「日本沈没2020」震災の実体験とエンターテイメントの両立を目指して…湯浅政明監督が語る、アニメ化の意義【インタビュー】

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2020年07月14日 13:03  アニメ!アニメ!

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『日本沈没2020』(C)“JAPAN SINKS : 2020”Project Partners
小松左京による日本SFの金字塔『日本沈没』初のアニメ化に挑んだ、Netflixオリジナルアニメシリーズ『日本沈没2020』が、7月9日(木)より全世界独占配信。
1973年に発表されて以来、繰り返しさまざまなメディア作品になっている『日本沈没』を、今なぜ再び取り上げたのか。その理由とアニメ化の意図を、湯浅政明監督に聞いた。 
[取材・文=中村美奈子]

■震災の実体験とエンターテイメントの両立を目指して

「ビックタイトルで、どうやってアニメ化するかもすぐには想像もつきませんでしたが、チャレンジングな感じが面白そうだし、断わる理由がないと思いました」

『日本沈没』のアニメシリーズ制作を提案された湯浅は、当時をこう振り返った。

小松左京の『日本沈没』が発表されたのは、関東大震災のちょうど50年後。急激な地殻変動の影響で日本全土が沈没するという“ありえない”大災害を、地球物理学の見識を用いた科学的描写でリアリティを持たせた。
深海潜水艇のパイロットや学者、全国民を国外に脱出させようとする政治家、それぞれの奮闘を綴った重厚でドラマティックな小説は累計470万部を売り上げ、同年公開された実写映画も観客動員数650万人、興行収入約40億を記録する大ヒット作となった。

熱狂はその後も続き、1973年、1980年にラジオドラマ化、1974年にはTVドラマ化、そしてさいとう・プロによるマンガも登場した。
さらに映画の大ヒットを受け、国土を失った日本人が世界でどう生きているかを描く『続・日本沈没』の映画企画が立ち上がったが、小松の原作執筆が進まずにお蔵入りとなっている。

『日本沈没』が再び注目されたのは、1995年に起きた阪神・淡路大震災後だった。
2006年に樋口真嗣監督によってリメイクされた実写映画『日本沈没』は、設定を2000年代の社会に即したものにし、潜水艇パイロット・小野寺俊夫を主人公に据えたヒロイックな味つけの作品だ。

一般市民の視点を意識して取り入れるべく、登場人物の設定や役割を大きく変更したこと、製作費20億円をつぎ込み、特技監督出身でアニメ界でもその名を轟かす樋口真嗣が挑んだ特撮シーン、当時人気絶頂にあったSMAPの草なぎ剛や柴咲コウなどの人気俳優を起用したことで話題となり、興行収入53.4億円の大ヒット。

その映画に合わせる形でコミカライズされた一色登希彦のマンガは、樋口版のキャラクター設定を踏襲しつつも、原作小説やそれまでのメディア化作品の要素を部分的に取りこみ包括化したうえで、“日本人の精神性”について一歩踏みこんだ表現をした。


同じく2006年には、小松と若手SF作家による続編執筆プロジェクトでまとめられたプロットを元に、谷甲州が共著という形で執筆した続編『日本沈没 第二部』が刊行されている。
テーマは、小松が本来書きたかったという「国土を失った日本人の漂流」と「地球温暖化」であり、一色版にはこちらの要素も取り入れられている。

同じ小説を原作としながらも、作り手によってさまざまなアレンジが加えられたが、共通して描かれたのは、地震や噴火で日本列島が引き裂かれて沈んでいく大スペクタクルと、国土を失っても心を失わぬ “日本人の精神”への賛美だった。

同じテーマや見せ方では、既存の作品を単に今風のアニメーションにしただけにしかならない。湯浅は『日本沈没』をどう料理すべきか考えた。

「まず既存の作品の目玉だった大スペクタクル、建物がどんどん沈んでいくような説得力ある映像をつくるのは難しいと考えました。それなら、ローランド・エメリッヒ監督の映画『2012』がある。

