産経新聞32回、NHK22回に朝日新聞は3回…官邸が進める露骨な「メディア選別」の弊害

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2020年08月06日 16:00  AERA dot.

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写真改正新型インフルエンザ等対策特別措置法を受けた記者会見で、質問する記者を指名する安倍晋三首相=2020年3月14日 (c)朝日新聞社
改正新型インフルエンザ等対策特別措置法を受けた記者会見で、質問する記者を指名する安倍晋三首相=2020年3月14日 (c)朝日新聞社
 台本どおりの進行があらわとなり、“台本”営発表と揶揄された首相記者会見。首相官邸に権力を一極集中させる安倍政権は、メディアにこれまでの取材慣例の限界も突きつけている。

【アンケート結果】テレビを見ていて信用できないと思う人1位は?

 朝日新聞政治記者として取材現場に精通する新聞労連委員長・南彰氏の著書『政治部不信 権力とメディアの関係を問い直す』(朝日新書)から、一部を抜粋・改編してお届けする。

*  *  *
 第2次安倍政権は、官邸主導でこれまでの取材の慣例を大きく変えていった。

 安倍官邸は2013年1月、歴代内閣が自粛していた単独インタビューを積極的に行う考えを官邸記者クラブに伝えた。

「単独インタビュー」への歯止めは、首相がメディアを選別しないための慣例だった。テレビは官邸記者クラブに加盟するNHKと民放の在京キー局に、ローテーションに従って順番に出演する。テレビに単独で出演した際には、ほぼ同時期に新聞・通信社のグループインタビューに応じていた。

 しかし、記者クラブに所属しないネットメディアやフリーランスなどの活躍が広がるなか、官邸記者クラブのメディアだけで首相の取材機会を独占することの合理性を見いだすことが難しくなっていた。

 また、民主党政権の広報を担った元官邸スタッフも、「首相がテレビに出演して国民に訴えたくても、テレビ局は次期首相のインタビューの方がニュース性が高いとみて、やろうとしない。記者クラブメディアの都合で、首相の発信が封じられていた」と不満を持っていた。官邸側にそうした旧弊の矛盾を突かれたのである。

 官邸記者クラブ側は、メディアの選別や会見回数の制限をしないよう求めたうえで官邸側の提案を受け入れたが、約束が履行されたのは、政権発足当初だけだった。

 第2次安倍政権が発足してから、20年5月17日までに行われた首相単独インタビューの回数だ。

1.産経新聞(夕刊フジ含む) 32回
2.NHK 22回
3.日本テレビ(読売テレビ含む) 11回
4.日本経済新聞 8回
5.読売新聞 7回
6.毎日新聞、TBS、山口新聞 5回
9.月刊Hanada、テレビ東京、テレビ朝日(BS含む)、共同通信、ウォール・ストリート・ジャーナル 4回

 産経新聞系が突出している。ちなみに朝日新聞は3回だ。

 安倍首相の単独インタビューで最も象徴的だったのは17年5月3日、憲法記念日にあわせて、自衛隊の存在を9条に明記するなどの改憲案を示し、20年に改正憲法を施行する考えを読売新聞の単独インタビューで表明したものだ。

 その後の国会で自民党改憲草案との整合性について問われると、「私は内閣総理大臣として(予算委に)立っており、自民党総裁の考え方は読売新聞に書いてある。ぜひそれを熟読して頂いてもいい」と言って、野党の質問をかわす材料にも使われた。

■日常的な取材機会の減少

 そもそも、我々が報道などで目にしていた「ぶら下がり取材」はどのような経緯で始まり、その機会は失われたのだろうか。

 小泉純一郎氏が首相となり官邸入りした2001年4月26日夜、小泉首相は記者に囲まれると、「君たちが番の人たちか。よろしくね」と言って、首相番記者全員と握手。「歩きながらは話さないけどね。時々、立ち止まって話すよ」と宣言した。

 それまで官邸や国会では、歩いている首相の横に立って自由に質問ができた。そのルールを改め、政権側と官邸記者クラブが取り決めを交わし、原則1日2回、昼と夜に場所を決めてぶら下がりに応じる方式が導入された。最高権力者に対し、日常的に疑問を尋ねる公の取材機会が確保されていた。肝心なことは、官邸側が発信したいときにだけぶら下がりが設定されるのではなく、何を質問するかにかかわらず、日常的に取材機会が設けられていたということである。

 そうした国民との回路を閉じていったのは、皮肉にも記者会見のオープン化などを進めてきた民主党政権の菅直人内閣だった。

 菅政権は2010年6月9日、明確な理由を示さないまま、ぶら下がり取材を1回に減らし、月に1回程度記者会見を開く案を内閣記者会に提示。2011年3月11日の東日本大震災、福島第一原発事故を受けて、菅首相は災害対応に集中するため、ぶら下がり取材を当面見合わせることを官邸記者クラブに伝えた。同年9月に後を継いだ野田佳彦首相はそうした菅内閣の判断を固定化する。

 12年12月16日の総選挙の結果、安倍晋三氏が首相に返り咲いた。第1次政権時代に「カメラ目線」などと揶揄され、前任の小泉首相の存在に苦しんだ安倍首相にとっても、民主党政権が取材の回路を閉じたことは幸運であっただろう。「悪夢のような」と主張する民主党政権のルールをそのまま踏襲することになった。

 日常的なぶら下がり取材で質問する機会を失ったうえに、単独インタビューを解禁したことによって、記者クラブが培ってきた「公」の取材機会は加速度的に減っていった。グループインタビューやぶら下がりや記者会見などの「公の取材機会」の本来の良さは、取材機会を設定するために、為政者との事前調整が少ないことにある。単独インタビューだと、首相側に応じてもらうために、個別のやりとりが必要になるからだ。

 メディア環境の変化も、安倍官邸の報道対応の追い風になった。

 安倍首相は17年10月の衆院選の公示直前、インターネット放送の「AbemaTV」に出演した。選挙期間中のテレビ報道は各党を平等に扱うのが基本だが、「AbemaTV」は政治的公平を定めた放送法4条の枠外にある。

 安倍首相にとっては、森友・加計学園問題などが噴出し、同年7月の東京都議選では歴史的大敗を喫するという苦しい状況だったが、「安倍さんにがんばっていただかないと日本は経済も立ち行かなくなるし、それから北朝鮮からも守れないし、外交も歴代の総理大臣でこれだけやった方いないですよ」などとゲストに持ち上げられるなか、1時間にわたって自説をアピールすることができた。

 その後の自民党の広報戦略などを考える会議では「いくら新聞とかテレビでやっても効果がないので時代遅れ」「AbemaTVにくいこむべきだ」と話し合われていた。

 安倍官邸は、メディア環境の変化を利用しながら、既存の新聞・テレビを通さず、直接、国民・市民に訴えかける手法を磨くことに余念がない。

 都合の悪いことに答えず、情報を隠そうとする。民主主義社会において許されないことだが、権力者の悲しい性でもある。プロパガンダ(政治的宣伝)を強める権力者に対して、メディアがどのように対抗するのか。権力監視の意思と、社の枠を超えた連帯が問われている。

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  • 監視?選挙っつ〜手続きを経て、国民から信任を得ている政権に対し、国民から選任されるプロセスすら持っていないマスコミが「監視」とか…思い上がりも甚だしいな〜おい!🤪
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