新型コロナウイルス感染症(COVID-19)によりモータースポーツ業界が停滞するなか、バーチャル環境によるレースが活気を帯びている。F1では公式のバーチャルGPが開催され現役のF1ドライバーたちが参戦。MotoGPやインディカー、ナスカーでも独自にバーチャルレースを開催している。スペイン在住のフリーライター、アレックス・ガルシアがシムレースの盛り上がりについて考察する。
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シムレースとは何か?仮想環境で本当にモータースポーツができるのだろうか?それは現実的か?それは本当にプロフェッショナルなものなのだろうか?我々はシムレースに注意を払うべきなのだろうか?仮想モータースポーツにはたくさんの疑問がある。最近は多くの人々が現在の世界情勢のせいで、新たな形のレースを発見することを余儀なくされている。ありがたいことに人間には適応力があるおかげで、新しい考えを基にして築き上げることができるのだ。家から出られない?問題はない、そういうことならモータースポーツを家の中に持ち込める。だが、それは本当に同じものなのだろうか?
私は幸運だ。スペインは長年にわたってシムレースの人気が高い国なのだ。それはもしかすると、ルーカス・オルドネスがプレイステーション3のレースゲーム『グランツーリスモ5プロローグ』で初回の『GTアカデミー(プレイヤーたちの中からドライバーとしての才能を持つ者を発掘することを目的とした大会)』競技で優勝し、本物のレーシングドライバーになったからかもしれない。もしくは、スペイン人は競争が好きだが、実際のレースに参加する資金がなく、シムレースがうってつけの代替物になっているのかもしれない。とにかく、私の国ではシムレースは強い存在感を放っている。そのため私はこの数年、仮想レースの世界に注目してきた。だから人々の疑問の一部には答えることができると思う!ただそれはもちろん私の意見というだけだが……。
シムレースについて、私がファンやドライバー、また、他のメディアから聞かれる最も重要な質問がある。「シムレースは本物のレースと同じなのか?」ということだ。スペインの多くの“シムレーサー”たちは、イエスと答えたいだろうが、それは誤りだ。もちろん仮想モータースポーツは本物のモータースポーツとは違う。同じになることはできない。仮想世界ではドライバーに身体的負担がほとんどかからないし、またコース上で特定の物事を止めることになる事故のリスクもほぼない。
だがシムレースは本物のモータースポーツと同じである必要はない。バーチャルレースは独自の分野であり、他のものとは違っているし、受け入れるべきある利点があるのだ。まず、シムレースは現実のレースよりもはるかに安くすむ。しかし正直に言えば、競争力をつけるのに必要な設備は、ますます高価になっている。ハイエンドのステアリングホイールにペダル、高性能なコンピュータと、より没入感を追求するための3画面構成ディスプレイなどだ。これらには大金がかかるが(一部のプロドライバーはシムレースに年間100万円以上使うという)、それでも実物のクルマを買ってレースに出るよりはまだ安いだろう。
■シムレースは現実のドライビングとそん色ないプレイ感覚
仮想モータースポーツのもうひとつの良い点は、精神面の働きはほぼ同じということだ。戦略、オーバーテイク、防御の動き、ライバルとのプレッシャーのやりとりといったことの感触は、100パーセント本物だ。ルーカス・オルドネスは、仮想モータースポーツは、現実のレーシングドライバーにとって“ジム”のようなものになり得ると語っている。集中力と新品タイヤを使いこなす能力を高め、すぐに速いラップを刻む……。そこには精神面における競争の要素がたしかにあり、非常に正確に再現することができる。もちろんそうするためには、仮想を現実に十分近づけるためのある程度の現実世界でのドライビング経験が必要だ。
F1ドライバーのランド・ノリスはF1に参戦する前に、少なくとも20パーセントのことをレーシングシミュレーターから学んだと語っている。それはノリスの自宅にある彼自身のシステムと、当然ながらウォーキングにあるマクラーレンのシミュレーターの両方からという意味だ。レーシングチームやマニュファクチャラーが所有しているシミュレーターは非常に高価な装置であり、我々が購入して自宅に設置できるようなものではないことを指摘しておくことは重要だ。しかし消費者として我々が使えるものも、原則は同じだ。
今では新型コロナウイルスを巡る状況から、シムレースがいっそう主流になってきている。まるで現実のモータースポーツのように、家から観戦できるレースシリーズが数多く存在するのだ。F1、インディカー、NASCAR、WTCRなどいくつかの選手権は公式シリーズを開催しているが、他にも『TheRace』や『Veloce』(世界でも最大のシムレースチームのひとつ)といった他の団体が主催するシリーズがある。ドライバーはシリーズを大いに楽しんでいるが、それは彼らが世界で最も好んでいること、つまり競争ができるからだ。
■レース中の不適切な発言でシートを失ってしまったドライバー
残念ながらシムレース全般には、ドライバーにとって良くない側面もある。シムレースが公開されると、ある過ちの結果が非常に現実的なものになる可能性があるのだ。アメリカでは、ふたつの分かりやすい例を見ることができる。NASCARドライバーのカイル・ラーソンは、アメリカで強い意味合いを持つ不適切な言葉を使用したことで、スポンサーシップとNASCARでのシートを失ってしまった。同じくNASCARドライバーであるババ・ウォレスは、オンラインでは“Rage Quit(怒ってやめること。スピンやクラッシュをした後にゲームから退出する)”として知られている行為をし、スポンサーを失ったのだ。バーチャルレースでは、言葉や行動が多くの観客たちの目にとまることになるため、ドライバーはパブリックイメージに注意する必要がある!
最後に、もうひとつ重要な疑問を持っている人たちもいると思う。時にシムレーサーは、なぜ現実の世界のレーサーよりもバーチャルの世界で速くなれるのだろうか?そうしたシムレーサーは、現実のマシンでも速く走ることができるのだろうか?
明らかに世界トップレベルのシムレーサーたちには、多くの才能がある。だがあるソフトウェアを使うには、それについて学ぶ必要がある。『F1 2019』や『GT Sport』のようなゲームは良いかもしれないが、ある点で現実味が足りない。つまり、タイムを伸ばすために“非現実的な”ことができるということだ。そうしたゲームで多くの時間を過ごす人たちはそのことを知っているが、現実のドライバーたちは知らないということがよくある。したがって、“ゲーマー”にはアドバンテージがあるのだ。だが彼らに才能があることは明白だ!
我々は、ほとんどの人たちが外出できないという、非常に珍しい状況を生きている。人々は家にいる必要があるから、レースは我々のコンピュータのなかで行われる。それは魅力的だし、興味をそそられることだ。だがそれが現実のレースに似ているとしても、決して完全に同じになることはないし、それで良いのだ。さらに、オンラインのレーサーたちはみな、よりリラックスした環境にいて、とても楽しいやりとりをしているところを我々に見せてくれる。だから私は家でこうしたレースを楽しむのに時間を使うことをお勧めする。現実のレースではないが、間違いなく楽しいからだ。そして最後には、誰もが健康でいられるからだ!