「巨人ってヒゲ禁止じゃないの?」 名門のご法度を“例外的”に容認された男たち

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2020年07月04日 16:00  AERA dot.

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写真巨人のコーチになった際も「ヒゲ」がトレードマークだった屋鋪要 (c)朝日新聞社
巨人のコーチになった際も「ヒゲ」がトレードマークだった屋鋪要 (c)朝日新聞社
「常に紳士たれ」がモットーの巨人軍では、「社会人の模範にならなければいけない」という理由から、選手の長髪、茶髪、ヒゲがご法度とされている。

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 2002年オフ、FA宣言した近鉄の主砲・中村紀洋の獲得に動いたときも、渡辺恒雄オーナー(当時)が「(巨人に)来るなら、髪の毛(金髪)を黒く染め直すことだ」と発言するなど、身だしなみについては、12球団中、最も規律が厳しい球団と言えるだろう。

 ヒゲも同様。1978年、大洋時代に長髪とヒゲぼうぼうのワイルドな外見から“ライオン丸”の異名をとったジョン・シピンは、長嶋巨人への移籍が決まると、長髪を切り、ヒゲを剃った若々しい姿で入団会見に現れ、周囲を驚かせた。たとえ外国人選手であっても、巨人の規律を守る姿勢を見せた一例である。

 もっとも、シピンは外見こそ紳士に変身したものの、厳しい内角攻めに怒り、一度ならず投手に暴力を振るうなど、行動自体はライオン丸のままだったのだが……。

 プロ野球界では、60年代半ばまでヒゲはタブーとされていたが、阪神の捕手・辻佳紀が、66年の日米野球で来日したドジャースのジョン・ローズボロ捕手の積極果敢なプレーに魅せられ、戸沢一隆球団代表を説得。彼のトレードマークだった鼻の下の口ヒゲを生やすことを認めてもらったのが走りといわれる。ヒゲを生やしたプロ野球選手第1号となった辻は、“ヒゲ辻”の愛称で親しまれた。

 その後、大洋の守護神・斉藤明雄や阪神時代に最多勝を挙げた下柳剛ら、ヒゲをトレードマークにする選手が相次いだが、南海・野村克也監督は、「野球人である前に、一社会人としての一般常識やマナーも大切」と、ヤクルト、阪神、楽天監督時代も一貫して「長髪(茶髪)、ヒゲ禁止」の方針を全うした。

 巨人もこの伝統を守りつづけ、どんなに実績がある他球団の主力選手でも、巨人入団後は、ヒゲを剃ることが慣例のようになった。

 07年に日本ハムからFA移籍してきた小笠原道大は、獲得交渉時に前出の渡辺球団会長から「好きなようにしたらいい。時代が違うんだから」とヒゲを容認されたにもかかわらず、「新しいことが始まるので、ずっと決めていた。男のけじめだと思った。風貌じゃない。心の部分が一番大事だと思う」と、トレードマークだった口ヒゲと顎ヒゲを剃った。

 また、16年オフにDeNAからFA移籍してきた山口俊も「お世話になると決めたので、一番にチームカラーにふさわしい格好にさせてもらった」と、茶髪を黒く染め、ヒゲも剃って、入団会見に臨んでいる。

 その一方で、“紳士の球団”の一員になっても、ヒゲをトレードマークにし続けた選手も少なからず存在する。

 といっても、その大半は、レジー・スミス(83〜84年)、キース・カムストック(85〜86年)、ルイス・サンチェス(86〜87年)、ヘンリー・コトー(94年)、シェーン・マック(95〜96年)、バルビーノ・ガルベス(96〜00年)らの助っ人たちだ。

 紳士の本場・ヨーロッパでも、立派な口ヒゲを蓄えたジェントルマンは珍しくない。前記の助っ人たちに共通する鼻の下の口ヒゲは許容範囲で、シピンのように口ヒゲと顎ヒゲがつながった紳士らしくないものは「×」のような“暗黙の了解”もあるのかもしれない。

 日本人選手でヒゲを容認された数少ない一人が、94年に横浜から移籍してきた屋鋪要だ。

 長い間、口ヒゲをトレードマークにしていた屋鋪も巨人入団後、当時現役だった原辰徳に、強制的なニュアンスではなかったものの、「剃れよ」と言われたという。

 だが、長嶋茂雄監督は「そのヒゲね、剃ることないよ」と言ってくれた。そして、「屋鋪、どう思う?ほかの選手見てみろよ。みんなスカートはいて野球やってるよ」と、その理由を口にした。

「荒々しさがないってことを言いたかったんでしょうけど、“ハイ、わかりました!”って。(ヒゲを剃るとか)細かいことにとらわれてたら駄目だって、そういうことを言いたかったのかな?」。かくして、屋鋪は巨人でもヒゲを生やしてプレーを続けた。

 当時の長嶋監督は、門奈哲寛にも「顔に迫力がないから」とヒゲを生やすよう勧めたり、村田真一、杉山直輝、入来祐作もこの時期にヒゲを生やしている。ミスターは、ヒゲを“戦う姿勢の表れ”と捉えていたのかもしれない。

 実は、巨人でヒゲを生やした日本人選手第1号は、屋鋪ではない。86年に西武から移籍してきた高橋直樹も、口ヒゲをトレードマークにしていた。

 日本ハム時代の79年からヒゲを生やしているが、そのきっかけは、なんと巨人だった。北海道遠征の際に、地元ファンは、巨人なら2軍の選手の名前も知っているのに、誰も日本ハムのエースだった高橋を知らなかった。

 そこで、「知名度をアップするには、何か特徴がないとダメだ」とヒゲを生やしはじめた。

 ヒゲが賛否両論を呼んで話題になると、“ある条件”で打たれたら「剃る」と宣言。7月12日のロッテ戦で有藤道世に1試合2本塁打を許した直後に公約を実行するなど、マスコミに数々のネタを提供しながら、“ヒゲ効果”で自身初のシーズン20勝を挙げた。

 あくまで“紳士の許容範囲内”という条件付きだが、巨人でもヒゲをトレードマークにする生え抜きのエースや主砲が出てきても、そろそろいい頃かも?(文・久保田龍雄)

●プロフィール
久保田龍雄/1960年生まれ。東京都出身。中央大学文学部卒業後、地方紙の記者を経て独立。プロアマ問わず野球を中心に執筆活動を展開している。きめの細かいデータと史実に基づいた考察には定評がある。最新刊は電子書籍「プロ野球B級ニュース事件簿2019」(野球文明叢書)。








このニュースに関するつぶやき

  • プロ野球全体にとってはどうでもいいことが読売だとこうして記事になるんやなあ。笑
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  • 笑えるのは、「イチロー世代」として同い年の「"ブラック"ノリ」と「"ガッツ"小笠原」への、読売さんの対応www。どれだけノリが「嫌われもん」だったか分かるわwww。
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