ディスクガレージ 中西健夫氏が語る、持久戦に向かうライブ・イベント業界の今後「脱落する人をどれだけ救えるかがテーマ」

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2020年05月24日 12:01  リアルサウンド

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中西健夫氏(一般社団法人コンサートプロモーターズ協会会長・株式会社ディスクガレージホールディングスグループ代表)

 コロナ禍における音楽文化の現状、そしてこれからについて考えるリアルサウンドの特集企画『「コロナ以降」のカルチャー 音楽の将来のためにできること』。第5回は中西健夫氏(一般社団法人コンサートプロモーターズ協会会長・株式会社ディスクガレージホールディングスグループ代表)へのインタビューを行った。全国的な緊急事態宣言が解除され始め、少しずつ収束への兆しが見えつつある中でもさまざまな課題と向き合い続けることになるライブ・イベント業界。これまで数多くの公演の開催に携わってきた同氏に、現状の問題点に加えてライブが支えてきた音楽文化の成長、今後の発展のために大切なことを聞いた。(5月14日取材/編集部)


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■リアルなライブの再開には“共存”という形のガイドラインが必要


ーーまずはコロナ禍におけるライブ・イベント業界を振り返っていただき現状をお聞かせいただけますか。


中西:まず2月26日にイベント自粛要請が出て、そこから急遽ライブやイベントの中止や延期が相次ぎました。はじめは「2週間程度様子を見る」というお話が出ていて、インフルエンザの流行と同じような形で収束に向かっていくのではと予測しながら、3月中旬頃までは衛生管理を徹底すればコロナの感染拡大を防ぎつつ「夏ぐらいには夏フェスや野外でのライブから再開できるのではないか」というイメージは何となく持っていました。


 しかし、様々な場所でクラスターが発生し始め、感染の恐れがあるとライブハウスが名指しされたあたりから、どんどんフェーズが変わっていった。4月7日に非常事態宣言が出されてからほぼみんなライブやイベントの開催が難しくなることを覚悟したんじゃないでしょうか。この状況の中でライブをするということは、人の命を守らないということにもなりますよね。なので、今はどう考えてもライブを行うというスタンスにはなく、そういう意味でいうと、正直、コロナの“収束”というよりも“共存”という形のガイドラインができない限りは、リアルなライブの再開は今のところ考えられないというのが現状だと思います。


ーー音楽業界の中でもっとも甚大な被害を受けたライブ・イベント業界ですが、具体的な損失や被害など教えていただけますか。


中西:ライブエンターテインメントのみならず、たとえばプロ野球やサッカーのJリーグ、そもそも中止になったラグビーやバスケットボール、演劇、ミュージカルなども含めて、お客さんを前にして行う“オールエンターテインメント”は5月いっぱいまでで15万3千本がなくなり、被害総額が3300億円、また、興行の中止に伴い約1億1千万人の動きがストップしました。


 2月26日の自粛要請以降は、スポーツ業界とも連携を取って「いつから再開できるのか」という話をしていました。プロ野球は、3月のオープン戦を無観客で開催していたので、最初は僕たちも「早ければゴールデンウィーク明けあたりにはスポーツは再開できるのではないか」と思っていました。プロ野球とJリーグには一般社団法人日本野球機構(NPB)と公益社団法人 日本プロサッカーリーグ(Jリーグ)が共同で設立した「新型コロナウイルス対策連絡会議」の専門家委員会の方がおられて、その方々との話では、その時点で専門家の方も事態がいつどうなるかはわからないという状態でした。そして話し合いをしながら様子を見ているうちに、世界中にコロナウイルスの感染が広がったことで、一気に空気が変わりました。


ーー空気感でいうと、海外アーティストを招聘しているプロモーターやエージェントの方が中止や延期などの影響が早かったように思います。


中西:その通りですね。Live Nationなど海外アーティストのエージェントが全世界のライブやツアーをしないという情報が入ってくるようになって、渡航禁止や入国制限などが各国間で増え始めてからは、ライブどころではなくなっていったというのが現実ですね。


ーーディスクガレージホールディングスグループの代表であり、一般社団法人コンサートプロモーターズ協会の会長を務めている中西さんはライブ事業に長く邁進されてきました。ライブがアーティストの成長、ひいては音楽文化の発展をどのように支えてきたのか、改めて教えてください。


中西:これまでは……という言い方になってしまうのですが、ライフスタイルがどんどん変化していく中で、ライブで感じられるリアルさを人々がより求めるようになっていったと思います。一つの要因として、この10年間でインターネットやSNSが普及・発達して音楽市場もCDから配信などに移行していったことによって、「音を聴く」方法は変化していきましたが、音を聴くのではなく「ライブで音を生で楽しむ」という音楽体験の需要がこれまでよりも高まりました。ライブでの一体感やファン同士のコミュニティも含めて、今のインターネット社会であるがゆえに、人々がリアルを求める傾向にあったのかもしれません。


