数え99歳になった瀬戸内寂聴「長生きも、ほどほどがいい」

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2020年06月01日 11:30  AERA dot.

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写真瀬戸内寂聴(せとうち・じゃくちょう)/1922年、徳島市生まれ。73年、平泉・中尊寺で得度。『場所』で野間文芸賞。著書多数。『源氏物語』を現代語訳。2006年文化勲章。17年度朝日賞。
瀬戸内寂聴(せとうち・じゃくちょう)/1922年、徳島市生まれ。73年、平泉・中尊寺で得度。『場所』で野間文芸賞。著書多数。『源氏物語』を現代語訳。2006年文化勲章。17年度朝日賞。
 半世紀ほど前に出会った97歳と83歳。人生の妙味を知る老親友の瀬戸内寂聴さんと横尾忠則さんが、往復書簡でとっておきのナイショ話を披露しあう。

【横尾忠則さんの写真はこちら】

*  *  *
■横尾忠則「姿くらまし、案ずる人々眺めるのもよし」

 セトウチさん

 死んだふりして誰が本気で泣くか、泣かないか、チェックするんですか? 死んだら、誰が泣こうが、笑おうが、どうでもいいことだと思いますが、さすが作家の考えることは違いますな。こんな作家とつき合う編集者も戦々恐々、今から泣く稽古しなきゃいけない、でないと化けて出られますからね。幽霊は長い髪をザワーッと垂らして出てくるのが相場ですが、坊主頭の尼さんのテカテカ光った頭の幽霊も恐ろしいかも知れません。

 死んだマネもいいけれど、どこかへ姿をくらまして、金髪のカツラをかぶって変装して、時々、寂庵の近くに帰ってきて、みんなが心配してオタオタしている様子を物陰から眺めて、ニタッとするのも悪趣味で、こちらもいいと思いません? 死ぬよりも、消息不明になって人騒がせをさせるのも、ちょっと犯罪者気分が味わえて、「逃亡者」という題名で心理推理小説を書いて、匿名で、文学賞に応募して、賞を獲(と)る。勿論(もちろん)、授賞式は欠席。今、美術界を騒がしている覆面アーティスト、バンクシーみたいになるのもいいけど、どうぞ勝手に死ぬなり生きるなりして遊んで下さい。

 実は僕は若い頃、死亡通知を新聞に掲載して、首吊(つ)り自死の作品を描いて、「遺作集」と題した画集を出したことがあるんです。そんなパフォーマンスを寺山修司が面白がって、僕がニューヨークにしばらく滞在している間に、友人を沢山(たくさん)集め、妻にまで喪服の格好をさせて、青山墓地の他人の墓の前で、お葬式を演出して、記念写真まで撮ったんですよ。もう今は、こんな悪趣味を本気で遊ぶアホなことをする寺山みたいな友人もいなくなって、面白くない真面目人間ばかりが生き残って、コロナコロナと怯(おび)えています。

 やっぱり落ち着くところはコロナですかね。最近はもうコロナ番組もあんまり観(み)なくなりました。コロナに感染する前にコロナに汚染されてしまいます。僕は聴覚障害者で、テレビを観ても聴こえないので、もっぱら週刊誌ばかりです。家の中は週刊誌と画集で溢(あふ)れています。週刊誌の面白いところはスキャンダルの因果応報ですが、いまや、人類の因果応報時代に突入しています。

 コロナを文化だという人はいないと思いますが、コロナは文化ではなく、文明だと思いませんか。つきつめるとコロナは人災です。天災も怖いですが、もっと怖いのはやはり人災です。食料として生きた動物を家で料理する習慣が武漢にあったそうです。人の心が招いた結果の災害ではないでしょうか。地球上に人がいなければコロナも蔓延(まんえん)しません。

