石井妙子『女帝』が問題視していたものとは? 6月期月間ベストセラーを考察

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2020年07月14日 09:02  リアルサウンド

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6月期月間ベストセラー【総合】ランキング(トーハン調べ)
1位 『あつまれ どうぶつの森 ザ・コンプリートガイド』KADOKAWA
2位 『あつまれ どうぶつの森 完全攻略本+超カタログ』ニンテンドードリーム編集部 編 徳間書店
3位 『鬼滅の刃 しあわせの花』吾峠呼世晴、矢島綾 集英社
4位 『鬼滅の刃 片羽の蝶』吾峠呼世晴、矢島綾 集英社
5位 『女帝 小池百合子』石井妙子 文藝春秋
6位 『還暦からの底力 歴史・人・旅に学ぶ生き方』出口治明 講談社
7位 『syunkonカフェごはん(7)』山本ゆり 宝島社
8位 『おもしろい! 進化のふしぎ さらにざんねんないきもの事典』今泉忠明 監修/下間文恵、伊藤ハムスター イラスト 高橋書店
9位 『きたきた捕物帖』宮部みゆき PHP研究所
10位 『流浪の月』凪良ゆう 東京創元社


 2020年6月期の月刊ベストセラーランキングから取り上げるのは石井妙子『女帝』。


 オリンピック延期が決まるまではほとんど何も新型コロナウイルス感染対策を打ち出さなかったのに、延期が決まった途端に突然権限もないのに「ロックダウン」などと口にして緊急事態宣言発令を煽るなど、都知事選へ向けてのパフォーマンスを積み重ねていた小池百合子・東京都知事について、生い立ちから現在までを多数の資料と関係者取材によって掘り下げたノンフィクションである。


 受賞歴のある実力派の書き手が満を辞して刊行したこともあり、発売前後から話題となり、現在に至るまで売れ続けている。


 この本の周辺には「小池百合子が最近読んでおもしろかった本に『FACTFULNESS』を挙げていた」とか「安倍首相が読んで周囲にオススメしまくっている」といった思わず吹き出してしまうエピソードも転がっているのだが、それはさておき。


この本が問題視していたのは学歴詐称だけではなかったのに……

 この本の影響で「カイロ大学を首席で卒業した」という学歴の詐称疑惑が何度目かの沸騰を起こすと、小池都知事は6月16日に記者会見を開き、卒業証書を持ってきて「自由に見ていい」と見せた。


 実はそのとき小池氏に批判的な記者は意図的に案内を送らず来られないようにしていたし、その場では見られたがその後もどこかに行けばいつでも自由に見られるようにしたわけでもないようだ。


 しかしというか、しかもというか、疑惑追及側のロジックとしては「エジプトは軍事政権で、利用価値のある小池を重宝しているので、なんでもねじまげられる」とのことで、疑惑が解消されたわけではない。とはいえ個人的には、この「権力によって偽証可能である」論法を追求側が使うのはあまりスジがよくないと思う。


 なぜなら、この疑惑に関して小池氏側がどんなブツや証言を出そうと「権力者とつながってることを利用して出させた偽物だ」と言い続けることができてしまう。しかし卒業していないという証明を追求側が明確に出せるわけでもないので、永久に並行線になってトドメを刺せない。


 ただし、この「卒業証書見せたるわい」パフォーマンスには、本書で指摘されている小池イズムがよく体現されている。テレビの数十秒、せいぜい数分、新聞に掲載可能な限られた文字数で切り取りやすいワーディングと見せ方、分量を意識して一点突破するのが彼女のやり方だ。


 『女帝』で書かれている小池に関する疑惑や問題点は、べつに学歴詐称疑惑だけではない。乗るはずだった飛行機が2度も墜落して命拾いしたと言っているがそもそもそんな便はなかったとか、水俣病患者や築地市場の女将たちへの冷淡な態度と翻意、あるいは従弟と称するが血のつながりはないと思われる同居中の謎の腹心の不可解な不動産取引など、無数にある。


 ところが、証書パフォーマンスによってあたかも問題は学歴のことだけかのように見せて「はい、疑惑は晴れました。おしまい」という印象を与えてしまった。本を読んだ人は「いやいや、ほかにも問題いっぱいあるでしょ」と思うが、読んでいなければ小池にまつわる疑惑が片付いたと思ってしまうだろう。


ワンフレーズ・ポリティクスの天才

 本書は政治に関心がある人のみならず、PRや広告の仕事をしている人も必読だろう。


 小池氏は過去には「クールビズ」などをぶち上げて話題を集めてきたし、最近も「ロックダウン」「オーバーシュート」「グレーター東京」「夜の街」とワンフレーズ・ポリティクス、キャッチフレーズ主導のイメージ戦略全開で、暗にそれ以外への注目を向けさせないように働きかけてきた。


 『女帝』では、これらすべてが実行力が伴わないものであること、ろくに実現していないことを多くの有権者に意識させないためにこそ、次々新しいものを打ち出していくのだということが明らかにされていく。


 しかし『女帝』は20万部以上売れているそうだが、都知事選の小池氏の得票数は366万票以上。小池氏のマスコミ利用スキルが圧倒的すぎる。


 小池氏は「出す(出る)」ところと「出さない(出ない)」ところの選別も巧みだ。過去には自らが当主を務める「希望の党」と民進党との合流に関して、不敵な笑みを浮かべて軍事政策に関する意見の合わないリベラル派は「排除します」と発言したことで選挙で大逆風が吹いたことへの反省からか、今回の都知事選では失言や4年間の都政の実績のなさが露呈することを避けて候補同士の討論会にも出ず、コロナ関係の記者会見以外では露出を避けたのだろう。


 『女帝』を読むと、見せ方とオヤジ転がしのテクニックと虚言力さえあれば、特にやりたい政策や思想がなくても、カネも学力も友人も仲間も支援者との深いつながりもなくても、表層的な「映え」に徹底して注力して浮動票さえ獲得すればあそこまでのし上がれるのか、これは持たざる者たちにある種の希望を与えるものかもしれない、とすら思う。実際、ピカレスクロマンとして読んだり、本物のお嬢様でもなく学歴もない女性が男社会で勝ち抜いていくヒロイックな物語として共感して読んでいる人たちも一部いるようだ。


ワイらにとっての『女帝』は違う

 ただし小池百合子を「女帝」と形容することだけは許しがたい。われわれにとって『女帝』といえば、なにより倉科遼先生原作、和気一作先生作画の、水商売の世界で生き、上り詰めていく女性を描いた名作マンガのはずである。


 したがって、水商売で働く人たちが新型コロナに多数感染していることを「夜の街クラスター」などと呼んで市民同士の分断政治を煽るような政治家を「女帝」と呼ぶ気には到底なれない。女帝はマンガの世界にいれば十分だ。


■飯田一史
取材・調査・執筆業。出版社にてカルチャー誌、小説の編集者を経て独立。コンテンツビジネスや出版産業、ネット文化、最近は児童書市場や読書推進施策に関心がある。著作に『マンガ雑誌は死んだ。で、どうなるの? マンガアプリ以降のマンガビジネス大転換時代』『ウェブ小説の衝撃』など。出版業界紙「新文化」にて「子どもの本が売れる理由 知られざるFACT」(https://www.shinbunka.co.jp/rensai/kodomonohonlog.htm)、小説誌「小説すばる」にウェブ小説時評「書を捨てよ、ウェブへ出よう」連載中。グロービスMBA。


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