■ライブの楽しみは、“感覚”を全員で共有できること


ーー中西さんの中でも忘れられない、印象的だったライブシーンはありますか。


中西:本当にたくさんありますが、GLAYが1999年に幕張メッセ駐車場特設ステージで世界最大規模の20万人を集めた『GLAY EXPO’99・SURVIVAL』は、当時社会現象を起こしました。ほかにも、1988年4月に完成直後の東京ドームでBOØWYが解散ライブ『LAST GIGS』を行った時など、社会現象化した音楽ライブの場面はいくつもあります。そういった歴史や伝説が生まれるライブの達成感はとても大きいですね。ライブが好きな人には伝わると思いますが、ライブ中に会場を包む空気が完全に同化する瞬間ってあるじゃないですか。ライブの楽しみは、まさにその“感覚”を全員で共有できることだと思うんです。


 無観客での配信などは様々な覚悟の上で発信している新しいコンテンツではありますが、そもそもアーティストを創り上げるというのは、リアルな観客がいてこその成長もあるかと思います。また、ネットのみを使ったプロモーションでは世の中に出てくるアーティストのタイプが限定されるという危惧もあります。


 あとは、リハーサルの時や無観客でライブ配信をする時と違うのは、お客さんを目の前にすることで、パフォーマンスも100%が150%になる瞬間があるんですよね。ステイホーム期間にインターネットを使ったコンテンツもアベレージとしていいものはどんどん出せていると思いますが、ライブでそこを一瞬超えるものはやっぱり人がいてくれるからこそ生まれるのだと思います。よく“ゾーンに入る”という言葉がありますが、スポーツ選手もライブをするミュージシャンも一緒で、そういう瞬間があるんですよね。人間とは不思議なもので、普段の練習やリハーサルでは起こらない予測不能なことが本番で起こることがある。あの興奮や快感は、やっぱりたまらないものがありますよね。


ーーライブやイベント事業がストップしてしまうといった現状に、2011年の東日本大震災の状況を重ねる方も多いですね。


中西:震災のときもそうでしたが、人々が困難に陥った時に僕たちは「絶対に音楽でこの状況を何とかしたい」と思って動いてきました。たとえば、東日本大震災のあとに復興支援としてCOMPLEXやプリンセス プリンセスなどが再結成したことは印象的でした。あの時は、国難に向けて何かを作り上げていく思いを音楽で表現できた。もちろん寄付など様々な支援がありましたが、音楽があったからこそなしえたこともあったし、みなさんがとても喜んでくれました。なので、ライブで人々の心を癒すことができない今の状況との違いをすごく感じています。


■ライブは観光産業の復興や内需拡大に向けて有効な産業


ーーコロナウイルスによる事態は長期化する可能性があります。ライブ・イベントの文化を絶やさぬための打開策はどのようなことが考えられるでしょうか。現時点でのお考えを教えてください。


中西:それは単純に、ワクチンと治療薬だと思います。治療薬がない限り人は安心できないと思うので。自粛要請が解除されていったとしても、感染リスクがある限り家から出ないという考えの方は多いだろうし、その方は三密であるライブに行こうという気にまずなれないですよね。僕らがどんな方法を模索しても、やっぱりワクチンがないと安心してライブに行こうと思ってもらえたり、その不安を取り払うことはできないと思います。震災の時とは違い、みんなが集まって何かを成し遂げることが出来ない以上、今回は持久戦です。


 対策としては、たとえば三密を作らないように間引いて環境を良くして……ということもできると思うんです。いずれそういうガイドラインに沿ったやり方はスタートすると思いますが、もっと怖いのはそこでもしクラスターが発生したら、もっとライブができなくなってしまう。そう考えると、どんなに人が万全の対策をとったとしても、無理なものは無理だと思います。医療関係者がここまで感染していて、万全の対策をとっているはずの方々すら危険のリスクをはらんでしまうという現状を目の当たりにすると、僕たちが今できる対策も絶対ではないという怖さがありますね。


ーーライブ・イベントを徐々に再開していくにあたり、現時点で現実的な方法はあるのでしょうか。


中西:ソーシャルディスタンス、フィジカルディスタンスを取りながら、どういう形でできるかに加え、演出の問題なども絡んでくること、あとはリハーサルの問題も今問われているので、その課題を一つひとつクリアしてどこまでできるか模索しながら、年内ぐらいに再開するモデルケースは出てくると思います。ただ、ライブは飛沫感染の可能性があるので……どうしてもみんなライブで声を出しますもんね。それができないということであれば、本来のライブの形を取り戻せるかと言われると、すぐには取り戻せないのではと思います。