 それは難しいので、やっぱりセトウチさんに倣って死んだふりをしながら坐禅でもして、時の過ぎるのを待つんです。食べるものも食べないで、あんまり真剣になると、即身仏になって、死んでしまいます。まあ、コロナで死ぬよりは即身仏の方が崇高な尊厳死かも知れませんが。まあ、こんなことでも妄想しなきゃいけないのは悲劇です。コロナに振り廻(まわ)されている国民はそれ以前に政治に振り廻されています。命が大事か経済が大事か。彼等は命よりお金です。お金さえ持っていれば死なないという論理です。情けない国になりました。もう寝ます。

■瀬戸内寂聴「生まれた翌年、大震災の経験覚えています」

 ヨコオさん

 私はとうとう九十八歳の誕生日を迎えてしまいましたよ。一九二二年(大正十一年)五月十五日に生まれたそうで、戸籍もそう書き込まれています。

 大正十一年と言えば、翌年九月に関東大震災が起きています。その時、私はサッちゃんという子守の背にくくりつけられ、裏庭の井戸のそばで日なたぼっこをしていました。

 突然、揺れにおそわれて、小学五年くらいの体力しかないサッちゃんは、その場にへなへなと座り込み、井戸に抱きついて泣きだしました。

 井戸を共通で使っている三軒の家の裏口から、人々が飛び出し、口々に、

「地震だっ! 大きいぞ!」

 と叫んでいました。そんな様子を赤ん坊の私がみんな覚えていると言うと、大人たちはみんな呆(あき)れて、

「この子は何というホラ吹きだろう」

 と笑いました。でも、天才作家の三島由紀夫さんは、産まれた時、うぶ湯を使った、たらいの縁を覚えていたというではありませんか。私が赤ん坊の時の大地震の経験を覚えていても不思議ではありません。

 コロナ騒ぎで、この春から全く日本は大変でしたね。百年前、つまり私の産まれた直前あたりに、スペイン風邪がはやり大騒ぎしたそうですが、百年も時が経てば、世の中に異常なことが起きるのは当然かもしれませんね。

 私はこの五月十五日で、数え九十九歳の誕生日を迎えたのです。暦の祝いごとは数え年で決めるそうですが、数え九十九歳は白寿ということになります。自分が白寿まで長生きするなんて夢にも考えたことがありません。極端な偏食で、栄養失調で、年中おできだらけで、薬くさい汚い子供だった私は、近所の子供たちから、

「ハアちゃん、臭い!」

 といって遊んでもらえません。年中漢方薬のねり薬を頭につけて、包帯をしていたので臭かったのでしょう。仕方なく独り遊びをするようになり、私は空想の中に自分を開放し、物語を自分で考えだすようになりました。人間と遊ぶより、本と遊ぶのが好きになりました。もし、子供の時、健康で幸せで、友人に恵まれていたら、私は小説家には、なっていなかったでしょう。

 今の子供たちは、マスクで顔を覆い、学校も休みがちで可哀(かわい)そうですね。コロナなんて目にも見えない怪物と戦って、へとへとになる生活なんて異常です。早くコロナをやっつけて、まぶしい夏を迎えたいものです。

 九十八歳の誕生日を祝って、全国からお花をいただき、今、寂庵の廊下も部屋も花があふれ、花屋が三軒も開けそうです。

 でも、これも最期の誕生日の有様のような気がします。

 長生きも、ほどほどがいいと思います。

 ほどほどとは、九十歳くらいでしょうか。

 私は“やや”生き過ぎたと思います。

 これまでに御自分では呆けたことに気づいていないおエライ方々を、たくさん見送ってきました。ヨコオさん、親友のよしみで、私が呆けたら、必ず教えてね。恩にきますから。

 あなたは呆けない。天才は始めから呆け半分だから。

 ではまたね。おやすみなさい。

※週刊朝日  2020年6月5日号

このニュースに関するつぶやき

  • この世に生まれて死ぬまでが修行とか言うけど、この人の場合、この年まで生きてるって事は、まだまだ修行せなアカンからなんやろうなぁ。と思った。
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  • セックルを断ったからじゃないの?(笑)
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