政治家たちが医療現場のケアを怠り続ければ東京は崩壊する/鈴木涼美

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2020年07月14日 07:22  日刊SPA!

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―[鈴木涼美の連載コラム「8cmヒールで踏みつけたい」]―

国からの要請で新型コロナ患者を受け入れていた東京女子医大病院。文春オンラインの報道によると、コロナ病棟に多くの人員が割かれ現場の看護師に負担がかかるなか、減給や夏季ボーナスの全額カットが発表され、約2000人の看護師のうち400人が退職を希望する事態となった

◆墓前のディストピア/鈴木涼美

 フリッツ・ラング監督の映画『メトロポリス』は、ディストピアとなった未来都市を描くが、製作された1926年の100年後という設定なので、あとほんの6年ほどで世界は同作の描いた時代に突入することになる。

 高層ビルとして描かれる都市では、上層階に住むほんの一握りの知識階級と、地下の過酷な現場で働く労働者階級とに完全に二極化しており、上層に生まれた人間は地下の抑圧された環境など見たこともない。地下の労働者たちにストライキの気運をもたらしたマリアは、「脳(知識階級の資本家)と手(労働者)の媒介者は心でなくてはならない」と「心」となる仲介者の必要性を説く。

 歌舞伎町や二丁目飲み屋街、ゴールデン街などを有し、感染者の増加が報道される東京都新宿区。その地で医療に従事する東京女子医大病院で、400人もの看護師らが退職希望の声をあげたというニュースが話題だ。コロナ禍による経営赤字を理由に、労使交渉で「夏季一時金ゼロ」が示されたことが直接的な引き金と見られている。

 医療事故後の同院の経営悪化は以前から指摘されており、さらにいくつかの報道によれば理事室の移転改修工事に高額予算が割り当てられるなど、コロナ対策以前の経営責任があるのもどうやら事実ではある。

 さらにネットで出回った「組合だより」には、「足りなければ補充すれば良いこと」など大学当局の発言が書かれており、経営陣を批判する声も多いが、緊急時にこのような状況を許す医療機関支援の不足も明らかだ。

 ウイルス流行下、社会的にヒーロー扱いされる医療スタッフが十分な報酬すら与えられず、使い捨てのような扱いを受けるのであれば、ナースの人形で遊ぶ子供とその脇に乱雑に置かれた他のアメコミヒーローを描いたバンクシーの風刺画そのものである。

 インスタグラムを開けば、政府や自治体の掛け声と同じく「医療従事者に感謝します」との言葉が飛び交うが、感染者を受け入れた機関も、受け入れを実施していない病院やクリニックも大きな経営危機に直面している。

 幸いなのは、専門知識があり、再就職の道が相対的に開かれている医療スタッフは、レジスタンスの意思を示しやすかったことだろう。一般的な企業の労働組合員は強気な態度がとれない場合も多く、日本の労使関係の馴れ合いはよく指摘される。

 感染者数や死者数を抑え、一部で称賛された日本のコロナ対策の成功についてとある中国メディアは「2020年最大の謎」と報じた。確かに、検査数が少なく、都市封鎖も交通遮断もなされていないのに、現在のところ医療崩壊も感染爆発も免れていることは事実ではある。

 ただし、その「謎」が、成功をドヤ顔で報告する国のトップたちではなく、現場の善意と悲鳴によって辛うじて保たれていることは明らかだ。資本家と「手」との「心」による仲介は、民主主義下では本来政治が担うべきと思うが、過酷な現場を見たこともない上層階に暮らす政治家たちがこのまま「手」のケアを怠り続ければ、東京というメトロポリスは映画で描かれたあの都市より先に、地下から崩壊する。

写真/時事通信社
※週刊SPA!7月14日発売号より

―[鈴木涼美の連載コラム「8cmヒールで踏みつけたい」]―

【鈴木涼美】
’83年、東京都生まれ。慶應義塾大学環境情報学部卒。東京大学大学院学際情報学府修士課程修了。専攻は社会学。キャバクラ勤務、AV出演、日本経済新聞社記者などを経て文筆業へ。恋愛やセックスにまつわるエッセイから時事批評まで幅広く執筆。
著書に『「AV女優」の社会学』(青土社)、『おじさんメモリアル』(扶桑社)など。最新刊『可愛くってずるくっていじわるな妹になりたい』(発行・東京ニュース通信社、発売・講談社)が発売中

このニュースに関するつぶやき

  • 庶民にとって受診は仕事を休んで一日掛かりだが、政治家にはペコペコ頭を下げ、待たせることなく受診させる大学病院がある。女子医大病院と順天堂医院と東京医大病院はあまり掛かりたくない。
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