『花と頬』『ギヴン』『not simple』……「文体」で心の機微を描く、文芸マンガの最前線

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2020年05月28日 11:21  リアルサウンド

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イトイ圭『花と頬』

 マンガでありながら、小説を読んだような感覚を抱く作品がある。怒涛の展開が主体であるマンガに反し、それらのマンガはとりとめのない状況を静かに描き、幕を引いていく。近年発行された2つの作品を取り上げて、文芸マンガの最前線を考察したい。


参考:『ハイキュー!!』が少年マンガの王道である理由ーー日向翔陽の揺るぎない“主人公”としての魅力


■感情の起伏をニュアンス化した「文体」


 まずは第23回文化庁メディア芸術祭のマンガ部門にて新人賞を受賞したイトイ圭著『花と頬』という作品だ。本作はミュージシャンの父親を持つ主人公が、父親のファンである同級生の男子と出会い、次第に恋愛感情を抱き始める様子を描いたマンガである。劇的な緩急はなく、特別なアクションも起きないまま毎日が過ぎ、2人の会話劇にも抑揚がない。しかし、この作品への贈賞理由について、作家の西 炯子は以下のように語っている。


 定期刊行物である商業雑誌を発行し続けるということは、なるだけ長く安定的に執筆、掲載でき、なるべく多くの読者を得る必要がある。


 そのためのありとあらゆる工夫と苦労を「人は、人の気持ちに関心を持ち、感応する」というシンプルな真実があっさりと吹き飛ばす。


 つまり、「何も起きない日常」の中に「人の心の機微」を描き続けるという挑戦は、商業マンガのセオリーを逸脱し、スタイルすらも変革することのできる可能性を秘めているということだ。


 文芸マンガは「何も起きない日常」の中に感情の起伏を描き、独特のニュアンスを含んだ「文体」を作り出す。空気系/日常系と呼ばれるマンガと一線を画するのは、この文体への意識の違いではないだろうか。本来なら取るに足らない、見落としがちな感情の機微を、時には言葉で、時にはそこに帯びる空気で文体として纏わせ、読者に語りかけてくる。


■文芸マンガは時代に合わせて変化する


 バンド内の恋愛群像劇を描いたキヅナツキ著『ギヴン』が斬新たる理由は、作品のジャンルがボーイズラブ(男性同士の恋愛を描いた作品)という、過去に娯楽・商業路線で描かれた作品が多く台頭していた中で、リアルな男子同士の感情を文体に乗せて描き出した作品という点だ。


 ボーイズラブは現代のセクシャル・マイノリティへの理解と認識もあり、その受け取られ方や描かれ方が変容してきている。よりいっそう、娯楽ではなく「実際に存在するようなリアリティ」を強調して描かれるようになった。『ギヴン』ではしばしばモノローグを使用し、登場人物に感情を吐露させている。その独特かつ文学的な言い回しには、キャラクターに存在感を付与する上、「恋心」を「同性同士」として描く上で必要以上に波立たせず、フラットにさせる試みが見られる。そして感情から滲み出るような言葉を多用することにより文体を作り出し、性別にかかわらず読者の誰もに「えもいわれぬ感情」を共鳴させる作風となっている。


 このようにして、現代の価値観やそこに生きる現代人の姿に寄り添うような文芸マンガが登場する中で、00年代半ばより文芸マンガとして評価されている作品がある。オノ・ナツメの描いた長編作品『not simple』などがそれに当たる。まるで映画のような物語の進み方、場面の見せ方、登場人物のセリフや出で立ちなど、オノ・ナツメの描くマンガは非常に洗練されており、かつ海外のペーパーバッグを読んでいるような文体を帯びている作品が多い。彼女の描くマンガが、後発の漫画家に影響を与えたことは想像に難くない。


 文芸マンガは、創作での表現方法、またそれを享受する現代人の感情と切っても離せぬ関係を結んでいる。今後、どういったジャンルで現代人の心の機微に語りかけるマンガが登場するのだろうか。(安藤エヌ)


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