吉原光夫は“必ず結果を出す俳優”だ 『エール』馬具職人・岩城役に至るまでの“けもの道”

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2020年06月16日 06:01  リアルサウンド

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『エール』写真提供=NHK

「女、子どもが入るところじゃねえ!」


参考:『エール』でテレビドラマ初出演の吉原光夫、二階堂ふみの魅力を語る 「本物を求めている人」


 NHK連続テレビ小説『エール』で馬具職人の岩城を演じる吉原光夫。アナザーストーリー「父、帰る」後編で、久々に画面に登場する。


 早くにこの世を去った音(二階堂ふみ)の父・安隆(光石研)があの世で宝くじに当たり、2日だけ古山家と関内家に現れるという展開なのだが、関内家で働く岩城が安隆の幽霊(?)や音の母・光子(薬師丸ひろ子)とどう絡むのかも見どころのひとつだ。


 山崎育三郎や古川雄大、小南満佑子といったミュージカル俳優が多く出演する『エール』で、ひとりだけ“音楽”とまったく関係ない立場で役を担う吉原。彼は一体どんなプレイヤーなのか。これまでインタビュー取材をしたり、トークイベントのゲストに招き話を聞いてきたライターとして、俳優・吉原光夫について語ってみたい。


 とにかく型にはまらず、異色といえる経緯をたどり大舞台に立った人である。


 高校時代に打ち込んだバスケでの大学入試に挫折し、地元・八王子で遊んでいたところ、厳格な父親に「真面目に生きろ」とストーブを投げつけられて「楽そうだから」という理由で演劇の専門学校へ。が、授業についていけず、退学を決意した日にキリスト最期の7日間を描いたロックミュージカル映画『ジーザス・クライスト・スーパースター』を観て雷に打たれ、「いつかこの作品でユダを演じる!」と、その日から1日も休まず学校に通う。


 専門学校卒業後は劇団四季の研究所に入所し、四季の舞台では『ライオンキング』のシンバとその父・ムファサ、『美女と野獣』のガストン、そして念願のユダなどを演じるが、2007年に退団。2009年には自身でカンパニーを立ち上げ、バイトをしながら小劇場で公演を打つ日々が続く。そんな時、知人から「お前らの劇団の舞台なんて誰も観ていない」と言われ、広告を見て受けた『レ・ミゼラブル』のオーディションに見事合格。2011年、史上最年少(当時)のジャン・バルジャンとして帝国劇場の舞台に立つ。


 と書くと、感動的なシンデレラストーリーのようにも見えるが、そこは型にはまらない男・吉原光夫。じつはオーディションを受けるまでミュージカル『レ・ミゼラブル』を観たことはなく、「やるなら革命家」とドレッドヘアを決め、会場で青年革命家役の列に並んでいたところ、主催者に「君はここじゃないだろ」とバルジャンを追う警部役の列へ誘導される。最初に彼が希望した青年革命家のリーダーは若手イケメン俳優が演じることが多い役。細身のイケメン勢に混じって、身長186cm、ガタイが良すぎる目つきの鋭いドレッドヘアが並んでいたのだから、さぞかし目立ったことだろう。


 最終的に警部役ではなく、山口祐一郎、別所哲也、今井清隆といったベテラン勢とともにバルジャン役に決まった吉原だが、この時のオーディション逸話はミュージカルファンの間で長く語り継がれている。


 本人は少し照れた顔で否定するかもしれないが、稽古場での様子やインタビュー、トークショーでの切り返しを間近で見ていると、とにかく頭が切れて、人間力がある人だと感じる。若手やスタッフから「光夫がやるならついていく」との人望も厚い。


 ことミュージカルの現場では子どもの頃からその世界を目指していたり、歌やダンスを専門的にやってきた人材がシフトしてくることが多い中、吉原のような経歴で大舞台に立ち続ける俳優は稀である。また彼の場合、王道ではなく、けもの道を歩んできた凄味が個性となっているのも魅力のひとつだ。


 近年ではディズニー実写版映画『美女と野獣』で四季時代に演じたガストン役を吹き替え、アニメ『未来のミライ』(細田守監督)では「謎の男」役の声優を担当、公開予定の映画『燃えよ剣』(原田眞人監督)に伊東甲子太郎役で参加するなど、舞台以外でも活動の場を広げている吉原だが、テレビドラマへの出演は本作『エール』が初。


 これまで寡黙に馬具を作る姿か、時折深みのある言葉をつぶやく様子が印象的だった岩城が、安隆の登場によってどんな変化を起こすのか(幽霊になった安隆の姿は親族以外に見えない)、久々の登場シーンに注目したい。


 そして今後の展開で戦争が描かれるとしたら、軍のために馬具を作っている岩城にはきっと葛藤もあるはずだ。裕一(窪田正孝)や音がいる音楽の世界とは違う目線で戦争をとらえる人物として、岩城が激動の時代をどう生きるのかとても気になる。


 最後に吉原光夫という人物を一言で表すと「必ず結果を出す俳優」だ。大劇場のミュージカルから小劇場の演劇まで彼が出演する舞台にハズレはない。それは吉原がどんな現場でも作品や自分の仕事を突き詰めて突き詰めて身を削りながら芝居と向き合うからだろう。「楽そうだから」とふざけた理由でこの世界に足を踏み入れた青年が『レ・ミゼラブル』のジャン・バルジャンと同じく180度の変化を経て、今は多くの観客に感動を手渡している。


 舞台からドラマの世界にも一歩踏み出した彼にあらためて大きなエールを送りたい。(上村由紀子)


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