『鬼滅の刃』をさらに深掘りするためにーー物語や伝説における「鬼」とは何かを考える

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2020年07月07日 10:51  リアルサウンド

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『鬼滅の刃』21巻

 『週刊少年ジャンプ』での連載が終了し、「鬼滅ロス」なる言葉まで生み出した吾峠呼世晴のヒット作『鬼滅の刃』だが、7月3日に発売されたコミックス第21巻の初版部数はなんと300万部(電子版を含めたシリーズ累計発行部数は8000万部突破)と、ますますその人気に拍車がかかっている。そこで今回は、同作の世界観、特に「鬼」という存在をより深く知るためにうってつけな本を2冊、紹介したいと思う(いずれも4月と5月に発売されたばかりの比較的新しい本なので、いまなら入手しやすいだろう)。


 まずは、『鬼を切る日本の名刀』(監修・小和田泰経/エイムック)。同書では、「鬼狩りの達人」として名高い伝説的な武士たちの愛刀の数々が、豊富な図版や写真とともに紹介されている。たとえば、源頼光が大江山(異説では伊吹山)の鬼・酒呑童子を切ったとされる「童子切」や、渡辺綱が女性に化けた鬼の腕を切ったという「鬼切(髭切)」、そして、藤原秀郷(俵藤太)が大蜈蚣(おおむかで)を切ったとされる「蜈蚣切」などの“実物”の写真が、B5サイズ(ものによっては見開きのB4サイズ)で多数掲載されている。


 もちろんいずれも『鬼滅の刃』のキャラクターたちが使うような異形の刀ではなく、見た目は“普通の日本刀”なのだが[注1]、平安時代や鎌倉時代に作られた「鬼を切った」という伝説を持つ名刀が、何本も現存(というかそもそも“実在”)していることに驚かされる。


[注1]ただし初期の刀は反りがない「直刀」なので、一般的な日本刀のイメージとは少々異なる形状をしているものもある。


 同書によると、「鬼」というのは、東北の蝦夷(えみし)や九州の熊襲(くまそ)のような、中央の政権に抗った地方勢力の人々のことを意味しているのだという。そしてそれだけでなく、徒党を組んで山を根城にしている盗賊のたぐいもまた、同じように「鬼」だと考えられた(なのでもしかしたら、酒呑童子というのはその種の「賊」の頭のひとりだったかもしれない)。いずれにしても、そうした“周辺”に潜(ひそ)むアウトサイダーたちと命を賭して戦ったのが平安時代の武士たちであり、彼らが「鬼」を討つために愛用したのが、刀身に反りという湾曲がある片刃の武器――日本刀だったのである。


 さて、『鬼滅の刃』の読者に注目してほしいのは、そんな武士たちの中でももっとも英雄的な存在だといっていい、源頼光と四天王(渡辺綱・坂田金時・碓井貞光・卜部季武)の5人だ。同書のカバーでは、彼らのことを「平安鬼切隊」と書いているが、むしろ(開き直って)「元祖・鬼殺隊」とでも書いたほうがいまならアオリ文句としては「引き」が強いかもしれない。


 要するにこの平安時代きっての鬼退治のエキスパートたちは、「主人公」の源頼光だけでなく、配下の四天王のキャラも(まるで鬼殺隊の「柱」たちのように)ことごとく立っているのだ(何しろ坂田金時は「足柄山の金太郎」というサイドストーリーを持つ怪童で、美男子の渡辺綱は光源氏のモデル、源融の子孫である)。江戸時代には源頼光と四天王の物語が講談や絵双紙になってかなりの人気を博していたというから、昔の人たちも現代の『鬼滅』ファン同様、それぞれの“推し”を見つけて盛り上がっていたのかもしれない。


 また、源頼光と四天王といえば、彼らが酒呑童子を討伐するまでを描いた「絵巻」を、漫画のコマ割りで(さらに紙を綴じた「本」の形で)再構築するという、驚くべき1冊が先ごろ出た。大塚英志・監修/山本忠宏・編『まんが訳 酒呑童子絵巻』(ちくま新書)である。


 同書のどこが「驚くべき」なのかといえば、「絵巻」と「漫画」というまったく違うビジュアル表現を、自然な形で巧みに「変換(=まんが訳)」しているところだ。解説ページで大塚英志が書いているように、私も、漫画の起源を中世の絵巻物に求める“俗説”には違和感をおぼえる。なぜならば、両者はたしかに同じ「絵と文字による物語表現」ではあるのだが、それ以外の表現方法(たとえばフォーマットの形や読み手の視線の誘導など)はまったく別のものだといっていいからだ。