それと同じことができないなら、逆にそれがあまり見えない、ごく一部の人たちにぐっと近づいた視点で描くのがいいんじゃないかと思ったところに、プロデューサーの厨子健介さんたちが先に考えられていた案も、災害に直面したある一家族を追うというもので、キャラクター設定案もありました。その方向が良いと思ったので、基本その路線でいくことに決めました。

まずは、キャラクターの設定や、起る出来事やストーリーの展開などを自分がしっくり来る方向へカスタマイズしてゆきながら、アイディアを入れてゆく所から作業を始めました。

その時点でキャラクターで気にした点は、ジェンダーにおける平等さと活躍具合、国籍などです。日本が沈没するとなったら、どうしても「日本は良かった」とか「日本人だから」「日本民族だから」という風な民族意識的な題目に流れがちです。
そうではなく、現代の人たちのごく普通一般の視点、たまたま日本に生まれて日本人ということになっているけれども、普段自分がどういう地面に立っているのかも、日本人であるからとかもあまり意識していない、ニュートラルで周囲の些末な中で生きている人を中心に描こうと思いました。


そのために、登場人物たちをいろんなタイプにセッティングしてゆきました。(国籍が)ダブルの人、海外から来た人、日本が好きな人、嫌いな人、海外から来た人を受け入れられない人。
理由があって日本へ来たや、好きか嫌いかもあまり意識していないまま生活を営んできた人たちが、いっぺんに足場がなくなるという状況が起きたときにどうなるか。
そういう人達をリアルなタッチで描こう。一切カメラを彼らから離さないようにしよう。というような全体の方向性が決まってゆきました。

さらにエンターテイメントとして、毎回誰が生き残るかわからない、誰が主人公なのかもわからないのがいいなと思いました。どんどん人が亡くなっていくけれども、否応なしに進んで行く、視聴者の興味を失わない形でストーリーを進ませようとしました。

ロードムービーのように常に移動していくアイデアも最初の構成にあったので、どんな風に移動して、最後はどうやって誰が抜けるのか。
誰が生き残って誰が亡くなるのかを、ああだこうだと話し合いながら、全体の設定をざっくりと決めていきました。

詳細ははっきりと決めないまま、頭から作り始めたのですが、中盤に差しかかったあたりでようやく“視えた”というか、主人公が思っていたことがハッキリしてきて、最後に言わせるセリフに辿り着きました。
そのままラフに最後まで通して作ってから、第1話に戻って脚本を繰り返し書き直したり、設定や名前も変更したりしました」

次は、映像で表現したかったことについて語る。

→次のページ:『日本沈没 第二部』を意識して“漂流する日本人”の姿を描く


『日本沈没 第二部』を意識して“漂流する日本人”の姿を描く
未曾有の大災害でスポットを当てられることになったのは、都内にすむ4人の家族だった。
陸上の日本代表候補と期待される俊足の持ち主の女子中学生・武藤歩、14歳。父・航一郎は、舞台制作会社の照明技師で、サバイバル能力に長けた一家の大黒柱。海外から帰国途中で災害に直面したフィリピン出身の母・マリ。
そしてオンラインゲームが大好きな8歳の弟・剛。

4人はそれぞれ違う場所で大地震に襲われ、唐突に混乱した状況に放りこまれる。
第1話では、わけがわからないながらも、バラバラになった家族がそれぞれ“ある場所”を目指して進む様子が描かれている。

「視点を『個』に寄せて多様性を映す手法は、最近の海外ドラマでも使われていて、たくさんの視聴者の支持を得ています。
原作は1970年代に書かれたものなので状況は大きく変化していますし、小松さんがご自身で書きたいと思っていた「沈没後」のことまで、少しでも含めて描きたいと思ったんですね。

