ケラリーノ・サンドロヴィッチが語る、戯曲の楽しみ方 「親切じゃないところが面白い」

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2020年08月02日 10:01  リアルサウンド

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 ケラリーノ・サンドロヴィッチ(KERA)が、今も続く劇団ナイロン100℃(1993年旗揚げ)の前身となる、劇団健康を立ち上げたのは1985年。実に35年に渡り演劇の世界を歩み、述べ100作品以上を上演してきたKERAが、2008年以降に執筆した戯曲をまとめた『ケラリーノ・サンドロヴィッチ自選戯曲集』が2冊同時発売となった。


 「ナイロン100℃篇」では、2008年〜2018年の11年間にナイロン100℃が上演した『社長吸血記』『ちょっと、まってください』『睾丸』など不条理・ナンセンスコメディ作品を中心に5作品を収録。「昭和三部作篇」には、2009年〜2017年にシアターコクーンで上演された昭和の東京を描いた『東京月光魔曲』『黴菌』『陥没』の「昭和三部作」が収録されている。


 今回、リアルサウンドブックでは、印刷物フェチを公言するKERAの装丁へのこだわり、戯曲の楽しみ方、そしてKERAにとって“面白い”芝居とは何か、「観客を信じる」とは一体どういうことなのかを訊いた。(河野瑠璃)


関連:【写真】インタビュー中のKERA


■印刷物フェチとしてこだわった装丁


ーー戯曲集についてお話を伺いたいのですが、まず何より装丁がとてもかっこいいですね。背表紙がなくて斬新で、パッと開いたときに綴じ糸が見えるのも素敵です。


KERA:コデックス装がずっとやりたくて、やっと実現しました。パンフレットのような薄いものだと糸が見えなくて活きないし、製本に時間がかかるから難しいんです。今回出来てよかった。ビニールカバーも、“早川書房”って感じじゃないですか。色合いとかも含めて、昭和40年代くらいの本棚に並んでそうな感じになればいいなと思ったんです。デザイナーさんとカメラマンさんも素晴らしい仕事をしてくれました。


ーー表紙の写真も素敵ですよね。


KERA:担当の編集者の方が、撮影の時に「まだ御存命なのに、戯曲集の表紙が御本人の写真ってあまりないけど、いいんですかね」ってボソッと言ったのが面白かった(笑)。でも筒井康隆さんとか、率先して表紙になるじゃないって。最初選んだのはもっとスカしてる写真だったんですけど、緒川(たまき)さんが「これとこれに変更した方がいいんじゃないか」と提案してくれて、選び直された2枚なんですよ。


ーーKERAさんは印刷物フェチとのことで、昨年は、NHK Eテレの『SWITCHインタビュー 達人達(たち)』でブックデザイナーの祖父江慎さんと対談されていましたね。


KERA:本当に素晴らしい人ですね、祖父江さんは。面白いし、人柄も魅力的だし。「そんな印刷方法は無理だ」って言われると、「じゃあ僕が掛け合う」って工場まで行っちゃうんだって(笑)。印刷に著者の電動カミソリの中に溜まったヒゲを使いたいって言うエピソードはテレビではオンエアされてなかったかな。印刷方法にはOKが出たんだけど、そのためにはポリバケツ1杯分のヒゲが必要だと言われて断念したそうで(笑)。


ーー結局、叶わなかったんですね(笑)。見てみたかったです。


KERA:昔は、いわゆるアート本ではなくても、面白い装丁の本が沢山ありましたよね。赤塚不二夫さんとか、赤瀬川原平さんとか、あえて落丁を作るとか変なことをいっぱいやっていた。表紙が何枚もあるとかね。めくってもめくっても表紙(笑)。筒井さんも原稿上で10行空けとかやって、白紙ページが入っていたりする。でも今は実験っていうか、面白いことが……面白いと思ってくれる人が少なくなってるからなんだろうけど、出来なくなってる。


ーーKERAさんは、劇団のパンフレットでもいつも面白い試みをされていますよね。


KERA:ナイロン100℃のパンフレットもプロデュース公演のパンフもこだわってるけど、最近はシンプルな方向に興味が移ってきてますね。デザインも写真も判型も。劇団健康の再結成時のパンフレットがすごかったんですよ。ヘンテコなモノはあれがピークかな。何十種類もの大きさと種類の違う紙を使って作った。それを祖父江さんに見せたら、「キャー!」って歓喜してくれて、カメラが止まった後もしばらく眺めてくれてた。


ーー昔から印刷物フェチでしたか?


