“「ヨロヨロ」と生き、「ドタリ」と倒れ、誰かの世話になって生き続ける” ――『百まで生きる覚悟』春日キスヨ(光文社)
シングルマザーの春木直美さん(仮名・53)の母八重子さん(仮名)は脳梗塞を起こしたものの、病院でのリハビリが奏功し、大きな障害もなく自宅に戻ることができた。ところが、デイサービスに行く以外は寝てばかりいる八重子さんに優しくできなくなっていた。母娘の関係が険悪になっていたある日、八重子さんは二度目の脳梗塞と十二指腸潰瘍、さらにはてんかんの発作を起こし、また入院することになった。
(前回はこちら:「母を見ると、もう別人だった」ギャーっと叫んで暴れる姿に、娘は……介護の修羅場)
助けを求める父の声が聞こえてきた
次に病に襲われたのは、父の謙作さん(仮名)だった。八重子さんが二度目の脳梗塞の発作を起こした後、再びリハビリ病院に入院中のことだ。
その日、謙作さんは朝から腹痛を訴えていた。
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「それでも父は病院に行かなくても大丈夫だというので、私はいったん仕事に向かいました。2時間ほどたって一息つこうとしたときに、『直美、もうダメだ! 助けてくれ!』と、父の声が聞こえたんです。父に何かあったと確信し、急いで帰宅すると父がいません。慌てて室内を探すと、布団の脇に倒れている父を発見しました。黄疸が出て、体も硬直していました。すぐに救急搬送したところ、進行した胆管炎が見つかったんです。その後3回内視鏡手術をしたんですが、次第に体力がなくなっていきました」
それでも謙作さんは退院した。そしてその足で、「婆さんのところに行こうよ」と、入院中の八重子さんに会いに行った。そして、謙作さんは八重子さんにこう声をかけたという。
「直美は仕事で忙しい。みんな忙しい。俺ももう来れない。達者で暮らせよ」
謙作さんはそう言うと、「最後に握手しようや」と八重子さんの手を取った。
「これが両親の今生の別れとなりました。父のことを、なんてかっこいいんだろうと思いました」
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2度の脳梗塞を起こしていた八重子さんが、謙作さんの言葉を認識できていたかどうかはわからない。直美さんは両親に背を向け、涙を流した。
しかし、美談で終わらないのが人生だ。
自宅に戻った謙作さんは、もう現実は見たくないとでもいうように、ひどいせん妄状態に陥った。
「そこからはもうめちゃくちゃでした。『煙草を落として火がついた』と言って騒いだり、夜中に着替えて外に出ていこうとしたりする。突然片付け出して一晩中ガタガタと片付ける。突然リビングを指さし『あそこに男がいる』と怒り出す。トイレに行くのも間に合わなくなり、漏らす……。いっときも休めず、私と娘は疲弊していきました」
1カ月もしないうちに、謙作さんは大量の下血をした。意識が混濁している謙作さん車いすに乗せたまま、2時間待ってようやく診てもらった病院では、薬の副作用によるものだと言われ、何の処置もしてくれなかったという。
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「これは介護で何とかなる範疇ではない。医療処置が必要だろうと思い、病院内の地域連携室に相談したのですが、職員の反応は冷たいものでした。『ケアマネに言って、おまるを用意してもらってください』で終わり。『父が昼夜逆転しているし、私たち家族はもうまともに寝ていないんです。どこか診てもらえるところがないんですか』とケアマネに訴えても『ありません』と。私は追い詰められていました。孫を置いて仕事に行こうとする娘に、爆発してしまったんです」
もはや、限界だった。
――続きは5月2日(日)公開