霜降り明星 粗品によるボカロ楽曲が支持される理由 レトロさ強調したサウンドへ“わかりみ”広がる

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2020年05月31日 12:01  リアルサウンド

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『お笑い2020』

 ニコニコ動画やYouTubeといった動画共有サイトをプラットフォームに独自の文化圏を形成するボカロシーンは、それゆえに一般的なトレンドやヒットチャートからの影響に捉われることなく、自由な発想で創作活動ができる場所として機能している。近年も、はるまきごはん、ナユタン星人、煮ル果実などの新しい才能が次々と登場しているほか、、ボカロPのAyaseがコンポーザーを務める音楽ユニットのYOASOBIは、2020年6月1日付のオリコン週間合算シングルランキングで1位になるなど、今やボカロシーン発のアーティストがチャートを賑わすのもそう珍しいことではない。ボーカロイドは今の日本の音楽シーンを語るうえで、欠かせない要素となっている。


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 そんななか、この5月に初めてのボカロオリジナル曲を動画サイトに投稿し、瞬く間に殿堂入り(ニコニコ動画で10万回再生以上を記録した動画のこと)を果たした注目のボカロクリエイターがいる。その名は粗品。お笑いコンビの霜降り明星として相方のせいやと共に活躍し、ピン芸人としても『R-1ぐらんぷり2019』で優勝するなど、今最も勢いに乗っていると言っても過言ではない若手芸人の、あの粗品のことだ。


 彼がボカロ処女作となる楽曲「ビームが撃てたらいいのに」の動画をニコニコ動画とYouTubeにアップしたのは、ゴールデンウィークの真っ只中だった5月3日のこと。ボカロブームの火付け役となったキャラクター/ボーカロイドソフト「初音ミク」が歌うその楽曲は、昔のゲーム音楽を連想させる8ビットサウンドと、シュールでポップなフレーズが並ぶ独特の歌詞、素朴さを感じさせながらも耳に残るキャッチーさを備えたメロディが不思議な中毒性を生み出しており、本稿を執筆している5月27日現在、YouTubeの動画再生回数はすでに120万回を突破している。


 同楽曲のアレンジ面に目を向けると、特にサビ部分が秀逸だ。リズムがメロディックパンク風の2ビートに変化することで推進力が一気に増すほか、2声のボカロを重ねることで豊かなハーモニーワークを実現。〈オチの弱い淫話〉〈ピジン語の訛 パピヨンのレート〉など、歌詞の意味は正直よくわからない部分が多いが、そのわけのわからなさが逆にファンやリスナーの考察意欲を促すような部分があり、現在の洗練されたボカロ楽曲とは一線を画する手作り感、手垢の付いていないピュアな新鮮さも相まって、玉石混交だが何でもありの自由さが多くの人々を惹きつけた、2007〜2010年頃のボカロ黎明期に生まれた楽曲に近いフィーリングが感じられる。


 その「ビームが撃てたらいいのに」の投稿から約2週間後の5月19日、粗品は2曲目のボカロオリジナル曲「ぷっすんきゅう」を、YouTubeおよびニコニコ動画に公開。こちらもレトロゲーム系の懐かしいサウンドと縦ノリのビートを合わせたチップチューンに仕立てられており、Aメロ→Bメロ→サビの繰り返しというシンプルな楽曲構成や、全部で3分未満という曲の短さも含めて、「ビームが撃てたらいいのに」を踏襲したような内容になっている。ただ、こちらの楽曲はマイナー調となっており、前奏やサビのフレーズ、リズムの打ち込みなどからは、粗品が常々ファンを公言している弾幕シューティングゲームを中心としたメディアミックス作品『東方Project』の音楽からの影響も感じさせる(特にPC-98で展開された、俗に『東方旧作』と呼ばれるシリーズの音楽に雰囲気は近い)。『東方』と言えば、ニコニコ動画でボカロと並ぶほどの人気を博したコンテンツのひとつ。1993年生まれの粗品にとって、ボカロやニコニコ動画が大きな盛り上がりを見せた2000年代後半と言えば、中学・高校時代にあたるので思春期の真っ只中。人生において最も多感な年頃だ。「ぷっすんきゅう」は、彼がそんな時代を懐かしむ気持ちを込めて制作した楽曲なのかもしれない。


 普段はお笑い芸人としてキレのある笑いをお茶の間に届けている粗品だが、所属事務所である吉本興業の公式プロフィールに「趣味:アニメ、ゲーム、パソコン、音楽、麻雀、パチンコ、競馬」と記載されているように、彼は音楽にも広く精通していることで知られている。『人志松本のすべらない話』で語られた父親とハンドベルのエピソードなどで有名だが、粗品は絶対音感の持ち主でもあり、2歳から習っていたというピアノの腕前も特技と言っていいほどのレベル。2019年には、ユニバーサルミュージックによるクラシック音楽のキャンペーン「クラシックの100枚」の一環で、世界的ピアニストのラン・ラン、女優でピアノもたしなむ土屋太鳳と共に、クラシックの有名楽曲をマッシュアップしながら演奏するコラボレーションに挑戦したこともある。


 そのようにしっかりとした音楽的素養を持ち、アニメやゲームといったカルチャーをこよなく愛する彼が作ったボカロオリジナル楽曲だからこそ、ボカロやニコニコ動画の文化に親しんできた彼と同世代の人たちを中心に支持を広げているのだろうし、「懐かしさ」や「わかりみ」のある楽曲として受け入れられているのだと思う。時代の移り変わりと共に先鋭化が進むボカロシーンに、あえてレトロ感を強調したのであろう、粗品の楽曲が一石を投じることになるのか? ボカロPとしての彼の今後の動きと併せて注目していきたいところだ。(流星さとる)


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