青春の終わりをピンク映画スタイルで描いた81分 主演女優・川上奈々美が愛おしい『東京の恋人』

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2020年06月27日 18:03  日刊サイゾー

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写真『全裸監督』(19)での熱演が印象的だった川上奈々美主演作『東京の恋人』。本作でも出し惜しみのない演技を披露している。
『全裸監督』(19)での熱演が印象的だった川上奈々美主演作『東京の恋人』。本作でも出し惜しみのない演技を披露している。

 

 セクシー女優として人気の川上奈々美が主演した映画『東京の恋人』は、甘くせつないダブル不倫の物語だ。ヒロインは結婚し、妊娠もしている。ずっと引きずってきた青春の思い出にお別れするために、昔の恋人に会って、久々にセックスする。そして、元恋人とも青春時代ともさよなら。本作がデビュー作となる下社敦郎(しもやしろ・あつろう)監督は、ピンク映画を思わせる様式の中で青春時代の終焉をくっきりと描いてみせる。

 川上奈々美は昭和のアイドルっぽい顔立ちで、親しみやすさを感じさせる女優だ。しかも、脱ぎっぷりがいい。Netflixオリジナルドラマ『全裸監督』(19)の第4話では、村西監督(山田孝之)から「ロボットみたいな表情だ」と酷評され、前貼りなしで本番に挑むAV女優役を熱演。ピンク映画『青春のささくれ 不器用な舌使い』(18)では、大学の先輩を一途に想う女子大生を好演し、翌年のピンク大賞主演女優賞に輝いた。一般映画となる本作でも、音楽と映画の祭典『MOOSIC LAB 2019』長編部門の最優秀女優賞に選ばれている。

 物語は男性主人公・立夫(森岡龍)の目線で始まる。立夫は大学時代に自主映画制作に熱中し、大学卒業後も映画監督を目指して東京でビンボー生活を送っていた。そんな立夫も30歳となり、妻(階戸瑠李)の父親が経営する会社に勤め、今は群馬で暮らしている。もうすぐ子どもが生まれる予定だ。そんなとき、立夫のスマホに着信が入る。大学時代に付き合っていた満里奈(川上奈々美)からだった。東京で久々に会わないかという。妊娠中の妻には出張だと嘘をつき、立夫はいそいそと“東京の恋人”に会いに出掛ける。

 満里奈は結婚していたが、久々に会うとやっぱりいい女だ。もうすぐ20代を終える満里奈は、昔みたいに立夫に写真を撮ってほしいと頼む。海岸や海沿いのホテルで、満里奈を激写する立夫。ホテルの一室でヌードになった満里奈に、立夫の下半身は素直に反応してしまう。当然のように、ベッドで激しく愛し合う2人だった。

 いつも自宅で和食を食べ慣れていると、たまに外で食べるパン食が美味しく感じられてしまう。満里奈の体を貪るように立夫はいただく。妻には頼めないアブノーマルな体位も、満里奈は応じてくれる。ダブル不倫という罪悪感と、このまま田舎で埋もれた一生を送るのかという恐怖心に抗うように、立夫は満里奈の体にのめり込んでいく。セックスの後のまどろみの時間も長回しで撮るなど、2人のベッドシーンが生々しく映し出される。

 かつての恋人との久々のセックスはとても甘美だが、同時に20代の頃に夢中になっていた映画への想いもよみがえる。立夫と満里奈は大学の映画サークルで出会い、映画づくりは2人に共通する夢だった。だが、自主映画で食べていけるほど世の中は甘くない。やがて2人は別れ、映画づくりの夢も諦め、それぞれ安定した生活と結婚を選択するに至った。

 車で海に向かう2人はサングラス姿で、ジム・ジャームッシュ監督の『ストレンジャー・ザン・パラダイス』(84)を気取る。単なる映画ごっこだが、2人は映画づくりはもう叶わない夢であることを悟っている。2人は自分たちの夢がすでに終わっていることを確かめるために会い、そしてセックスする。射精した瞬間に、夢も青春も終わる。気持ちよければよいほど、せつないセックスだった。

 ジム・ジャームッシュ作品だけでなく、いろんな映画遊び、映画トリビアがところどころに散りばめてある。かつては新鋭監督として期待されていた先輩(木村知貴)はアルコール依存となり、「俺たち、もう終わっちゃったのかな」と呟く。もちろん、北野武監督の青春映画『キッズ・リターン』(96)からの引用だ。満里奈は立夫に「映画に時効なし」と言って、映画づくりを続けることを勧める。「俺が死んでも映画は残る。映画に時効なし」と言ったのはインディーズ映画の帝王・若松孝二監督だ。さらに加藤泰監督、安藤昇主演の刑務所もの『懲役十八年』(67)が、立夫と満里奈とを結ぶキーワードとして使われる。満里奈が口ずさむ「大阪で生まれた女」を歌った稀代の名優・萩原健一は、2019年3月に亡くなった。

 映画をこじらせて10〜20代を過ごしてきた主人公たちから、映画を取ってしまうと何も残らない。何もないただ真っ白な広野を、立夫も満里奈もこれからどうやって生きていけばいいのだろうか。別れ際に満里奈から手渡されたビデオテープを、立夫は妻に内緒でこっそり見ながら、自分が失ったものの掛け替えのなさに気づくことになる。浦島太郎のように、東京から戻ってきた自分が老け込んだことを実感せざるを得ない立夫だった。

 この映画は何者かになろうとあがき、七転八倒しながら青春時代を過ごし、結局は何者にもなれなかった若者たちの物語だ。映画の世界で成功を収め、自分の撮りたい映画を撮り続けることで食べている映画監督は、世界を探してもほんのひと握りしかいない。映画の世界に限らず、何者にもなれずに悶々と日々を過ごすことになる人たちのほうが圧倒的に多い。

 そんなままならない人生を送る市井の人々を描くのに、低予算で制作されるピンク映画というジャンルはとてもよく合っている。ピンク映画の傑作『たまもの』(04)で知られるいまおかしんじ監督がスナックの客役でカメオ出演するなど、ピンク映画へのオマージュも感じさせる。立夫の義兄を演じる吉岡睦雄は、『たまもの』の主演男優だった。叶えられなかった夢や願望を、70〜80分の短い時間の中で擬似体験させてくれるのがピンク映画ではないだろうか。

 エンドロールで「東京60WATTS」の歌う主題歌が流れる中、川上奈々美がとても無邪気な笑顔を見せる。恋人だけに見せるような、無防備な笑顔だ。“東京の恋人”川上奈々美が、とても愛おしく感じられる。映像の中の彼女はいつまでも年をとらず、ずっとこちらを見て笑い続けている。

 

『東京の恋人』
監督・脚本/下社敦郎 音楽/東京60WATTS
出演/森岡龍、川上奈々美、吉岡睦雄、階戸瑠李、木村知貴、西山真来、睡蓮みどり、窪瀬環、辻凪子、秋田ようこ、松本美樹、矢野昌幸、いまおかしんじ、佐藤宏、マメ山田、榎本智至、伊藤清美
配給/SPOTTED PRODUCTIONS 6月27日(土)より渋谷ユーロスペースほか全国順次公開
c)2019 SALU-PARADISE/MOOSIC LAB
https://tokyo-modernlovers.com

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