KERA:原体験としては、やっぱり絵本とかコミックなのかな。喘息で5歳の時まで家にこもってたから、本を読み始めたのも人より早かった。『少年マガジン』とか『サンデー』とかは、読む前にまずインクの匂いを嗅いでたのをよく覚えてますよ。あとは映画のパンフレットやレコード、後にはCDジャケットも、好きなものは抱きしめて眠ったりしていました(笑)。規格外のものが特に好きで、映画のパンフレットでいうと、川勝正幸さんが編集してたものとか、CDジャケットでいうとピチカート・ファイヴとか、信藤三雄さんがデザインしたもの……とんでもないものが多かったですよね。そういうものを一日中眺めたり、匂いを嗅いだりしていました。レコード盤なんか、国内盤と輸入盤ではジャケットの匂いが違うんですよ。今は、感染症対策で劇場の折り込み(入場時に配られるチラシ)が一時的に無くなっちゃったけど、折り込みチラシも、変わった印刷のものを見つけると、まずは匂いを嗅ぎます(笑)。


■戯曲集出版のきっかけ


ーー今回の戯曲の出版のきっかけはなんだったんでしょうか?


KERA:出版社さんの方から「旧作をまとめて本にしたい」とのお話をいただいて、びっくりしたんです。三年前ですかね。戯曲は基本新作じゃなきゃ売れないから、過去の戯曲を活字にするのは半ばあきらめていたのに、そんな風に言っていただいて……まさかこんな話が来るとは思わなかったし願っても無いことだった。初めてのミーティングには、編集の方が野田(秀樹)さんの戯曲集を持ってきていたのを憶えています、非常に熱意を感じました。


 でも、やっぱり戯曲集の企画を通すのは、どこの会社でも大変です。実は、昭和三部作はそれ以前にいろんな出版社に話を持って行ってたんです。でも、「昭和史に絡めた読み物と抱き合わせならば出せるんですが」みたいに、戯曲がついてる別の本っていうような口実がないと企画が通らないみたいで、暗礁に乗り上げていました。今回の計画も一度白紙に戻ったりもしたんですよ。僕は僕で、「こういう形でないと嫌だ」みたいな駄々を沢山こねましたしね。やっぱり残るものなんで。


ーー本当は上中下と3冊で作りたかったとあとがきに書かれてましたね。


KERA:収録する作品の数をできるだけ増やしたかったんです。「この作品が収録されるならこっちも入れてあげたいな」っていう、こぼれ落ちるものをできるだけ少なくしたいっていう気持ちがあった。変な言い方ですけど、作品やそれに関わった人たちに対する親心もあって。結局「ナイロン100℃篇」は、当初4本の予定だったのを無理矢理5本収録にしてもらいました。


ーー最後に選ばれた幸運な戯曲はどれだったんですか?


KERA:『社長吸血記』ですね。この作品は『怪奇恋愛作戦』っていうドラマのロケハン中にチラシの色校がきたのをよく覚えてるんですよ。ロケバスの中で番組のスタッフに色校を見せて会話したのを憶えてる。内容の細部は忘れているのにそんなことばかりやけに憶えてるんだよね。「このシーンを書いているときに猫に何があった」とか。


ーー今回は「自選」戯曲集ですが、なぜこの5作を選んだんですか?


KERA:例えば『キネマの恋人』は、単体で戯曲を出版してもらったんです(早川書房)。最新作の『ドクター・ホフマンのサナトリウム』もすでに本になってる(論創社)。『消失』や『百年の秘密』は文庫に入ってるし(ともにハヤカワ演劇文庫)、『わが闇』(論創社)、『カラフルメリィでオハヨ』(白水社)等もすでに出版されている。要はまだ本になってない作品から選んだってことですね。『ノーアート・ノーライフ』とか、何本かこれも入れたかったなっていう作品もあったんですけど。旧作って読み返すのが辛いんですよ。つまんなかったらどうしようって(笑)。直しちゃったら意味ないじゃないですか。過去の戯曲を自分で添削することほど無意味なことはない。上演した時の自分を尊重しなきゃいけないっていう思いがあるんです。でもその一方で、読んで「うわあ……」とか「あっちゃー」っていう気持ちになるのが嫌で、なかなか読み返せない。


ーー収録作品は読み返してみていかがでしたか?