ーー中西さんの視点からみて、コロナ収束後コンサートビジネスはどう変わっていくと思いますか。


中西:普通にライブに行けるようになったとしたら、今までの形で開催できると思うのですが、それまでみんな持つかどうかというのが一番大きな問題です。そして、日本中の景気が悪くなっていて、資金的余裕があるのかとか、違うフェーズの問題がたくさん起こってくると思います。世の中の経済活動が戻ったとしても、一番最後に通常の形の環境での再開となるのが、我々の業界でしょう。とても長い期間耐えなければなりませんが、もうすでに耐えきれない人も多く出てきています。僕たちは、雇用を守らなければいけないですが、現時点でコンサート専門のアルバイト会社は、仕事が0なのが現実です。そこにいるフリーランスのアルバイトの方への影響もありますし、大学生の方などが「アルバイトがないから大学を退学しなければいけない」という話にも全部つながっている産業だと思うんです。政府からの補償の話もありますが、これが潤沢でないと力尽きてしまう人はたくさん出てきます。


 また、スタジオミュージシャンたちも今はレコーディングができないし、ローディーも仕事がない。音楽を生業としてやっている人たちや、舞台を作る方々の仕事もなくなっている。この状況が一年続くと「この仕事に従事していていいのか」とみんな考えてしまいます。なのでライブを再開させるときには、ワクチンと治療薬という現実的な要因と、そこまでエンタメ事業に従事していた方々への補償がどのくらいあるのかなどを厳密に計算しないと、再開プランというのはなかなか難しいですね。今その問題については日本音楽制作者連盟(音制連)、日本音楽事業者協会(音事協)、コンサートプロモーターズ協会(ACPC)の3団体で考えていて、基金を立ち上げるとか、そういう方向性は進み始めています。僕たちの業界で脱落する人をどれだけ救えるかというのは、大きなテーマです。


ーーイベンターとして、今後音楽市場を復興に導く可能性はどこにあると考えますか。


中西:経済的には、今後もしライブが再開できるようになれば、ツアーは観光業と直結しています。当分海外からの観光が難しくなるとすれば、内需拡大がどうしても必要になってきます。ツアーが行われると新幹線や飛行機などの交通機関も利用するし、ホテルに宿泊する人も多い。各地で飲食ももちろんしますよね。そういった観光産業の復興や内需拡大に向けてのプロジェクトとしては、ライブ・イベント産業はすごく有効だと思っています。


ーーこれからも音楽文化を絶えず発展させていくため、大切になることはどのようなことだとお考えですか。


中西:まず僕は“民意”を勝ち取らないといけないと思っています。これだけ閉塞感に溢れてしまった人々の暮らしの中で、音楽やスポーツを生で見ることは心を豊かにしたり元気付けるものだ、と思っていただけるところまで持っていかないと、今のままではライブをすることが悪になってしまうし、人の生死に関わる問題にもなってしまう。なので、軽々しく復興と言いづらいところはありますが、この産業に携わっている人たちが力尽きないように、どんな形でもいいので模索していかなければいけないとは強く思っています。今の状況はどうしても壊せるものではないので、やはりこの大きくなった産業自体を守ることと、再開に向けてのガイドラインを本気でみんなで作り上げていくということと、それによって民意を得られるような考え方で進んでいくしかないのかなと思っています。


ーー今後、事業を再開できる未来がやってきたとき、どのようなエンターテインメントを提供したいですか。


中西:精神論にも近いのですが、世の中がワクチンも治療薬もでき、心が落ち着き始めた頃、急速にエンタメを求める声が強くなると思います。こんなに辛い世の中でみんなが我慢して耐えてきたんだから、「弾けたい」「楽しみたい」という多くの人の願いを叶えるのは僕たちが提供しているエンターテインメントだと思うんです。これは音楽だけではなくスポーツなどもですが、エンターテインメントはやはりそこが拠り所になっていると思うんですよね。僕はスポーツも好きなんですが、今は全然スポーツの試合なども行われていないので、すごく心が塞がってしまっています。日本よりもひどい状況になっていたドイツでは、サッカー・ブンデスリーガが無観客で再開し始めましたし、色んな国のモデルケースができてトライアルを繰り返していくと思うので、それは見守りつつ、いいと思うものは日本でも取り入れていければと思っています。(神人未稀)


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  • 緊急事態宣言を抜けたら、次はウィズコロナに適応していく必要がある。人はパンのみにて生くるものにあらず。
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