「E電」覚えてる!? 全く定着しなかった残念な路線の愛称たち

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2020年07月07日 17:00  AERA dot.

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写真新愛称「E電」のヘッドマークを掲げた山手線。写真の205系は、早くも2世代前の電車となった。1987年5月13日撮影(C)朝日新聞社
新愛称「E電」のヘッドマークを掲げた山手線。写真の205系は、早くも2世代前の電車となった。1987年5月13日撮影(C)朝日新聞社
 鉄道の路線名には、埼京線やJR京都線などのように、国土交通省に届け出されている正式名称ではない愛称が定着している路線が多数ある。一方で、残念ながら定着しなかった路線愛称も……。今回は、ちょっと懐かしい!? 路線愛称の数々を紹介しよう。

【写真】愛称が定着しなかったといえばあの新幹線

*  *  *
■満場一致で決まった「E電」だが……

 1987年4月1日、国鉄が分割民営化されると、首都圏の16線区、関西圏の7線区で総称された「国電」の名がそぐわなくなった。そこでJR東日本は国電に代わる名称を公募することになった。

 応募総数は59,642通で、上位から民電、首都電、東鉄、日電、民鉄の順に続く。このほか、東電、都電、関電、快電、楽電も寄せられたという。

 上位50位の中から第2位の首都電、第9位のJR電、第20位のE電に絞り込み、選定することになった。選考委員に作曲家の小林亜星氏、写真家の沼田早苗氏をまじえ協議したところ、満場一致で「E電」に決まった。

 Eは社名のEast、ポジティブなEnjoy、Everyday、Energyの頭文字ということも決め手となったようだが、ふたを開ければ「日本語を乱す」など、まさかの大不評。結局、E電は1994年12月3日のダイヤ改正を機に表舞台から姿を消した。

 ただし、「E電」自体は完全な死語になっておらず、同社のプレスリリースで使われている。

■北陸地方の自治体対策で登場した「長野行新幹線」

 1997年10月1日に北陸新幹線高崎〜長野間の開業が迫るなか、同区間を運行することになったJR東日本は、長野から先の建設が不透明であること、乗客の誤乗を防ぐため、路線名「北陸新幹線」を使わず、「長野新幹線」という名称で案内しようとした。

 これに北陸地方の自治体が「長野で止まってしまう印象だ」と待ったをかけた。JR東日本は再考を余儀なくされ、下りは「長野行新幹線」(「行」は小さく表示)、上りは単に「新幹線」と案内するという苦肉の策をひねり出した。ところが、車内や駅の放送案内は「長野新幹線」に統一するという、非常にわかりにくい展開となった。

 いざ開業すると、ほとんどのメディアが一斉に「長野新幹線」と報じ、その名が定着するのに時間を要しなかった。結局、JR東日本は報道に従うかの如く、1998年6月から案内名称を「長野新幹線」に統一した。その後、長野〜金沢の延伸が決まると文字通り北陸に直通することになり、「北陸新幹線」というフレーズが再び陽の目を見ることになったのである。

■自然消滅した「りんかんサンライン」

 南海電気鉄道は1994年12月14日の社長会見で、高野(こうや)線の“田舎くさいイメージ”を変えるため、なんば〜橋本の路線名を変える動きに出た。高野線は汐見橋〜極楽橋を結ぶ路線ながら、実際は岸里玉出(きしのさとたまで)で線路が分断された状態で、ターミナルのなんばと岸里玉出との間は南海本線を走行し、高野線の岸里玉出〜橋本・極楽橋とは運行上、一体である。

 結局、なんば〜橋本の路線愛称で落ち着き、社内で公募したところ、首都圏で実在する田園都市線や山手線も候補に挙がったが、「澄んだ空気と豊かな自然が調和したイメージ」が決め手となり、社内外で構成した線名愛称選考委員会が「りんかんサンライン」に決定。1995年9月1日のダイヤ改正より使用されることになった。

 また、事前に寺の関係者に理解を求めたところ、高野山真言宗総本山、金剛峯寺などから高野線という路線名の全区間存続の要望が出された。それをくみ、路線名+路線愛称を組み合わせた「高野線りんかんサンライン」とも案内されていたが、定着には至らず、いつの間にか消滅した。

 なお、高野線汐見橋〜岸里玉出は、「汐見橋線」の通称が定着しており、同じ路線で明暗が分かれるかたちとなった。

■路線愛称を変えたところも

 路線愛称は国土交通省に届け出す必要がないことから、変更も容易にできる。その例を2つ紹介しよう。

 埼玉高速鉄道は2001年3月28日の開業から1周年を迎えるのにあたり、路線愛称を公募。2002年3月30日、3,990件の中から「彩の国スタジアム線」に決定した。「彩の国」は埼玉県の愛称、「スタジアム」は浦和美園駅を最寄りとする埼玉スタジアム2002(サッカー場)にちなむ。

 JリーグやFIFAワールドカップ(2002年)の試合開催時は、主要交通機関として定着したものの、路線愛称は人々に広まらなかったのか、2015年4月に再び公募。最終的に埼玉南北線、埼スタメトロライン、埼玉スタジアム線の決選投票というかたちを取り、得票数1位の「埼玉スタジアム線(略称、埼スタ線)」が選ばれた。

 また、秋田内陸縦貫鉄道も誘客効果の拡大、沿線地域の観光振興を目的に、2011年10月から公募したところ、「秋田美人」に関する候補も多かったことから、これらをアレンジした「あきた〇美人ライン(〇部分はハートマーク)」に決定。2012年1月27日に発表されると、カメラ女子によるフォトコンテスト、路線愛称のイメージイラストを募集するなど、積極策に出た。

 その後、2017年12月に路線愛称を「スマイルレール秋田内陸線」に変更し、併せてロゴマークも一新された。沿線は毎年7月から9月上旬にかけて、田んぼアートが車窓を彩る。

「埼玉スタジアム線」と「スマイルレール秋田内陸線」が多くの人に愛され、長く定着することを期待したい。(文・岸田法眼)

岸田法眼(きしだ・ほうがん)/『Yahoo! セカンドライフ』(ヤフー刊)の選抜サポーターに抜擢され、2007年にライターデビュー。以降、フリーのレイルウェイ・ライターとして、『鉄道まるわかり』シリーズ(天夢人刊)、『論座』(朝日新聞社刊)、『bizSPA! フレッシュ』(扶桑社刊)などに執筆。著書に『波瀾万丈の車両』(アルファベータブックス刊)。

このニュースに関するつぶやき

  • 分割民営後の「JR」なんて残念な名称、定着するわけない。「じぇーあーる」とか語感も悪いし、みんな国鉄と呼び続けるだろう……と思っていたら定着してしまった。個人的には今もわだかまりがある。
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  • 《東武伊勢崎線�ż�東武野田線�ż�》此で良いのに
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