有安杏果が撮る東京の文化財『世田谷観音』の魅力 「ライブ演奏時は音楽の神様に祈りたくなる」

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2020年06月07日 10:00  AERA dot.

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写真境内を歩く有安杏果さん(アプリコット提供)
境内を歩く有安杏果さん(アプリコット提供)
 有安杏果さんと東京都内の神社仏閣を訪ねる企画「ももかアイズ」。今回は世田谷観音だ。東急田園都市線の三軒茶屋駅を降りると、ランドマークとなっている商業施設「キャロットタワー」がそびえ立っている。多くの人が行き交う大通りから住宅街を20分ほど歩くと、正式名称「世田谷山観音寺」に着く。世田谷観音の通称で、多くの人に親しまれている。

 今回の撮影は新型コロナウイルスの影響が拡大する前に、安全に配慮して行った。

  
 1951年に太田睦賢(おおたぼっけん)和尚が独力で建立した。20歳ごろに上京し、宣教師との出会いからキリスト教に帰依した。海外でキリスト教を学ぼうとしたが、家族から国内で得度することを勧められ、仏教徒の道を歩むことになった。生計は製菓・製パン業で立て、さらに神官の資格も取り、禰宜(ねぎ)として奉仕したこともあるという。己の懐が寒くては思うことを思った通りに実践できないという信念から、商売で経済的な基盤を固めてから寺院を立ち上げたのだろう。

 寺院で、昭和時代の創建となると新しいイメージが持たれるが、境内のお堂は、ほかの寺院などから移築されたものばかりで、古刹のような雰囲気がある。「江戸三十三観音」の第32番札所。緑に囲まれ、心が洗われる。

               

「世田谷にあるレコーディングスタジオも使うことが多いのですが、ここにお寺があるなんて知りませんでした。とても静かで心が休まりますね」

 境内に入った有安杏果さんが仁王門で足を止め、「鳴き龍」を見上げた。

 真下でパンと手をたたくと、不思議な音が響くことからそう呼ばれる。向かって右側は金剛力士像、左側は密迹力士(みつじゃくりきし)像。平安時代後期に造られた東京都内最古の仁王像との説明書きがある。

                      

 仁王門をくぐり、参道を歩くと、正面に観音堂(本堂)が見えてくる。靴を脱いでお堂に上がり、ご本尊・聖観世音菩薩像に手を合わせる。

                     

 その脇にまつられているのがマリア観音像。江戸幕府の厳しいキリスト教禁制を避け、「隠れキリシタン」が聖母マリアの化身として、ひそかに崇拝した観音像のことだ。幼児を抱くマリア観音の姿は、キリスト教と仏教が融合しているように映る。

                            

「マリアさま?」有安さんが近づいて、のぞき込む。

 撮影の合間に、「有安さんはどんな時に祈りたくなりますか」と聞いてみた。

「そうですね……。ギター、ピアノ、サックス……ライブでいろいろな楽器をやりますが、新しい楽器にチャレンジしてライブで演奏する時は祈りたくなりますね。音楽の神様はいるんじゃないかと思います。でも、音楽の神様はきっと、そんなに優しくないと思う」
 有安さんはそうほほえんだ。そして、一拍置いて、「努力したうえでお祈りすることにしています」と自分に言い聞かせるように答えてくれた。

              


 堂内をよく見ると観音堂の柱に見慣れない表示が……「写真撮影OK」。奈良や京都の多くの寺院を訪ねたが、堂内はほとんど撮影禁止だ。カメラを構えた人が立ち止まって動かないとほかの参拝者に迷惑がかかるという理由で、庭園の撮影もダメという寺院もある。いつの間にか、それが私の中で「常識」になっていた。

        

 何かの間違いではと思い、世田谷観音の執事、太田兼照さんに尋ねると、こう笑顔で説明してくれた。

「うちは逆に写真を撮影してもらい、それをツイッターやインスタグラムといったSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)で発信してもらいたいと思っています。それで、一人でも多くの方とご縁ができればうれしいと考えています」

 太田さんはサラリーマンの経験を経て実家に戻り、執事を務めている。参拝に訪れた一人ひとりに、気さくにあいさつをする姿がとても印象的だ。世田谷観音のオープンな雰囲気が伝わってくる。

       
 次に、阿弥陀堂を訪れる。ここには、東京都の指定有形文化財となっている「五百羅漢坐像」が9体安置されている。もともとは、ももかアイズ第2回で紹介した「五百羅漢寺」にあったものの一部だ。阿弥陀堂にも「写真撮影OK」の表示があった。

         
 そのほか、韋駄天(いだてん)像もまつられている。韋駄天は、釈迦の遺骨である仏舎利(ぶっしゃり)を盗んだ捷疾鬼(しょうしつき)を追いかけて取り返したことから、足の速い神とされる。

         
 日本で初めてオリンピックに参加したマラソンランナーの金栗四三(かなくりしそう、1891〜1983)。2019年のNHK大河ドラマ「いだてん〜東京オリムピック噺(ばなし)」で取り上げられたように、俊足の人を「韋駄天」に例えることがある。

            
 阿弥陀堂を出て建物を見上げると、その金栗氏の揮毫で「韋駄天」と書かれた扁額が見えた。東京五輪のマラソンと言えば、日本代表の選考レース「マラソングランドチャンピオンシップ(MGC)」で盛り上がった。残念ながら延期が決まったが、マラソンファンならば金栗氏の繊細でバランスの取れた筆遣いを鑑賞してほしい。

          
 2017年に東京国立博物館で開催された特別展「運慶(うんけい)」では、約60万人が鎌倉時代の写実的な美に魅了された。その仏師・運慶(?〜1223)の孫にあたると言われる康円(こうえん、1207〜?)が手がけた不動明王と八大童子像が、阿弥陀堂の向かいにある六角堂(不動堂)に安置されている。

           
 1272年に造られたことが分かっている。時代でいうと、蒙古襲来のあった「文永の役」の2年前だ。普段は閉まっているが、毎月28日午後2時からは公開され、多くの参拝者でにぎわう。国指定の重要文化財だ。護摩焚きが行われた後、そばでじっくりと対面できる。世田谷観音で唯一、六角堂(不動堂)は撮影禁止になっている。

世田谷観音 東京都世田谷区下馬4−9−4 03−3410−8811 公式サイト(http://www.setagayakannon.com/) 東急バスの三軒茶屋駅、祐天寺駅、目黒駅前から「黒06」系統で世田谷観音下車。東急田園都市線の三軒茶屋駅から徒歩約20分。境内自由。

※現在、コロナウイルスの影響で閉門時間が午後4時に変更されています。マスクの着用もお願いします。境内の散策はできますが堂内へは入れません。状況は日々変わるので、参拝の際はあらかじめ電話で世田谷観音まで問い合わせを。


<文>
平野圭祐(ひらの・けいすけ)/1970年、京都市生まれ。毎日新聞社に入社。横浜支局、経済部兼京都支局記者を経て、朝日新聞社入社。金沢総局、大阪本社社会部記者などを経て、大阪企画事業部で「国宝 阿修羅展」「国宝 鳥獣戯画と高山寺」「運慶」などの展覧会を担当。現在、寺社文化財みらいセンター事務局長。著書に「京都水ものがたり―平安京1200年を歩く―」など。

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