西田有志が18歳で選んだイバラの道。世界と戦うため「迷いはなかった」

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2020年07月03日 12:02  webスポルティーバ

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スーパーエース・西田有志 
がむしゃらバレーボールLIFE
 (8)

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 現在のバレーボール男子代表で、大きな期待と注目を集めている20歳の西田有志。そのバレー人生を辿る連載の第8回は、実質的なプロ契約と、その年のVリーグについて振り返る。

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 2018年4月、18歳にして日本代表に初招集された西田有志は、同年9月に行なわれた世界選手権(イタリアとブルガリアの共催)から帰国した際、今後の目標についてこう話した。

「Vリーグ優勝、五輪出場……あと、家を建てること! バレー選手にも、それくらい夢があったほうがいいですよね(笑)」

 そんな夢を叶えるために、西田はある決断を下す。高校3年時に内定選手としてVリーグデビューを果たし、卒業後、ジェイテクトSTINGSに正社員として入社。しかし日本代表1年目の活動を終えた西田は、リーグの新シーズンを迎える前に「嘱託職員」として契約を結び直した。

 これは、Vリーグのチームに所属する選手が、プロ選手と同じような形で活動するために取るひとつの手段だ。

 日本の男子バレー選手の多くは、大学から実業団入に入って正社員として活動し、現役を終えたあとは社業に専念する。たとえば、西田のチームメイトで全日本でもプレー経験がある浅野博亮は、午前中はホームページを制作する部署で働き、午後に練習を行なう。現役中から社業に関わっていれば、ケガなどで現役生活が短く終わってしまった場合なども含め、引退後のセカンドキャリアへの移行もスムーズになる。

 一方で嘱託職員として契約を結んだ選手は、社業を免除されてバレーの練習に専念できる代わりに、引退後の職は保証されない。かつては、元日本代表の山本隆弘、越川優、現役選手ではパナソニックパンサーズの清水邦広なども同様の形をとっているものの、人数的にはその道を選ぶ選手のほうが圧倒的に少ない。

 当時18歳の西田は、なぜ安定を捨ててバレーだけで稼いでいく道を選んだのか。その理由をこう明かす。

「代表1年目が終わり、ネーションズリーグや世界選手権を戦った経験が大きく影響しました。バレーの道に進んだのは間違いじゃなかったと思ったのと同時に、『もっと選手としてのレベルを上げたい』という欲が出てきたんです。僕の身長(186cm)だと、男子バレーの世界ではマイナスからのスタートになる。世界のトップ選手と本気で対戦してみて、このレベルで自分が渡り合っていくためには、バレーボールだけに専念する環境がないといけない。そう感じたんです」

 家族にも相談したが、反対されることはなかったという。逆に両親は、「18歳から会社員になって自立したんだから、家族だけど(生活費などを出してもらう)存在じゃない。だから、自分で『やる』と思って決めたことなら、その道を行けばいい」と西田を後押しした。

「うちの家族はみんな、何かを決める時に『やる』『やらない』のどっちかしかないんですよ(笑)。僕も、この時はもう『やる』と決めていたので、迷いは一切ありませんでした」(西田)

 そうしてプロ選手として臨んだ2018−19シーズン。リーグがビジネス化に向けてスタートを切り、名称も「V.LEAGUE」に変わったシーズンだったが、ジェイテクトSTINGSはプレーオフ圏外の7位と低迷した。

 それにはさまざまな要因があった。西田の才能を高く買い、高校生のうちから積極的に起用してきたアーマツ・マサジェディ監督が、VC長野トライデンツのコーチに就任(現在は監督)。代わりに指揮を執ったのは、前シーズンをもって現役を引退し、そのまま監督に就任した高橋慎治だった。ジェイテクトが2部リーグ所属だった頃からチームを支えてきた功労者だが、いきなり指揮官になったことで采配に苦しむ場面も見られた。

 さらに、世界的な名プレイヤーで「優勝請負人」と呼ばれる元ブルガリア代表のエース、マテイ・カジースキがイタリアのセリエAに移籍したことも攻撃力の低下につながった。代わりに加入した、ブルガリ代表のブラトエフ・ヴァレンティンが代役を務めるのは荷が重く、サーブで狙われるなど思うように得点できない日々が続いた。

 自然と、トスは若きエースの西田に集まるようになった。それは同シーズンの数字にも表れており、総得点ランキングは、他チームの外国人助っ人選手2人に次ぐ3位で570点。まだ18歳の選手にとっては、肉体的、精神的にも負担がかかったことが予想されるが、アタック決定率も9位の50.7%と高い確率を維持した。

 ほかにも、サーブ得点(45本)、効果率(12.2%)は全体のトップ。ブロック決定本数では、ミドルブロッカーの選手たちに割り込む形で4位(50得点)に入るなど、獅子奮迅の活躍を見せた。

 そのシーズン終盤になると、ファンやメディア関係者の間で「最優秀新人賞は誰が獲るのか」が話題になった。新人賞は、その年に最も活躍した3年目以内の選手に贈られる。西田とともに候補に挙がったのは、そのシーズンを圧倒的な強さで制したパナソニックの大竹壱青だ。

 中央大学からパナソニックに入団した大竹は、ケガで戦列を離れていたエースの清水に代わり、チームのオポジットとして奮闘。総得点ランキングでは日本人2位の12位(332得点)と、西田とは少し開きがあるが、チームの優勝に貢献したことが大きな評価ポイントになっていた。

 新人王はチームの成績も加味されている部分があるため、「7位に沈んだジェイテクトからは難しいかもしれない」という予想もあったが、結果は西田と大竹の”ダブル受賞”に。新人賞が2人に贈られることは極めて稀なことだ。高卒1年目で見せた圧倒的なパフォーマンスを、賞を与える側もさすがに無視できなかったのだろう。

 当時、西田は自身のSNSで「新人賞をもらえたことはほんとに光栄です。ですが、本当の新人賞は大竹さんです」とコメントした。個人で活躍するだけでなく、チームが勝つことに重きを置いていた西田は、日本代表2年目のシーズンでその両方を実現させる。

(第9回につづく)

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