アパートのカーテンに火をつけ、駅前でめった刺し……「有名大学の彼」を殺めた、人気風俗嬢の悲しき“覚悟”【世田谷・学習院大学生刺殺事:後編】

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2020年05月31日 21:42  サイゾーウーマン

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サイゾーウーマン

 渋谷典子(仮名・当時26)が、福岡則夫(仮名・当時21)さんをめった刺しにしたのは、1997年10月19日、19時15分過ぎのこと。福岡さんは近くの病院に搬送されたものの、1時間半後に息を引き取った。学習院大学文学部哲学科4年生の福岡さんと、風俗店勤務の典子。出会いは、福岡さんのアルバイトがきっかけだった。夜の六本木でスカウトマンとして稼ぐ福岡さんが、山梨に暮らす典子を口説き落とし、新宿の風俗店に入店させたのだ。「有名大学の学生でしっかりしている」ーー親身に世話を焼く彼を信用した典子は、「お金を貯めて美容院を開き、彼と結婚する」という夢を持つ。マンションに同棲し、多い月で250万円は稼ぎ、店でもナンバー3となった典子だったが、福岡さんには、スカウトの顔とも、大学生の顔とも違う、別の顔があった。

(前編:風俗スカウトマンで「有名大学の真面目」な彼との同棲――人気ヘルス嬢に芽生えた殺意【世田谷・学習院大学生刺殺事件】)

スカウトマンには「風俗の女の子が札束に見える」

 女性と遊びたい盛りともいえる21歳の福岡さんは、典子と同棲しながらも、彼女を特別扱いしなかった。彼の携帯電話には、典子の知らない複数の女の子たちから毎日、電話がかかってくる。はじめの数カ月は仲の良かった二人も、些細なことで喧嘩が絶えなくなった。まもなく福岡さんは喧嘩の際、典子に手を出すようになる。

「福岡には、『ガキのうちから、女を殴ってどうするんだ』と説教をしたこともあるよ。『もう、絶対そんなことしません』って答えてたけど、そのときだけだったね。外面のいい子で、喧嘩したあと、仲直りエッチしてごまかすんだよ」

 典子と同じ店に勤め、同じマンションに入居していた女性はこう証言した。彼は典子を平手でなく、拳で殴った。お店に出た典子が、顔や足を腫らしていることもあった。

「私、彼女によく聞いたんだよね。『付き合って何が残る?』って。『何もない』って答えてた。『前にも向かっていない』って。いつも彼のことで悩んで、別れることを真剣に考えてたこともあるけど、結局は許してしまうんだよね」

 周囲からは“尽くすタイプ”と言われていた典子は、自分のほうが年上だということもあったのか、福岡さんの食事代はもちろん、生活費まで面倒を見ていた。それどころかブランド好きな福岡さんが4年生になったときは、ブランド物のリクルートスーツまでプレゼント。彼はそのスーツを着て臨んだ氷河期時代の就職活動で、ほどなくアパレル会社の内定を勝ち取っている。

 福岡さんのスカウト仲間は、スカウトという仕事柄、女性を見る目も変化すると語っていた。

「スカウトという仕事は、ナンパと同じです。とにかく相手に好かれないと、次の段階には進めない。個人的に付き合ってもいい、という男でなければ女の子は信用しないですからね。自分らにとって、風俗に勤めてくれる女の子は金のなる木。札束に見えます。福岡も、同じ場所でスカウトしてました。『風俗の女の子が札束に見える』という気持ちも、同じだったと思いますよ」

 確かに福岡さんは、典子を“札束”として見ていたフシがある。リクルートスーツだけでなく、マルイで思う存分買い物をしては、その支払いを全て典子に押し付けてもいた。そして事件2カ月前「淋病事件」が起こる。

 8月、淋病をもらった福岡さんは「お前がもらってきたんだろ」と典子を疑い、殴る蹴るの暴力を振るった。しかし典子の検査結果は陰性。にもかかわらず「こうなったのはお前のせいだ、お前の持っている金を全部よこせ」と凄んだのである。店長は、福岡さんを寮から追い出したが、すぐに元サヤに。

「こんなに寂しい思いをするんだったら……。私が東京に来て初めて優しくしてくれた人だから。それにセックスの相性がすごくいいの」

 こう言って福岡さんを許し続けた典子は、福岡さんに丸め込まれ、福岡さんが見つけてきた経堂の賃貸アパートの引っ越し費用を全て支払った。にもかかわらず、この部屋に典子が入ったのは一度きり。「お前は風俗嬢だから、お前の名義で部屋は借りられない。名義は俺にする」と部屋に住み着いた彼は、家事や掃除、セックスのために典子を呼びつけるようになる。そのとき典子はこの部屋で、使用済みのコンドームを見つけたが、福岡さんは悪びれることもなく言い放った。

「待て。俺は確かにモテる。いまも18歳と19歳の女の子から言い寄られているが、お前も含めた3人を冷静に見ている。その中で、一番俺に尽くしてくれる子と付き合おうと思う。最近、お前を見直したところなのに……」

 そして、いつものようにセックスになだれ込み、なし崩しになる関係。典子は限界だった。彼が社会人になるまでは……そう思って金の面倒を見ていたが、貯金もほとんどなくなった。

 事件の日の午後6時。典子は合鍵で経堂のアパートに入り、福岡さんのいない部屋で、ストッキングの空き袋、使い捨ての歯ブラシなど“女の痕跡”を見つける。コンドームの個数が減っていることも確認し、福岡さんに電話をかけ、問いただしたが、逆にこう責められてしまう。

「お前、勝手に部屋に入ったのかよ! 女がいようといまいと、関係ないだろうが!」

 実際、女はいた。福岡さんは先ほどまでこの部屋で過ごした19歳の女の子を、神奈川まで送っていたところだったのだ。ガチャ切りされた電話を握りしめながらしばらく放心した典子は、せめてもの腹いせにと、部屋のカーテンを燃やそうとした。ところが、火をつけたところすぐ火災報知器が作動し、大家が駆けつける騒ぎに。慌てて部屋を飛び出し、再び福岡さんに電話をかけると、こう罵られた。

「馬鹿野郎! お前の親に来てもらうからな、弁償しろよっ!」

 19時に経堂駅で待ち合わせる約束をして、典子はスーパーに入った。トイレで用を足してから、調理器具売り場で刃渡り20センチの洋包丁を買った。もう一度トイレに入り、包丁を抜き身にして、ショルダーバッグにしまった。このとき、典子は福岡さんの目の前で死ぬ覚悟を決めていた。

 19時過ぎ。駅で落ち合ったとき、再び福岡さんに罵倒された。マンションに向かう途中の横断歩道で信号待ちをしていたとき、背中や頭を拳で殴られた。こう言いながら。

「お前なんか、懲役くらって、臭い飯を食った方がいいんだ!」

 典子が福岡さんの求めに応じ、金を出してきたのは「いずれ結婚する関係だから、財布はひとつ」……こんな考えからだった。福岡さんの妻となり、自分の店を持つために、風俗で週に6日の勤務をこなしてきたのだ。

 だが、この言葉を聞いて、そんな未来を夢見ていたのは典子だけだったとようやくわかった。

 バッグの中に利き手の左手を突っ込み、抜き身の包丁を取り出した典子は、それを、彼の胸元めがけて振り下ろした。

【参考資料】
「週刊女性」 1997年11月11日号
「メンズウォーカー」 1999年6月22日号
「週刊文春」 1997.年11月6日 1999年4月29日・5月6日号
「週刊新潮」 1997年11月6日号、1998年1月1日・8日号
「FOCUS」 1997年11月5日

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