 実際の漫画制作にあたったのは、神戸芸術工科大学の山本忠宏ゼミの学生と助手たちのようだが、この「絵巻」→「漫画」という変換作業は、コマ割りだけでなく、セリフのフキダシやナレーションをどう処理するかの問題も含め、いわゆるアニメコミック(フィルムコミック)のそれの何倍も苦労したことだろう[注2]。


[注2]もちろんアニメコミックの制作にも多大な労力が必要だとは思うが、現代の日本のストーリー漫画の多くは映画のモンタージュ理論を応用しており、そういう意味では、アニメーションや映画のフィルムを漫画に変換する作業は(絵巻物のそれと比べ)比較的スムーズにいくものと思われる。


 いずれにせよ、今回、同書の表題作(『酒呑童子絵巻』[注3])を「漫画作品」としてあらためて読んでみて気づかされたのは、(当たり前だが)もともとの話の展開がとてもよくできている、ということだった。


[注3]元の絵巻の正しい表記は『酒天童子絵巻』なのだが、出版社の要請で書名のみ、一般に知られる「酒呑童子」にしたのだという(ゆえに、本文中での表記は「酒天童子」で統一されている)。


 まずは陰陽師・安倍晴明の占いのエピソードに始まり、次に、伊吹山に棲む鬼を討てとの命令を受けた源頼光は、頼れる仲間たち(四天王と藤原保昌)を集める。そして彼らは旅の途中で不思議な力を持ったメンター(導き手)と出会い、最終的に困難を乗り越えて目的を達成するのだが、こうしたストーリー展開は現代のシナリオ術などにも通じる“エンターテインメント作品の定型”のひとつだといっていいだろう。


 なお、同書には表題作のほかにも、『道成寺縁起』と『土蜘蛛草子』の「まんが訳」が収録されている(いずれも国際日本文化研究センター所蔵の絵巻を素材にしている。また、『酒天童子絵巻』は絵だけで「詞書(ことばがき)」がないため、ストーリー部分を作成するにあたり、同センター所蔵の『伊吹山酒呑童子絵巻』を参考にしたようだ)。


 以上、文字数の関係でやや駆け足になってしまったが、この2冊を読んだうえで『鬼滅の刃』を再読し、物語や伝説における「鬼」という存在が何を象徴しているのか、あなたなりに考えていただけたら筆者としては本望である。


【筆者付記】「鬼とは何か」ということにさらなる関心のある方は、機会があれば、倉本四郎の『鬼の宇宙誌』(平凡社ライブラリー)と、小松和彦・内藤正敏の『鬼がつくった国・日本〜歴史を動かしてきた「闇」の力とは〜』(光文社知恵の森文庫)も読まれたい(いずれも紙の本は現在入手困難だが、後者は電子版が発売中)。また、後者の著者のひとりである小松和彦の著書には「呪い」をテーマにしたものも多く、「『鬼滅』の次にくる」といわれている『呪術廻戦』(芥見下々)を読み解く手助けにもなるだろう。


■島田一志
1969年生まれ。ライター、編集者。『九龍』元編集長。近年では小学館の『漫画家本』シリーズを企画。著書・共著に『ワルの漫画術』『漫画家、映画を語る。』『マンガの現在地!』などがある。@kazzshi69


■書籍情報
『鬼を切る 日本の名刀』(エイムック)
監修:小和田泰経
出版社:エイ出版社
価格:1,430円(税込)
https://www.ei-publishing.co.jp/magazines/detail/mook-491653/


『まんが訳 酒呑童子絵巻』(ちくま新書)
監修:大塚英志
編集:山本忠宏
出版社:筑摩書房
定価:本体980円+税
https://www.chikumashobo.co.jp/product/9784480073150/


『鬼滅の刃』既刊21巻
著者:吾峠呼世晴
出版社:集英社
価格:各440円(税別)
公式ポータルサイト:https://kimetsu.com/


このニュースに関するつぶやき

  • 『鬼滅の刃』はアニメ版を19話までしか見ていないけど、鬼も元は人間だったということ。鬼は自発的に鬼化するのではなく、「あいつは鬼」と人間側が認定するから鬼になる
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