なぜ「野球帽」ルール明記なしでも「全員着用」? 初代から現在まで170年の歴史を紐解く

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2020年07月05日 17:00  AERA dot.

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写真1956年の日本シリーズ。ともに日本初のプロ野球チーム「大日本東京野球倶楽部」で活躍した西鉄の三原脩監督(左)、巨人の水原茂監督のレジェンド対決 (c)朝日新聞社
1956年の日本シリーズ。ともに日本初のプロ野球チーム「大日本東京野球倶楽部」で活躍した西鉄の三原脩監督(左)、巨人の水原茂監督のレジェンド対決 (c)朝日新聞社
 近年にないほど世間の注目を集めたプロ野球開幕。ユニホームと野球帽姿で躍動する選手たちが、希望を与えてくれた。その野球帽、実はけっこう変化が激しいこと、ご存じですか。コラムニスト・綱島理友さんが、AERA 2020年7月6日号で球界の変化を映す奥深き野球帽の世界に誘います。

【ギャラリー】懐かしい!各球団の帽子の変遷を写真で紹介

*  *  *
 19日、コロナ禍で延期されていたプロ野球が開幕した。あらゆる意味で歴史的な今シーズン、東北楽天ゴールデンイーグルスと千葉ロッテマリーンズがデザインを変えた帽子で臨む。

 帽子の変遷は各球団の歴史そのもの。戦績、本拠地移転、合併や身売り──。「あまり興味が無い」という人には、お題を一つ。昭和の天才、手塚治虫と岡本太郎が関わった帽子がそれぞれ二つずつあるので、ぜひ探してみてほしい。

 意外に思うかもしれないが、「ゲーム中、野球帽をかぶらなければならない」というルールはない。一部、高校野球の高野連などがローカルルールで帽子着用を規定しているケースもあるが、MLBや日本のプロ野球が採用する「公認野球規則」には、選手に帽子をかぶることを義務付ける記述はないのだ。

 ちなみにユニホームの項目には、「チームと同一のユニホームを着用していない選手は、ゲームに参加できない」という規定がある。これを言葉通りに解釈すると、一人だけ帽子をかぶらないのはルール違反だが、チーム全員が無帽なら、試合出場も可能と考えられる。

 しかし野球で帽子をかぶらないチームはない。プロもアマチュアも、アメリカも日本も選手は必ず野球帽をかぶっている。

 なぜ、野球選手は帽子をかぶるのか?

 アメリカで、何人もの野球関係者にこの疑問をぶつけてみた。球団関係者、野球殿堂博物館の学芸員、MLBに野球帽を供給するニューエラ社の社長に至るまで、多くの人が異口同音に、その理由として答えてくれたのが「伝統だから」だった。

 野球の歴史の中で最初に使用された野球帽は、現在とは違う形だった。

 第1号の野球チームと言われているのがニューヨーク・ニッカーボッカーズだ。ウォール街で事務用品店を営むアレクサンダー・カートライトらが結成したチームで、1846年の6月19日にこのチームが行った対外試合から記録が残されていて、野球というゲームがスタートしたとされている。

 このニッカーボッカーズが49年にユニホームを採用した記録が残っている。彼らは青いウールのパンツに白のフランネルのシャツ、そして麦わら帽をかぶっていた。

 この麦わら帽はトップが扁平で、本体の下部に黒いリボンが一周したハット型の帽子で、今でいうところのカンカン帽だ。これをニューヨーク・ニッカーボッカーズの選手たちはお揃いでかぶっていた。つまり歴史上第1号の野球帽はカンカン帽だったのだ。

 19世紀、外出時に帽子をかぶるのは紳士淑女のたしなみだった。屋外で行われるスポーツでも着帽はエチケットで、当時の写真や資料を見ると、野球以外でも、テニスやゴルフ、クリケットなどはもちろん、ラグビーなどのフットボールにいたるまで、選手は帽子をかぶってプレーしている。

 しかしフットボールはその競技の性格から、やがて防御用のヘッドギア以外の帽子の着用はなくなっていく。テニスやゴルフなどの個人スポーツは社会状況の変化で外出時の着帽がエチケットでなくなったとき、帽子をかぶらない選手も出てきた。クリケットはキャップ型、ハット型を選手の好みで選択できるルールだったので、やがて無帽でプレーする選手も出てきた。

 ところが野球はユニホームのルールで、チームは同一の服装をしなければならない規定があった。そのためクリケットと違い、個人の自由な裁量がきかなかった。結果、選手全員が帽子をかぶる形が今まで生き残ったとも言える。

 こう考えると、最初に「野球帽をかぶらなければならないルールはない」と書いたが、野球選手が野球帽をかぶるのは、結局はルールのせいだったということになるかもしれない。

 当初、野球チームが採用していた帽子にはいろいろな形があった。もともとは社会慣習で帽子をかぶっていたので、山高帽やクルーハットなど、選手やチームごとに、それぞれにとって身近な、あらゆる種類の帽子が使われた。ベースボール創成期の1850年代、最も流行(はや)っていた野球帽のスタイルは、キャスケット型の帽子だった。ハンチングと呼ばれる帽子があるが、あれのパネル部分をもう少しふっくらさせた感じのウール製の帽子で、第1号のプロ・チームであるシンシナティ・レッドストッキングスが、このタイプの帽子を採用していた。

