「息子とどこかに行った記憶がない」ひきこもり支援続ける夫婦の現実 志ある個人頼みの末に…

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2020年07月02日 07:00  ウィズニュース

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写真寮生と台所に立つ川又佳子さん=2019年5月、富山市
寮生と台所に立つ川又佳子さん=2019年5月、富山市

富山で、不登校やひきこもりを経験した若者たち約20人が暮らす富山市内の共同生活寮「ピースフルハウスはぐれ雲」、通称「はぐれ」。切り盛りするのは、県外から移り住んだ夫婦だ。30年余りにわたり、規則正しい生活と農作業を柱にしたシンプルな営みを続け、若者の自立を後押ししてきた。手探りで寮生とのフラットな関係を築き上げた2人。けっして知名度は高くない「はぐれ」の地道な活動から「自立支援施設」の今を考える。(朝日新聞富山総局・竹田和博)

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規則正しい生活と農作業
「佳子がいなかったら、はぐれは成り立ってない」

はぐれの代表、川又直さん(66)はある夜、居間で夜食のラーメンを食べながらそう口にした。川又さんは地域の会合や家庭訪問、交渉事で外に出ることもあり、寮の生活はもっぱら妻の佳子さん(63)が切り盛りする。

規則正しい生活と農作業。1988年にはぐれが始まってから続くシンプルな営みは、川又さんと佳子さんの2人がいることで続けてこられた。

特に、食事は佳子さんなくしては成り立たない。一週間分の献立を考えて買い出しに行き、寮生と台所に立つ。「自分の仕事は後回しにできるけど、ご飯はそうはいかない」。人手不足の時には3食を一人で作り続けたこともある。「息子とどこかに行った記憶がない。だから、富山のことあんまり知らないんですよ」

さばさばと、そして淡々と仕事をさばきながら寮生の話を聴き、時に厳しく、時に優しく声をかける。「今の子たちは、妙に気を使いすぎたり依存しすぎたりして距離感が悪い。少しずつ離して適正な距離感にしていく」

「自分と似てた」若者の姿
千葉県出身の川又さんと東京都出身の佳子さんは、不登校やひきこもりの若者を受け入れていた静岡県内の牧場で出会った。

「東大を出て医者になれ」。教育熱心な教師の父の下で育った川又さん。高校こそ都立の進学校に進んだが、2年生の時に「親の敷いたレール」を外れた。酒とたばこに興じ、雀荘とパチンコ店に入り浸り、高校卒業と同時に家を出て働き始めた。

その後、父親の縁で静岡の牧場を手伝うようになり、自立支援の道へ。親の敷いたレールを進んで行き詰まった若者の姿が「自分の境遇と似てた」と川又さんは振り返る。

一方、佳子さんは、大学を出て大手建設会社に入ったが「何がしたいとかなかった」。たまたま見た新聞で牧場のことを知り、「自分にもできることがあるんじゃないか」。赴いた先で責任者をしていたのが川又さんだった。

ボランティアとして働くうちに会社を辞めて職員に。佳子さんは「自分も迷ってたから、迷ってる子に共感したのかもしれない」と振り返る。

「良いことしてると思うな」
親元を離れて徐々に落ち着きを取り戻す若者たちの姿に、「共同生活」の可能性を感じていた川又さん。自立支援の活動に理解のある友人がいた縁で、一家で富山に移り住み、はぐれを開いた。

太陽の下で体を動かし、収穫の喜びを味わうことで自信を育もうと農作業を活動の中心に据えた。徐々に田を広げ、流通のために農業生産法人を立ち上げて専用の作業場も造った。

「子孫に何を残すか。それは教育と環境だと思う」と川又さん。社会とのつながりを絶った若者たちが、農業を通して自立に向かう。そのための環境づくりに徹してきた。

ただ、2人に「特別なこと」をしているという感覚はない。「すごい仕事してるって言われると照れるっていうか、変な感じがする」。佳子さんが言えば、川又さんも「(自立支援は)お国のため」とうそぶき、「辞めるタイミングを逃したから続けてるだけ」と笑う。

「いいことしてると思うな」。牧場にいたころから、川又さんはそう口にしてきた。打算や功名心なく、子どもたちと一緒に働いて日々を過ごす。起きたことを解決する中で若者たちは自然と育つ。現場で得た実感だ。

目の前の若者たちと愚直に向き合い、一緒に行動し、考える。そうすることでしか現実は変わらない。不登校やひきこもりの問題を考えるためには「まず現場を見てくれ」。川又さんはそう訴える。

距離の近さと、シンプルな手法
はぐれは「自立支援施設」と呼ばれるが、川又さんの家で若者がワイワイ言いながら暮らす様子は、「施設」から浮かぶイメージとは異なる。初めて見たときは、山村留学の下宿先のようにも思えた。

川又さん夫妻は「おじさん」「佳子さん」と呼ばれ、寮生とフラットに向き合う。特別な教育プログラムもカウンセリングもなく、「何かをやってあげる」というような関わり方もない。「生活=支援」を地で行く。この距離の近さとシンプルな手法こそが「はぐれ流」なんだと思う。

寮生が就労に向けた訓練を積むためのレストラン、住まいとしてのグループホーム、専用の農作業場……。川又さんは自ら借金をして、継続して自立を支える環境づくりにエネルギーを注いできた。

だが、本人は「この年でも(金を)貸してもらえるんだなぁ」と、小ネタの一つ程度に笑い飛ばす。相当すごいことをしていると思うのだが、そう思わせない。そのせいか、富山でのはぐれの知名度はそれほど高くない。それが何より歯がゆい。

「仕事としてはハード」
はぐれのような共同生活型の施設は、全国にいくつかある。ただ、川又さんによると、資金や人材不足によって撤退した施設も少なくない。はぐれが農業にも力を入れているように、別の柱なくして自立支援だけで経営を成り立たせるのは厳しい。

「仕事としてはハード。他の地域で若い人が頑張ってる例はあるけど多くはない。後につながらないところが課題かな」。佳子さんはそう話してくれた。

はぐれと同様に、夫婦で共同生活型の施設を運営している男性の言葉が印象に残っている。

「この仕事には福祉、教育、医療の側面がある。各分野には公的支援があるが、自立支援だけに限ると支えがない。民間の知恵と利用者の負担だけで何とかやってるのが現状」。男性は、志のある個人頼みの末、支援の土壌が細ってしまうことを危惧する。「『川又さんだからできた』で終わらせてはいけない。持続可能な仕組みが求められる」。

現場の切実な声。いま耳を傾けなければ、将来どうなってしまうか。多くの人に想像を巡らせてもらいたい。

     ◇
連載「はぐれ雲にのって」
「不登校」や「ひきこもり」といった言葉でひとくくりにされてしまう人たちも、一人ひとりが抱える事情や歩んできた道のりはそれぞれ違う。「はぐれ」で暮らす人たちの日々を追い、当事者や自立を支える人たちの声に耳を傾け、何が求められているのかを探った。(次回は7月3日に配信予定です)

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  • 「ただ近くに居てくれる仲間」ってのが、孤独になった人には得難いって事か。
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