入を回避するための最後の手段として、交渉内容を暴露するために緊急記者会見を開く場面がある。その場では多くの記者が集まり事態は好転するかに思えたが、翌日の新聞では会見の内容に一言も触れられておらず、政府からの圧力が想像できた。当時の報道を見ると、IMFによる救済が明らかになってからは「朝鮮戦争以来の国難」と、危機を防げなかった金泳三政権を叩く内容が目立つものの、それ以前はメディアも「韓国経済、心配無用」「危機は過剰反応」といった呑気な姿勢を見せていたので、ある意味ではメディアも共犯関係だったと考えられる。

 さて、最後に私自身の経験についても触れておきたい。なぜなら、私もまたIMF危機によって人生を大きく変えられた人間の一人であり、映画には登場しないが、私のような「一介のサラリーマン」が当時どのような目に遭ったのかも、一つの重要な証言だと思うからだ。

 私は1988年、作家を夢見て大学の国文学科に進学した。だが軍事政権打倒やオリンピック反対のデモによって大学生活は破綻していたため、さっさと兵役を済ませてしまおうと1年の冬休みに志願入隊した。当時韓国では、就職できない学科のトップに国文学科が君臨しており、また貧乏だった私に作家の夢を見続ける余裕はなく、復学後は死に物狂いで就職活動のための勉強に専念した。そして10社以上の試験に落ちた末、96年、卒業と同時に私はかろうじて損保会社に就職した。そして97年秋、一人前の社会人になったという自負心で充実した生活を送っていた私の日常を一瞬で粉々にしたのが、IMFという「爆弾」だった。

 当時、IMFの管理下に置かれた金融監督院による徹底した会計監査により、達成できるはずのない命令を与えられた会社はまず、「給料の支給停止」という措置に出た。ただし本当に給料を支払わないと犯罪になるので、社員の同意を得た上で、社員は会社から給料を「借りる」形で現金を受け取り、会社にとっては「支出」ではなく「貸出」になるため会計上の資産は減らないという手段を講じたのだ。あり得ないことだと思われるだろうが、一銭ももらえないよりはマシだと、私も含めて多くが同意した。そして会社が次に打った手が「希望退職者の募集」だった。

 会社自体が外国企業に売られ、そうなれば退職金ナシのリストラというウワサが飛び交い、早期退職すれば退職金に6カ月分の給料が上乗せして支給されるという話に私は飛びついた。そして98年、3年勤めた会社を辞めて将来設計も何もなくなった私は、好きだった日本映画を勉強しようと日本留学を決意、後先は考えずに、とりあえず日本行きの飛行機に乗ったのだ。

 しばらくして会社はウワサ通りイギリスの保険会社に売られたが、その会社もすぐに韓国から撤収したため、最後まで粘っていた社員も失業の憂き目に遭った。IMFは韓国という国家の未来を大きく変えただけでなく、その中で右往左往するしかなかった多くの「普通の」人々の未来をも大きく変えてしまったのだ。

 映画のラストは、不動産投機やドルの買いだめで「成り金」になったユンと、なんとか生き延びた町工場の社長ガプスの今を映し出す。富める者はますます富み、貧しい者は永遠に貧しいままであるその格差は、「一生懸命働く者が報われない」と指摘される韓国社会の分断を象徴し、「誰も信じるな」と叫ぶガプスのセリフは、その間に横たわる不信を物語っている。ファクションとしてのこの作品が訴えている問題は、まさにそのセリフに凝縮されている。乗り越えなければならないのは「経済危機」だけではないのだ。その危機が生み出した人と人の間の「不信」が20年以上たった今の韓国でも依然としてまん延していると、警鐘が鳴らされているのだ。

崔盛旭(チェ・ソンウク)

1969年韓国生まれ。映画研究者。明治学院大学大学院で芸術学(映画専攻)博士号取得。著書に『今井正 戦時と戦後のあいだ』(クレイン)、共著に『韓国映画で学ぶ韓国社会と歴史』(キネマ旬報社)、『日本映画は生きている 第4巻 スクリーンのなかの他者』(岩波書店)など。韓国映画の魅力を、文化や社会的背景を交えながら伝える仕事に取り組んでいる。

このニュースに関するつぶやき

  • 米韓通貨スワップ協定締結から約2カ月で限度額(600億ドル=約6兆4700億円)の約3分の1にあたる188億ドル(残高基準)を市場に供給した https://www.recordchina.co.jp/b801372-s0-c10-d0058.html
    • イイネ!2
    • コメント 3件
  • 米韓通貨スワップ協定締結から約2カ月で限度額(600億ドル=約6兆4700億円)の約3分の1にあたる188億ドル(残高基準)を市場に供給した https://www.recordchina.co.jp/b801372-s0-c10-d0058.html
    • イイネ!2
    • コメント 3件

つぶやき一覧へ(2件)

ニュース設定