KERA:「ナイロン100℃篇」で一番古い『シャープさんフラットさん』とか、「昭和三部作篇」で一番古い『東京月光魔曲』とかはかなり面白く読みました。と言うのも、忘れてるんですよ、展開を。ラストシーンくらいは憶えてたけど。僕の作品は群像劇だから、登場人物たちがそれぞれどうなっていくかっていうのをもう大方忘れていて、他人の戯曲を読むみたいに面白く読めました。


ーーKERAさんが多作だからこそ、新しいものを書いているうちに古いものを忘れてしまうんでしょうね。


KERA:役者さんと一緒ですね。役者も驚くほど覚えていないんですよ。やっぱり新しいものを覚えるためにはどんどん忘れてくことが必要なんでしょう。


■戯曲は“親切じゃない”ところが面白い


ーー私も実際に見た作品の戯曲なのに、読んでみると忘れていたシーンがたくさんあって、改めて楽しむことができました。


KERA:活字で読むと、出来上がった舞台で強調されたり逆にさらっと流したり、演出によって施されるコントラストがまだついてない部分が圧倒的に多いから、すべてが等価に書いてあるような印象があって、その点も面白いですよね。


ーーKERAさんが以前、別のインタビューで「読み方が分かると戯曲は楽しい」と答えていましたが、具体的にどういう読み方をするといいですか?


KERA:劇場で芝居を観るのと違って、中断しながら好きな時に読めるというのが本の素晴らしいところだと思うのですが、戯曲に特化すると……うーん。その芝居を観劇済みで記憶が鮮明な人と、未見の人とでは読み方が違うかもしれないですね。記憶があると、どうしても原作はどうなのみたいな、映画を見て原作を読むときのような感じになるでしょう。でも、僕は上演を見る前のタイミングで読むことが多いし、個人的にはそっちの方が楽しいかな。


ーーそれはなぜですか?


KERA:自分で一回演出できる、あるいはキャスティングできるから。この人はきっとこの役をやるだろう、そしてきっとこんな風に演じるだろうとか、自分でセットを思い浮かべたりもできる。それで実際の上演やDVDを見て、ぎょっとしたり驚いたり、「素舞台か……」ってがっかりしたり、色々ですけど。


 単純に舞台で発せられるセリフがそのまま羅列されているだけの戯曲も多いしね。特に翻訳劇はほとんどト書きがなかったりするから、それを頭の中で自由に想像して組み立てていく楽しみっていうのは、やっぱり戯曲ならではなのかなって思います。


ーーなるほど、小説よりも読み手の自由度が高いですね。


KERA:例えば小説だと、地の文で情景描写や心理描写がある。「彼は内心こう思った」みたいな。戯曲に内心はあまり書かれていない。親切じゃないところが面白いんですよね。上演を見ることが叶わなかったとしても、想像力を働かせていろんな解釈ができる。演劇をやってる人は、声に出して仲間と読んでみると、自分が黙読した時と違う読み方をきっと人はするので、それも面白いですよ。


ーーいろんな楽しみ方ができますね。


KERA:あと、僕自身はね、ともかく好きな作品を“持っていたい”。作品により近いのはDVDやブルーレイなんでしょうけど、文字だと映像で見るのとはまた違った反芻の仕方ができるのが魅力的。それに、やっぱり印刷物フェチとしては、本の方が嬉しいの(笑)。


■昭和を描いた理由


ーー私は『陥没』がすごく好きだったんですが、なぜ三部作で昭和を描こうと思われたんですか。


KERA:最初は昭和“初期”三部作の予定だったんです。でも『黴菌』で終戦まで描いてしまって、三本目を考えた時にもう“初期”ではないだろう、と。三作目の『陥没』は1964年、東京オリンピック目前の頃を描きました。すでに自分が生まれた後の時代を初めて描いた。僕は0〜1歳だったので、もちろんその時期の記憶はないんだけど、日本て国が最も変貌した時期だと思います。戦後の焼け野原からガムシャラに復興させて、先進国にしてしまったんですからね。その時の極端な変貌ぶりっていうのが、とても興味深いんです。『ナイス・エイジ』も、家族がいろんな時代にタイムスリップする話だったんだけど、やっぱり戦争が終わる直前と、1964年、1985年にタイムスリップさせていた。


ーーもともと興味があった時代だったんですね。


KERA:そうですね。『黴菌』は、戦争が終わっちゃったことを嘆く三兄弟のラストシーンを書き始めた時から決めていたし、『陥没』はオリンピックで日本中が浮かれているときに、急に立ち行かなくなった人たちがいたらどうかなって言う発想から生まれました。


ーー昭和という時代の中で生きる“人々”にきちんと焦点が当たっていて読み応えがありました。


KERA:「戦争の悲惨さ」とか、「高度経済成長期がもたらした躍進」とか、そうした表立ったことの裏側にいたであろう人々に興味があるんです。光が当たっていないところでは非人間的な扱われ方をした人がたくさんいたんだろうし、許されるべきではないことがいっぱい行われたと思うのね。まあ、ほとんどは想像による創作ですけど。ルポルタージュ的なものも読みますけど、取材しまくって事実に即して書くっていうことはほとんどしません。それをやっても井上ひさしさんにはかなわないので、大方はフィクションで、こんな人たちがいたらどうだろうっていう想像力で書いています。