 この帽子は、のちにアメリカでは新聞売りの少年たちが愛用するようになってニュースボーイ・キャップと呼ばれ、世界的に労働者が愛用する帽子となる。代表的な例としてはロシア革命の指導者だったウラジーミル・レーニンが愛用していたのが有名だ。さらにその帽子はやがて1960年代に中国の毛沢東や紅衛兵が愛用した人民帽の原型となった。

 キャスケット以外では競馬騎手の帽子をベースにしたジョッキー型も人気だった。この帽子には軍帽や日本の学生帽などに見られるアゴ紐がついていた。

 さらに1870年代あたりから流行りだしたのがピルボックス型の野球帽だ。その名の通りピルボックス(薬箱)のような円筒形の帽子だが、アメリカが建国200年を迎えた1976年、MLBナショナル・リーグの5球団が歴史に敬意を表して採用し、そのままピッツバーグ・パイレーツがレギュラーの帽子として86年まで使用していたので、ご記憶の方もいるかもしれない。

 ピルボックス型帽子の誕生のきっかけは、1861年に勃発し65年まで続いた南北戦争だ。この戦争で、ニューヨークなど一部で行われていた野球は、全国に普及する。戦地でゲームが行われ、戦後、兵士が故郷に戻ることで、アメリカの津々浦々に広がった。そして兵士の軍帽から生まれたのがピルボックス型野球帽だった。

 日本への野球伝来は1872年。東京・一ツ橋の第一大学区第一番中学(のちの開成学校、東京大学の前身)で、数学や英語を教えていた教師のホーレス・ウィルソンが生徒に手ほどきしたのが始まりとされる。

 現在のような野球帽が普及するのは、日米ともに19世紀末の1890年代に入ってからだ。当初はツバが短く、かぶる部分も浅かった。戦前の1930年代から読売巨人軍の帽子を製作していた八木下帽子店の創業者八木下秀吉は、「みかんを横から切ったような形」と称した。

 野球帽は数枚の「パネル」を縫い合わせてつくる。日本では戦後すぐの50年代前半まで、8枚が主流だった。一方、アメリカは30年代後半頃から現在と同じ6枚が主流になる。53年に巨人軍が戦後初の海外キャンプをアメリカのサンタマリアで行い、このときに現地でユニホームや帽子を製作して帰ってきた。その帽子が6パネルで、当時の水原茂監督は旧知のジョー・ディマジオから「8パネルは古い。アメリカは6パネルが主流」と聞き、帰国後、その帽子を八木下帽子店に持ち込んで6枚パネルの帽子を作らせた。これ以降、日本のプロ野球は6枚パネルが主流となる。

 一方、伝統を重んじる学生野球界では8枚が健在だ。代表は早稲田大学。あの白い帽子は、現在も8枚パネルだ。

 野球帽のサイドが立ち上がって、かぶりが深くなってきたのは40年代のアメリカで、帽子のフロント部分裏にバックラムという補強材が取り付けられるようになってからだ。日本では60年代に本格的に採用され、野球帽はみかんを半分に切った形からサイドが立った形になる。

 しかしアメリカでは80年代に入ると伝統回帰の志向もあって、野球帽は丸いシルエットに戻っていく。95年に野茂英雄が海を渡った時、日米で帽子の形が全く違うことに気付いた人も多かったはずだ。アメリカのスタイルがダイレクトに伝わってくる時代になり、日本球界の帽子も丸い形に変化していく。

 2005年にはMLB全球団に野球帽を供給するニューエラ社が日本に上陸。横浜ベイスターズ(当時)などが採用した。

 しかしこの流れに背を向けたのが王貞治と野村克也の両監督だ。王監督が率いた時期の福岡ソフトバンクホークスは垂直型の帽子を堅持していたし、野村監督は東北楽天ゴールデンイーグルス時代、選手やコーチの帽子は丸型だが、自らの帽子は垂直型を作らせてかぶっていた。

 近年目立つ潮流は、帽子のつばを平らなままでキープするかぶり方だ。侍ジャパンの筒香嘉智、菊池涼介、平野佳寿などがこのスタイルを愛用。侍ジャパンのファン・ショップでは通常型の他に、フラットスタイルというつばが平らな帽子も販売されている。ラッパーの若者たちのファッションが始まりで、日本に持ち込んだのは、00年代に横浜ベイスターズや巨人で抑え投手として活躍したマーク・クルーンだった。

 無観客で始まった新時代の野球界。帽子はどのような変化をみせるだろうか。(コラムニスト・綱島理友)

※AERA 2020年7月6日号

このニュースに関するつぶやき

  • クイズに出そう内容だにゃ(・ω・)
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  • プロ野球の野球帽が1970年代から急に青、赤などの色が入った理由を書いてほしかった。その理由はカラーテレビが普及したから。白黒テレビ時代は黒い帽子ばかりだった。
    • イイネ!7
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