『薄明の翼』は今後アニメ作品を考える上で重要な試みに 現実世界と陸続きのポケモンとの“共生”

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2020年06月14日 08:02  リアルサウンド

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『薄明の翼』(c)2019 Pokemon. (c)1995-2019 Nintendo/Creatures Inc./GAME FREAK inc.

 子どもの頃、ポケモンが本当にいたらどんな生活になるのだろうと考えていた。空を飛ぶで隣町に移動し、暑い日は水ポケモンや氷ポケモンで涼み、ポケモンに乗って海辺を冒険する。カビゴンの食費はきっと大変だろうとか、ピカチュウに触る時はゴム手袋が必要かな、などと夢想したことがある人は、きっと多いのではないだろうか。そんなポケモンとの共生をリアルに描いたWEBアニメ『薄明の翼』が大きな話題を呼んでいる。今回は本作と、その制作を務めるスタジオコロリドの魅力について迫っていきたい。


参考:22年前を彷彿とさせる演出の数々 TVアニメ『ポケットモンスター』は大人こそ楽しめる作品に


 『薄明の翼』は、原作である『ポケットモンスター ソード・シールド』の世界観を基に、YouTubeで毎月1話、5分ほどの作品を公開している。TVシリーズではサトシとピカチュウを中心とした冒険が描かれているが、そちらとは別の世界を舞台にしており、原作により密接なつながりを持った作品だ。1人の主人公の活躍や成長を描くものではなく、サイトウなどのジムリーダーや、ローズ委員長などのサブキャラクターを1話完結で掘り下げていき、その魅力を描き出す。


 本作を鑑賞して驚かされるのは、“世界とともに生きるポケモン”の姿を丹念に描いている点だ。例えば第1話では病院が舞台となっているが、点滴や移動式のベットなどの現実にも存在する道具と共に、病院のスタッフとして働くポケモンの姿が描かれている。窓の外に見えるビル群や壁に貼られたポスター、雑誌やぬいぐるみなどの小物からは、現実世界と変わらない人々の営みが感じられるのだが、そのリアルな世界の中にポケモンが入り込んでいるのだ。だが、異常なものが紛れ込んでいるような感覚は一切なく、そこにいて当然というように描いている。この世界におけるポケモンは、現実世界におけるペットなどの概念を超え、共に暮らすパートナーであることを強く印象づけている。


 また、映像の美しさ、その迫力も見どころの1つだ。その味わいが最も発揮されたシーンの1つが、第4話のルリナとミロカロスが共に泳ぎ回るシーンだろう。この話ではローズ委員長からルリナが「モデルとジムリーダーの仕事の両立が難しいのでは?」と問われてしまい、迷いを抱く姿が描かれる。しかし、作中でも語られるように、ルリナがミロカロスと共に水中を泳ぎ回る姿は、まるで空を飛ぶかのような快活な印象を与える。そして美しく強いミロカロスの姿にルリナを重ね合わせ、物語としてのカタルシスも生まれている。また海の中で泳ぐポケモンたちは幻想的であり、まるで竜宮城の中にいるかのような感覚を与えてくれる。


 これらの映像を作り出した山下清悟監督は、30代前半と監督として若手であり、『ポケットモンスター 赤・緑』などを小学生の頃にリアルタイムで楽しんできた世代だ。本作を手がけた制作スタジオのスタジオコロリドは、デジタル作画を中心に制作するスタジオだ。今のアニメ制作は、作画の際に紙に書く旧来の作画方法と、デジタル画面に作画していくデジタル作画の両方が存在している状況だが、その中でデジタルであることにこだわりを持っているのがスタジオコロリド。『ペンギンハイウェイ』の石田祐康監督などの若手クリエイターが多く、若さ溢れるフレッシュで力強いデジタル作画の美しさや、特徴的なカメラワークなどからはスタジオコロリドの魅力が味わるのではないだろうか。


 本作を語る上では、YouTubeで公開されているという点にも着目したい。日本の多くのアニメ作品は1話30分のTVシリーズを毎週放送、もしくは映画館で2時間ほど上映、あるいはOVAなどのいくつもの形式がある。しかし、1カ月ごとに5分ほどの作品を公開するという試みは、いまだかつてなかったのではないだろうか。近年は若年層を中心に影響力の強まっているYouTubeだが、人気動画を検索すると5分から10分程度のものも多い。まとまった時間で動画を観るというよりは、ちょっとした空き時間や、短い時間の動画をいくつも見るということの方が多いのではないだろうか。その点において、1話5分ほどというのは、YouTubeを楽しむ若年層にも気軽に楽しめるものになっている。


 この試みは今後のアニメ作品を考える上で、とても重要なのではないだろうか。TVシリーズの30分を1話として1クール以上、約13話を放送するというのはTVのフォーマットに合わせるためのものだ。近年は5分アニメなども登場しているが、YouTubeやSNSを活用すればその時間の制約から解放される。またスタジオコロリドはCMやMVなども手がけており、短編アニメを制作するスタジオでもある。短編アニメは商業のフォーマットでは採算が取りづらい一面があると言われているが、過去には新海誠監督が120秒のCM作品『クロスロード』を作り、その経験を参考にしながら『君の名は。』を制作したように、短編アニメには作家性や技術の育成、長編のパイロットとしての役割を果たす。近年はインターネット上で短編アニメを発表する若手アニメーターや学生も増えており、その才能をキャッチしていかんなく発揮するための場としても、YouTubeやSNSは重要な役割を果たすのではないだろうか。


 『劇場版ポケットモンスター ココ』の監督を務める矢嶋哲夫監督も30代半ばと若い監督であり、子どもの頃からポケモンを楽しんできた世代だ。若い才能たちが作り上げていく新たなるポケモンワールドとその情熱は、コロナショックで先行きの見えない中でも世界中の子どもたちに届き、各々の新たなるポケモンがいる世界を生み出していくのだろう。


■井中カエル
ブロガー・ライター。映画・アニメを中心に論じるブログ「物語る亀」を運営中。


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