視点を彼らの周りだけに絞るのは、僕自身が東日本大震災の時に感じたことを作品に反映させているのもあります。
東北で大きな地震が起きたとき、僕は東京にいました。こちらにも危険が迫っているという噂はあるが、正しい情報がわからない。どんな行動をすればいいのかという正解かを掴めず、ずっとネットで情報を探していました。
心のどこかで、被災地でもっと酷い状況を体験している人ほどには、自分は恐怖を実感できていないだろうという認識がありながらも、TVで恐ろしい映像を観ると、本当に現実に起きていることなのか信じられない気持ちになりました。


そういった、「信じられない出来事が起きたときに、人はどう反応して、どう動くのか」ということを、自分の体験を反芻しつつ、考えながら作っていったんです。
国を動かしている人たちよりも、周囲の状況がよくわからない中で不安を感じている人を描く方が、先が読めないストーリーとしてもおもしろくできるし、自分たちの想像の範疇で大部分を埋められそうでした。
ですから脚本の組み立てでは、『自分の中で腑に落ちる感情表現』『ありそうな方向に進むキャラクターの行動』を軸に、エンターテイメントとして退屈しない、毎回どんどん見進めることができるよう、突拍子もない出来事や、イベントを意識しながらやりましたね」

その意図は、画づくりや音楽にも現れている。本作における災害描写はあっさりとした画で描かれており、時間や場所を説明するテロップ文字はもちろんのこと、登場人物がセリフにかこつけて状況を俯瞰で説明することもない。
画面に映る断片的な風景、言葉の端々、人の動きから、「きっとこんなことが起きているんだろう」と想像するしかないのだ。

さらに、アップテンポでもスローテンポでもない、いうなれば“時計の秒針”のように一定のリズムで淡々と静かに流れるピアノの旋律が、目の前の光景をただただ受け入れる心境にさせてくれる。
目の前で次々と起きる出来事を、ただただ呆然と受け取るーーつまり主人公一家と同じく災害の現場に放りこまれ、日本沈没を「体感」させられているといえる。


しかもそれは、映像を観ているときには意識しづらい。映像から離れて“素”に戻ったときに、突如「なにかわからないけれど、すごいものを観た気がする」という感覚に襲われる。
まさに、東日本大震災の津波の映像を食い入るように見た後、ふと震災前からなんら変わっていない自宅の様子に目を移したときに感じた、奇妙な感覚だった。

「すごく大変なことが広範囲で起きていますが、それを音楽で盛り上げないことで、目の前の状況をはっきりと受け取れない、受け取っている精神の余裕も時間もない人たちの妙に落ち着いた気持ち、悲惨な状況に対応する力もない主人公たちの気持ちを、淡々と重ねていきました。

だから音楽は、外で起きているスペクタクルではなく、登場人物達の心の奥で起きている繊細な気持ちにつけるようにしています。
たまにアクションシーンでは盛り上げるようにつけていますが、悲惨な状況の中でも、前向きに進むキャラクターたちに向かってつけるように意識しました」

次は、本作で描きたかったテーマについて語る。
→次のページ:スタジオ・サイエンスSARUの成長の糧となる作品

スタジオ・サイエンスSARUの成長の糧となる作品
大スペクタクル映像とは真逆の方向性を目指したことで生まれた、「体感」する映像。『日本沈没2020』で湯浅が描きたかったテーマはなんだろうか。

「ひとつは、自分が立っている“ここ”は何か。日頃あまり気にしていませんが、多くの人たちが作ってきた結果のうえに今の自分が立っていて、その恩恵も享受しながら生きているという事。

日常というものが、本当にいろいろなものの積み重ねでできあがっていること、善良な人たちの行いの積み重ねから恩恵を受けたり、邪悪な人たちの行いのつけが自分に回って来て被害を被ったりもする。日々努力して報われない事もあるけど、決して自分1人の力で立っている訳でもない。
そんな自分が立ってる礎を「感じられる」ストーリーになればいいなと思いました。

