怨霊、妖怪、七不思議! 江戸の人々が恐れた怖い話の現場を辿る「バーチャル散歩」が楽しい

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2020年05月30日 20:11  ダ・ヴィンチニュース

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写真『江戸の怪異と魔界を探る』(飯倉義之/カンゼン)
『江戸の怪異と魔界を探る』(飯倉義之/カンゼン)

 せっかくのGWや気候のよい春の季節も新型コロナウイルスによる感染予防のために外出自粛となってしまい、普段アクティブに過ごしている人は外が恋しい日々を過ごしたことと思う。旅行好きな人たちの会話の中で、Googleストリートビューなどで旅行気分を愉しんだという話をSNSで見かけて、自分もやってみようと思ったものの、ハタと困った。家に籠もっているのが好きな私には、特に行きたいところが思い浮かばない。どこか行ってみたい場所を探そうと、もはや本末転倒なことになりながら旅行ガイドのような本を探していたところ、何故か見つけたのが『江戸の怪異と魔界を探る』(飯倉義之/カンゼン)だった。本書には、江戸時代の怪奇譚にまつわる場所の地図が載っており、それでいて心霊スポット巡りとは違い、江戸の文化について学ぶこともできるため、なんだか高尚な気がしたのである。

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江戸を魔物から守る「鬼門封じ」

 徳川家康が、かつて未開の地だった江戸を拠点に定めたのは、家康のブレーンである天海(てんかい)という僧の献策があったためだとされる。そして陰陽道では邪気がやってくる北東を「鬼門(きもん)」と呼び、反対側の南西を「裏鬼門(うらきもん)」と呼んで、忌まわしき方角としている。だから天海は江戸城を中心に、「鬼門封じ」のため北東にあたる上野に寛永寺(かんえいじ)を創建したとされるのだが、他にも西は伊豆から東は房総までを調べて結界を張り巡らせる寺づくりをしたというのだ。Googleマップの航空写真で見下ろすと、その配置が一望できて面白い。

江戸に蠢く“怨霊”の痕跡

 現在の新宿区と中野区の境界あたりの神田川に架かる橋を「淀橋」と名付けたのは、三代将軍・徳川家光といわれているそうだが、それまでは「姿見(すがたみ)ずの橋」とか「いとま乞(ご)いの橋」と呼ばれていたのだとか。橋の名前を付けなおしたのには曰くがある。巨万の富を得た鈴木九郎(すずきくろう)という豪商がいた。彼は金銀財宝を隠すことにしたのだが、その際、手伝わせた下僕から秘密が漏れるのを恐れ、なんと下僕たちを次々と殺害。一緒に出かけたはずの下僕が帰りには見えなくなったことから「姿見ずの橋」と呼ばれるようになったという。のちに九郎の一人娘の婚礼の晩。殺害された下僕たちの怨霊の仕業か、娘が蛇の姿に変わり熊野十二社の池に飛び込んだという。以来、淀橋は婚礼などのめでたい儀式では避けられていた。大正時代になってようやく盛大な清め式が執り行われたそうだから、今は安心して渡れる。

江戸に現れた“天狗”のすみか…?

 江戸時代後期の下谷七軒町(現在の台東区元浅草あたり)に住んでいた寅吉(とらきち)という少年は、寛永寺で遊んでいたところ丸薬を売っていた老人と出会う。老人に誘われるまま丸薬の入っている壺へ誘われ、くぐった先は天狗の世界だったという不思議な話がある。

 江戸の天狗として有名なのは、落語の「天狗裁き」に登場する高尾山の天狗。ストリートビューからは「高尾山薬王院」の境内を見ることができる。残念ながら、堂内に安置されている天狗と伝えられる本尊の「飯縄権現(いいづなごんげん)」は秘仏として通常でも公開しておらず、観ることは叶わないが、想像力をかきたてられるスポットだ。

有名な幽霊譚のある場所へ

 有名な「お岩」さんも「お菊」さんも、元を辿ると歌舞伎や落語の物語で、実のところ創作に過ぎないという。それでも、人々が魅了されるのは現代人がお化け屋敷やホラー映画を愉しむようなものだろう。「於岩稲荷田宮神社」や、お菊が髪を振り乱し帯を引きずりながら走り下った坂といわれる「帯坂」を探訪するのは、いわば「聖地巡礼」かもしれない。物語のような悲劇が本当にあったのかは分からないが、本書に記されている伝承は現在とは違う風習や因習を知るうえで参考になり、語り継がれた理由も考えると、時空を越えた旅となることは間違いない。

今も残る魔界の痕跡を辿ると知っている場所が…

 学校の七不思議が現在でも語り継がれているように、江戸には様々な「七不思議」があった。本書では有名な本所(現在の墨田区南部)の「本所七不思議」と、七つ以上ある「麻布七不思議」が載っているから、一つ一つをあえて航空写真ではなく地上からストリートビューで辿ってみるのも良いだろう。私はスマホの小さな画面ではなく、テレビとリンクして車窓から眺めるような感覚で現地を“散策”した。本所の「置いてけ堀」は、小学生の頃に知った怪談話だが、現在の錦糸町駅の近くを流れていた運河だとは知らなかった。第三亀戸中学校の正門横には石碑が建っていて、なんだか狐につままれたような不思議な感覚になる。本書を片手に、江戸の人々が遭遇した怪異に思いを馳せながら「バーチャル散歩」をしてみるのはいかがだろうか。

文=清水銀嶺

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