■観客を信じる


ーー以前、お芝居を「分かりやすくする」行為は作品にとってはマイナス要因なんじゃないか、と答えているインタビューがあって、とても印象に残っています。


KERA:自分の作品にとっては、という意味で答えてたのだと思います。テクニックとしては「分かりやすくする」方が簡単だと思いますけど、ただもう僕は手癖で「分かりやすくし過ぎない」癖がついています。分かりやすく書くには、物事の情報を順番通りに説明するとか、聞き逃してしまいそうな情報はセリフで可能な限り繰り返すとか、他にも色々あるけどそういうテクニックがある。でも、例えばチェーホフは、まったく順番通りじゃなくて、本当に妙な順番で人物を登場させるんだよね。『桜の園』でも、ラネーフスカヤから出しゃいいのに、メイドのドゥニャーシャと、外部の人間であるロパーヒンの会話から始めるわけですよ。でもこの外堀から描いていくっていうのが、面白いなと思うのね。


ーー頭を使うからこそ見る方も面白いですよね。


KERA:そう。観客として観ていると、分かりやすい芝居は必要以上に説明されている感覚になるんですよ、なんかバカにされているような気分になっちゃう。セリフを聞き逃してしまっても、「そっかそっか、あそこはきっとああいうこと言ったのを聞き逃しちゃったんだろうな」って後から分かったりするじゃないですか。お客さんの想像力を尊重するというか、信じて作品を作っていきたいと思っています。


ーーお客さんに伝わらないかもと不安になることはありませんか?


KERA:ここは分かりづらいかもなって、作り手の方から親切に降りて行ってしまうと、そんなことしなくても分かる人がシラけるんじゃないかなって思うんですよ。もちろんその計算が狂って、大方の人に伝わらなかった経験もあるんだけど、それも含めて作品なんじゃないかなと思うんですけどね。


ーー戯曲を出したことで、高校演劇をはじめケラさんの舞台を上演してみたいと思う人も増えそうですね。


KERA:そうですね。僕も一時期と考え方がだいぶ変わって、上演したいって言ってもらえるととても嬉しいし、どんな風に変えても構わないから上演してもらいたいなという風に思います。先生がファンで、毎年のように『カフカズ・ディック』を上演してくれる学校があるんです。『フローズン・ビーチ』を2回も上演してくれた高校もある。そういうのは素直に嬉しいですね。特に古い作品は、今やることの難しさもあれば、今やることでしか感じられないこともあると思う。ともかくどんどんやってほしいです。


ーー上演するときのヒントはありますか?


KERA:いや、もう好き勝手に、自由にやってほしい。書いてる自分にとっても、答えは一つではないので、正解を見つけようとあんまり躍起になられても、僕にも分かりませんっていう感じ(笑)。


ーーそれは戯曲の読者や、観客にとってもそうですよね?


KERA:そうですね。悲しい話なのか、楽しい話なのか、絶望的な話なのか、希望のある話なのか、みんなが1つの気持ちで終わるよりも、読み手や観客が感じた“線”の数が多ければ多いほど豊かで面白い芝居だと思うんです。


■ケラリーノ・サンドロヴィッチ略歴
劇作家、演出家、映画監督、音楽家。劇団「ナイロン100℃」主宰。1963年1月3日、東京都生まれ。82年、ニューウェイヴバンド「有頂天」を結成。85年、劇団健康を旗揚げ、演劇活動を開始。92年解散、93年にナイロン100℃を始動。劇団公演に加え、KERA・MAPなどのユニットも主宰するほか、外部プロデュース公演への作・演出も多数。99年、『フローズン・ビーチ』で第43回岸田國士戯曲賞を受賞。第40回菊田一夫演劇賞(15年)、平成27年度芸術選奨文部科学大臣賞(16年)、第51回紀伊國屋演劇賞個人賞、第24回読売演劇大賞最優秀演出家賞、第4回ハヤカワ「悲劇喜劇」賞、第68回読売文学賞戯曲・シナリオ部門(17年)など、受賞多数。2018年秋に紫綬褒章受章。音楽活動では、ソロ活動の他、2014年に再結成されたバンド「有頂天」や、「ケラ&ザ・シンセサイザーズ」でボーカルを務めるほか、鈴木慶一氏とのユニット「No Lie-Sense」などで、ライブ活動や新譜リリースを精力的に続行中。No Lie-Sense約4年ぶりとなるフルアルバム『駄々録〜 Dadalogue』発売中。
キューブ サイト:https://www.cubeinc.co.jp/archives/artist/keralinosandrovich
ナイロン100℃公式サイト:https://sillywalk.com/nylon/


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