セクハラ、人種差別、宗教観……デリケートなテーマに切り込む『宝石商リチャード氏の謎鑑定』の魅力

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2020年07月01日 10:01  リアルサウンド

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 美貌のイギリス人宝石商リチャードと、正義感の強い大学生中田正義がコンビを組み、宝石にまつわる人の心の謎を解きほぐす。2015年から刊行中の『宝石商リチャード氏の謎鑑定』(辻村七子著、集英社オレンジ文庫)は、女性読者を中心に熱い支持を集め、2020年のアニメ化をきっかけにさらなるブレイクを果たした大人気シリーズだ。


関連:【画像】シリーズ第1作『宝石商リチャード氏の謎鑑定』


 6月19日発売の第10巻『久遠の琥珀』をもって第2部は完結し、物語は区切りを迎えた。銀座の宝石店「エトランジェ」を舞台に、オムニバス形式の短編でジュエル・ミステリーを展開した第1部。それに対して第2部は長編小説へと形式を変え、物語も日本を離れてグローバルに展開するなど、第1部とは異なる作風で執筆された。ここでは『宝石商リチャード氏の謎鑑定』を取り上げ、それぞれ異なる魅力をもつ第1部と第2部を振り返りながら、シリーズの次なる展開に期待を寄せたい(なお本記事は、一部ネタバレを含む)。


 大学2年生の中田正義はある夜、公園で酔っ払いに絡まれている人を助けた。リチャード・ラナシンハ・ドヴルピアンと名乗る美しい男は、流暢な日本語を話すイギリス人で、国内外に顧客を抱える宝石商だという。それを知った正義は、リチャードに亡き祖母が遺したいわくつきの指輪の鑑定を依頼した。指輪をめぐる一件は予想外の結末を迎え、その後正義は、リチャードが拠点とする宝石店「エトランジェ」でアルバイトを始める。まっすぐな性格だが、迂闊な言動が厄介ごとを引き起こしがちな正義と、人間離れした美貌をもつミステリアスな宝石商リチャード。物語はやがて、宝石をめぐる謎解きから、リチャード自身の謎に迫る展開をたどることになる。


 各巻4話収録の短編形式で発表された第1部(第1巻〜第6巻)では、エトランジェを訪れる客にまつわる宝石の謎を、リチャードがその鑑定眼と鋭い観察力で鮮やかに解き明かす。ルビーの鑑別を依頼した女性の真意、死んだバレリーナの呪いがかかったエメラルドのネックレス、行方不明になった恋人からもらったトルコ石……。


 美しい宝石に秘められた物語は、喜びや愛しさだけでなく、時には人間の心に潜む醜い感情をも暴きだす。第4巻『導きのラピスラズリ』ではリチャード自身の因縁にフォーカスし、とある伯爵家の愛憎劇が遺産の宝石を通じてあぶり出された。


 きらびやかな『宝石商』シリーズは、一方では家庭内暴力やセクシャルマイノリティの苦悩、人種差別など、センシティブな諸問題にも光を当ててゆく。デリケートなテーマに切り込んだうえで、ステレオタイプな表現に陥ることなく、繊細かつ生々しい感情をえぐり出す作者の筆致こそ、『宝石商』シリーズの真骨頂であると個人的には主張したい。正義と同じ大学の学生で、想い人でもある谷本晶子は、初めてエトランジェを訪れた印象を次のように語った。


「正義くんの話を聞いて、ここは外国人の店長さんが素敵な宝石を見せてくれるお店だと思ってたんですけど、ここは自分のことを『エトランジェ』だと思っている人たちに、とっても優しくしてくれるお店なんですね」(第6巻『転生のタンザナイト』)


 このセリフほど、『宝石商』第1部の本質を突く言葉はないだろう。そしてこのエピソードの直後、衝撃的なかたちで正義が抱える闇が暴露され、物語は怒涛の展開を経て第1完結を迎えた。


 『宝石商』第2部は、スリランカから始まる。大学を卒業した正義は、リチャードが勤める宝石店の本拠地スリランカでインターンとして働きながら、公務員試験の勉強を続けていた。日本を離れ、リチャードとも物理的な距離が生まれた正義は、異郷に身を置く“エトランジェ”となる。


 第2部では宝石にまつわる謎解き要素は後退し、長編小説という形式を取りながら、物語に登場する人物のバックグラウンドをめぐる物語が展開された。この章から新たに、リチャードの過去に関係する元同僚と元教え子が登場する。リチャードに対して屈折した感情を抱く2人がさまざまな形で糸を引き、第2部を動かしてゆく。


 物語のスケールはより一層グローバルになり、正義は世界各地を飛び回る。第7巻では「リチャードを助けて」というメールに導かれ、カリブ海を旅する豪華客船クルーズに乗り込み、第8巻ではリチャードの母に招かれて南仏プロヴァンスの屋敷を訪れる。舞台となる地が広範になっていくにつれて、社会的な問題にも向き合う姿勢はより強く打ち出された。セクシャルハラスメントや欧米におけるアジア人蔑視、スリランカの宗教暴動も、ストーリーとかかわる重要な要素として描かれている。


 第2部を貫くテーマは、さまざまな愛のかたち、異文化コミュニケーション、そしてなぜ美しいものは悲しいのかという問いかけであろう。第9巻『邂逅の珊瑚』で正義は、世界各地で彼の人生に影響を与えた人たちと再び巡りあい、彼らとの対話を通じて自らの人生観を固めてゆく。とりわけリチャードの師匠シャウルが語る独自の宗教哲学は圧巻だ。さまざまな宗教の彷徨を経て、美に奉じて宝石商となった彼の語る言葉は奥深く、忘れがたい印象を残す。


 この巻では、久しぶりに帰国した正義が日本で違和感を覚え、そんな自分に戸惑う姿も描写された。いわば母国であるはずの地で、“エトランジェ”となった正義の姿は、図らずも彼の成長と変化を浮かび上がらせてゆく。第2部の結末で、2年間にわたる異郷でのインターンを終えた正義は、将来の職業に関する重要な決断を下す。懐かしの銀座「エトランジェ」の風景で締めくくられた物語は、次はどこへ向かうのだろう。


 安定した形式のなかでストーリーを深化させた第1部と、作者のメッセージと挑戦を感じさせた第2部。宝石を通じてさまざまな人生模様が映し出され、そこに稀有な絆で結ばれた男たちの物語が交わり、唯一無二のきらめきが生まれる。今はただ作者に労いの言葉を贈り、『宝石商』シリーズ第3部の幕開けを待ち続けたい。


(文=嵯峨景子)


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