日本が沈没してしまうなんて怖ろしく怖い事ですが、また変わらず日が昇り、それを生き抜いた者達が、礎や礎となった人々の善行を糧に再び立ち上がっていく。そんな風に観てもらえるといいですけどね」

アニメーションを制作したのは、湯浅率いたサイエンスSARU。『夜は短し歩けよ乙女』や『映像研には手を出すな!』などの代表作と比べると、リアルな描写がメインの本作はテイストがやや異なる。

「カートゥーンのようにマンガっぽくてシンプルな画の作品からスタートしたスタジオです。これまでも色んなステップを踏んできましたが、ここでまた1つ、荒療治というかスパルタで、リアル路線のものをやってみようと挑戦しました。
リアルなものを作るにはいろんな蓄積が必要ですし、やらなければならない作業も多いので、それができるようになれば、今後もっと幅広い活動ができるようになるだろうと考えました。

リアルなものを作った後にシンプルなものをつくると、引き出しが増えるというか、引っ張ってこれるものが増えて、さらにシンプルなものが良くなっていく。そしてシンプルとリアル、それぞれの良さがわかっていくと思うし、使い分けができるようになると思います。
その方がスタジオとして幅広い成長になり、かつ未来に繋がる仕事として捉えました」


最後に湯浅はこうメッセージを残した。

「原作者の小松左京さんや、星新一さんはSF界の巨匠ですが、世代によっては知らない方もいるかもしれません。ですからこの機会に原作小説や、過去の映像作品に触れていただいてもいいと思います。
それらの作品に対して、アニメーション『日本沈没2020』はまったく違った視点で作っていますので、並べて観ていただいても全然差し支えがないと思います。

危機的状況に立たされてもなお先に進んでいく武藤一家の姿をぜひ観ていただきたいです」

『ゲーム・オブ・スローン』や『ウォーキング・デッド』など、海外で人気のサバイバルエンターテイメント作品のおもしろさに通じる、「だれがどう、生き残っていくか先が読めない」というストーリーテリングと、災害を“自分ごと”として捉えることができる「体感性」を備えた本作は、2020年という時代だからこそ誕生した映像だ。

難しいSF考証や原作の予備知識は、一切必要ない。ただ観て、感じて、そしてその後湧き上がってくる自分の心の声に耳をかたむけて欲しい。

<作品情報>
配信日:Netflixにて、7月9日(木)全世界独占配信(※中国本土を除く)
作品ページ:netflix.com/日本沈没2020
エピソード:全10話

キャスト:武藤歩:上田麗奈/武藤剛:村中知/武藤マリ:佐々木優子/武藤航一郎:てらそま まさき/古賀春生:吉野裕行/三浦七海:森なな子/カイト:小野賢章/疋田国夫:佐々木梅治/室田 叶恵:塩田朋子/浅田 修:濱野大輝/ダニエル:ジョージ・カックル/大谷三郎:武田太一

原作:小松左京『日本沈没』 監督:湯浅政明
音楽:牛尾憲輔 脚本:吉高寿男 アニメーションプロデューサー: Eunyoung Choi
シリーズディレクター:許平康 キャラクターデザイン:和田直也 
フラッシュアニメーションチーフ:Abel Gongora 美術監督:赤井文尚 伊東広道 
色彩設計:橋本賢 撮影監督:久野利和 編集:廣瀬清志 音響監督:木村絵理子  
アニメーション制作:サイエンスSARU ラップ監修:KEN THE 390
主題歌:「a life」大貫妙子 & 坂本龍一(作詞:大貫妙子/作曲:坂本龍一)

公式HP: http://japansinks2020.com/
公式twitter:@japansinks2020
製作:“JAPAN SINKS : 2020”Project Partners

(C)“JAPAN SINKS : 2020”Project Partners

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