天龍源一郎が語る“夏の思い出” 地獄の地方巡業に若手時代の冬木弘道、三沢光晴との家族旅行

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2020年07月12日 07:00  AERA dot.

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写真天龍源一郎(てんりゅう・げんいちろう)/1950年、福井県生まれ。「ミスター・プロレス」の異名をとる。63年、13歳で大相撲の二所ノ関部屋入門後、天龍の四股名で16場所在位。76年10月にプロレスに転向、全日本プロレスに入団。90年に新団体SWSに移籍、92年にはWARを旗揚げ。2010年に「天龍プロジェクト」を発足。2015年11月15日、両国国技館での引退試合をもってマット生活に幕を下ろす(撮影/写真部・掛祥葉子)
天龍源一郎(てんりゅう・げんいちろう)/1950年、福井県生まれ。「ミスター・プロレス」の異名をとる。63年、13歳で大相撲の二所ノ関部屋入門後、天龍の四股名で16場所在位。76年10月にプロレスに転向、全日本プロレスに入団。90年に新団体SWSに移籍、92年にはWARを旗揚げ。2010年に「天龍プロジェクト」を発足。2015年11月15日、両国国技館での引退試合をもってマット生活に幕を下ろす(撮影/写真部・掛祥葉子)
 50年に及ぶ格闘人生を終え、ようやく手にした「何もしない毎日」に喜んでいたのも束の間、突然患った大病を乗り越えてカムバックした天龍源一郎さん。2月2日に迎えた70歳という節目の年に、いま天龍さんが伝えたいことは?今回は「夏の思い出」をテーマに、飄々と明るく、つれづれに語ります。

【写真】可愛いTシャツでリモートワークする天龍さんはこちら

*  *  *
 夏といわれて真っ先に思い浮かぶのが、相撲時代の夏巡業だね。夏の思い出といえばコレ! 夏巡業は40日間くらいあるんだけど、名古屋場所が終わるとそのまま出発して、秋場所の番付発表の1週間か10日前くらいにやっと東京の部屋に帰ってくるんだ。巡業の間、下っ端は関取の荷物持ちをしなきゃいけないんだけど、その荷物がトランク1つ半はあって、毎日それを持たされて移動しなきゃいけない。暑い最中に毎日毎日、大荷物を持って移動。さらに巡業先に着いたら朝早く暗いうちから稽古して、上の人が来るまでにちゃんこを用意して、万全にしておかなきゃいけない。

 相撲取りの下っ端は大変だ。関取になってから気が楽になるけど、各地を転々とするから土俵も旅館も違うし、毎日寝るところが違うのは疲れるよ。それに関取になると旅館やホテルに泊まれるけど、下っ端は地方のヘルスセンターなんかに泊まるんだ。夕飯も薄っぺらいトンカツとみそ汁とご飯だけだったりしてね、「おばちゃん、おかわり」って言っても、そこまでのお金はもらってないから、「おかわりなんかないわよ!」って、みんなよく食うからいつもケンカしてたな(笑)。向こうも面倒くさかったと思うけど、まあ50人以上も泊まるから、ヘルスセンターにもまとまったお金が入って、向こうも実入りの面では大きかったんじゃないかな。

 地方巡業の相撲はほとんどが屋外の土俵で、雨が強いと中止になることもある。俺たち力士は雨が降ったら「休みだ!」ってホッとするけど、勧進元はそれどころじゃないよ。今は体育協会のような大きなスポンサーがついてくれるけど、当時は単独の勧進元が多かった。順調にいけば儲かって勧進元の名前も売れるんだろうけど、中止になったら実入りもないし、相撲協会には金を払わなきゃいけないし、力士の宿泊費なんかも含めて、何百万円がパアになっちゃうからね。

 たしか和歌山での巡業だったと思うけど、大雨が降って中止になったとき、勧進元がヤケクソでずぶ濡れになって土俵に座って酒を飲んでいたことを覚えている。地方巡業を買うというのはギャンブルだね。400人以上の関係者の旅館をおさえるだけでも大変。だから勧進元は「少々の雨はやるぞ!」って言うし、こっちは「えー、やるのかよぉ」って文句言って(笑)。

 地方巡業は心身が鍛錬されるよ。とにかく辛いから「偉くなって迎えの車で旅館に行けるようになろう」っていう気持ちが芽生えた。若手は関取が泊まる旅館から会場まで徒歩だからね。その経験がプロレスのアメリカ修行に生きたかって? そうでもないよ(笑)。あれはあれで別の大変さだ。

 プロレス時代も夏はとにかく暑い思い出ばかりだね。夏は冷房が効いている体育館が少なくて、暑くてヒーヒー言いながらやったという思い出しかない。体育館は冷暖房代がかかるから、「レスラーはどうせ汗かくんだから冷房なんか入れなくていい」っていう興行主が多かったかな! 今はさすがに冷房を入れてくれるけど、当時はそもそも冷房が無いところも多いし、つけてくれない人も多かった。夏は暑く、冬は寒いのがプロレスだ。

 暑さ寒さだけじゃなく、田舎の興行師が巡業を買うとリングがショッピングセンターの屋上とか、屋外の駐車場とかに設置されて、こっちも雨が降ると大変だ。(ジャイアント)馬場さんも(ジャンボ)鶴田も雨で足を滑らせてひっくり返ったりしてね、そのときのレスラーは本当にみすぼらしいよ。リングに水溜まりができて、レフェリーがカウントをとっているときに、リングを叩いた勢いで下にいるレスラーの口の中に水が入っちゃって、むせ返った勢いでカバーを外したりしてね。技で返すんじゃなくて、息苦しくて反射的に返しちゃったんだ。

 結婚してからは巡業ばかりじゃなくなったね。プロレスの巡業のない時期がちょうど夏休みの時期だから、嶋田家の夏は冬木(弘道)、三沢(光晴)、楽ちゃん(三遊亭楽太郎、現・円楽)家族と国内旅行をするのが恒例だったんだ。特に冬木、三沢との旅行は嶋田家の定番。あいつらも当時は独身で「一緒に行くか」って声をかけると、うちの家族旅行についてきてた。夜になったら一緒に酒を飲んでね。懐かしいね。

 三沢が結婚してからも家族ぐるみの付き合いは続いていて、千葉の館山に遊びに行ったことをよく覚えている。楽ちゃんの家族と三沢家と嶋田家、それに親しいもうひと家族で行くんだけど、そのメンツだと当然男性陣は飲みまくるわけだ。ホテルのワインを全部飲んじゃったこともあるよって、また酒の話になったね。まあ、しょうがないよ。どこに行っても一緒に飲んでるだけだから(笑)。

 以前、楽ちゃんにセッティングしてもらってから、年末にハワイに行くのが嶋田家の恒例になったと言ったけど、夏のハワイにも行ったことがある。まだ俺のファイトマネーが高くないときに、どうにかやりくりして家族で行ったんだけど、女房が「こんなに暑いんだったら、日本にいるのと変わらないね」って言ったんだ! なけなしの金で遊びに行ってるのに、うちの女房は平気でそういうことを言うからね……(笑)。それからだよ、年末に行くようになったのは。でも、やっぱり冬に暖かいところに行くと、ちょっとした優越感もあって心が穏やかになるね(笑)。

 そうそう、全日本プロレス時代に「天龍を囲んでのハワイツアー」という企画をやったんだけど、そのとき、冬木がついて来てくれたんだよ!よくハワイまで来たもんだよ。そして、俺のツアーなんだが、ハワイ好きの馬場さん夫妻はもちろん当然のように来ていたよ!(笑)

 それから、夏のお盆の時期は、俺の地元の福井と女房の実家がある京都への帰省だ。アメ車の大きなバンに乗って東京から福井、京都へ移動するんだけど、まるでプロレスで各地を転戦するみたいだ。京都では8月16日の「大文字の送り火」を毎年家族で見ていたね。女房の実家から大文字が見えて、それを大きな盃に写して鏡酒っていって、願い事を3回してから飲むんだけど、あれはいいもんだよ。結婚してから毎年行っていた。それから水ナスのうまさを知ったのも夏の京都だ。今でこそ東京でも水ナスが食べられるようになったけど、当時は関西でしか食べられなかったからね。

 一方、福井の実家では俺がたまに帰ってくるもんだから、親父が張り切って3つくらいつなげたテーブルの上に料理をズラーっと並べてくれててさ。「親父、こんなになくてもいいよ」って言っても、「いいから、いいから!」ってね。俺がアユ好きで、郷土の味を女房や娘に食べさせてやりたいと思って、アユを50匹も用意してくれたりね。こっちは3人家族だっていうのに(笑)。何年かしてから、俺の弟に愚痴られたよ。「兄貴たちが帰った後に残ったものを食わされて、俺たちはいい迷惑だ」って。

 俺の地元は福井県勝山市で海から遠いから、夏は海じゃなくてもっぱら川遊び。九頭竜川があって、そこでアユがよく釣れるから子どもの頃からの好物だ。塩焼きや田楽にしたりしてね。もっとも、俺は下手なのか性に合わないのか、アユを釣ったことはほとんどない。じっと待っていることができないんだ(笑)。

 俺が子どもの頃っていうのはいい時代だったよ。学校から家に帰ると、飯に梅干しのっけて冷めたお茶をかけたのを食って小腹を満たしたら、神社でソフトボールをしたりしてね。うちは3人兄弟だったけど、5人兄弟なんてのもザラで子どもが多いから10人くらいはすぐに集まったもんだよ。そうして遊んでいる間に腹が減ったら、近所の畑の端っこのキュウリなんかをね、ちょっと、アレしてね(笑)。見つかったら「コノヤロー!」なんて怒られるんだけど、誰がどこの家の子かってみんな知っていたし、あの家の息子だったらいいかって許してくれてたもんだよ。だから、家にまで怒りに来られたことは一度もない。おおらかな時代だね。うちの親父がデカかったから、逆に文句を言われそうで見逃してくれてたのかもしれないけど。

 そんな思い出のある地元も時代とともに変わるもんだ。九頭竜川も護岸工事で水流が減ってちょろちょろとしか流れてなくて寂しいね。俺が子どもの頃は大水が出ると、川から200〜300メートル離れたうちの目の前まで水が来て、水が引くと畑にアユが跳ねてたりしていたなぁ。地元で過ごした夏も、今となっては夢のようだね……。

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