外出自粛続く天皇家の今 両陛下の“令和流”ニューノーマルは?

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2020年08月07日 08:00  AERA dot.

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写真1月に大相撲初場所を観戦する天皇ご一家 (c)朝日新聞社
1月に大相撲初場所を観戦する天皇ご一家 (c)朝日新聞社
 令和に変わり1年3カ月が過ぎたが、コロナ感染拡大は止まらず、両陛下の英国訪問や四大行幸啓である「植樹祭」や「海づくり大会」をはじめ、他の皇族方も外出を伴う公務は延期や中止が続く。外出自粛が続く天皇ご一家の知られざる「ニューノーマル」を追う。

【写真】2月の天皇誕生日に皇居へ入る眞子さまと佳子さま

 両陛下の現在の公務はお住まいの赤坂御所(東京都港区)と執務や儀式を行う宮殿が中心。「通勤」のために御料車で往復する以外は、ほぼ外出はなく、天皇家の表情を伝えるニュースは減った。

 しかし、赤坂御所で行われた7月21日のご接見は、ひさしぶりに、エネルギーあふれる両陛下の様子が伝わってくるものだった。

 赤坂御所に伺ったのは、コロナ拡大で困窮する子どもや家庭を支援する、「あすのば」代表理事の小河光治さんや「豊島子どもWAKUWAKUネットワーク」理事長の栗林知絵子さん、「キッズドア」理事長の渡辺由美子さんだ。

 小河さんが振り返る。

「もともとの予定は、夕方の18時から1時間。終了時刻になると、お付きの方が合図を送った気配がありました。しかし、両陛下は我々が気詰まりにならないよう、自然に会話を続けてくださって、気づいたら30分も超過していました」

 小河さんは、コロナ不況で困窮する家庭の高校生たちが書いたアンケート資料を両陛下に見せた。

「部活は辞める。アルバイトして家にお金を入れないといけないから」「就職の内定を取り消された」「だれか、たすけて……」

 両陛下は、悲鳴がつづられた紙を、食い入るように読んだという。

 栗林さんも、コロナ休校で居場所をなくしたり、食事に困る子どもたちのための、子ども食堂の活動について話をした。危機的状況の一方で、いままで他人だった地域の人たちが、手を取り合い、「おせっかい」を合言葉に、新しい絆が生まれた、と話した。

「おせっかい」という言葉に、両陛下は思わずふふっと笑い、そして天皇陛下は「ピンチをチャンスに、ですね」と継いだ。

 実は、これらの支援活動には、天皇陛下からの寄付金の一部があてられる予定だ。学習支援を行う渡辺さんが、両陛下の支援について、子どもたちに話してもよいものかとたずねると、両陛下は、力強くうなずいた。

「子どもたちに、応援していますと。ええ、ぜひ伝えてください」

 皇室と子どもを支援する団体の交流は、昭和や平成でも多くある。しかし、小河さんや栗林さんらの活動はまだ、新しい。子ども食堂の存在も5、6年ほど前にやっと世間に知られるようになったところだ。

 令和の天皇陛下は、皇太子時代から、「時代に即した公務の在り方」という言葉を使っていた。令和の新しい公務は、その輪郭を現し始めたようにも見える。

 令和色が顕著なのが、「ご進講」の在り方だ。

 両陛下は、新型コロナ関係で外務省や厚生労働省を含め幅広い専門家のご進講を受けている。7月には、経団連、日本商工会議所、経済同友会の代表という珍しいメンバーが御所を訪ねた。

「経済への影響について話を聞きたいとの両陛下の希望だった」(宮内庁関係者)という。

 変わったのは、ご進講のスタイルだ。

 平成では天皇と皇后で別だったご進講を、令和では一緒に受けている。

「上皇后陛下は『天皇へのご進講は国の重要な仕事なので、皇后は同席すべきではない』というお考えだったのではないでしょうか。一方、一緒に受けておられる令和の両陛下には、新しい感覚を感じます」(宮内庁OBの山下晋司氏)

 さらに、明治時代から皇后が受け継いできた養蚕でも、珍しい場面があった。6月に、成長した蚕を「蔟(まぶし)」と呼ばれる網に移す「上蔟(じょうぞく)」の作業を皇后雅子さまが天皇陛下と一緒にしたと報じられたのだ。上皇さまも美智子さまと一緒に繭を収穫することはあった。しかし、「天皇が上蔟を手伝うのは珍しいと思います」(同前)。

 令和の天皇、皇后と、平成の天皇、皇后の在り方は、だいぶ違う。上皇さまの同級生である織田正雄さん(86)は、こう話す。

「全力で天皇の公務を全うできなくなったから、という『退位宣言』の理由からわかるとおり、戦前、戦中、戦後から高度経済成長の時代を知る上皇さまと上皇后さまは、仕事や立場を全うすることに対して、生真面目で、責任感が強い」

 一方で、令和の天皇陛下は、2004年の「人格否定発言」に象徴されるように、「私」が「公」に潰されないような、皇族の生き方を訴えた。

 東宮時代のおふたりは公務でお出かけのときに、そばにいた人物によれば、仲がよく、雅子さまは、当時の皇太子さまに、「だよね」とリラックスした雰囲気で話しかける場面もあった。上皇さまの別の同級生もこう話す。

「家族と天皇の地位とを秤にかけるより、できることならば両方守ってゆく。よい悪いという議論は、不毛です。それが令和の皇室の在り方なのでしょう」

 皇室で変化したのは、公務の在り方だけではない。生活スタイルの変化からも、皇室を取り巻く状況がうかがえる。

 宮邸に飾られる写真立てといえば、銀食器・銀製器の老舗の銀製の写真立てが定番だった。日本が誇る職人の手による工芸品を、皇族も愛用してきた。

「しかし、数十万円する高価な銀の写真立てで写真を飾っていたのは、昔の話。そこまでお金をかけるのは難しいと思います」(宮家の関係者)

 ほかにも食器は、大倉陶園。フォークやナイフなどカトラリーも、皇族のお印を入れた日本の銀製品が定番であった。

 一方で、雅子さまの嫁入り道具に、ドイツの老舗メーカーであるビレロイ&ボッホの食器セットがあったのは有名な話。いまは30代の若い皇族方はもちろん、秋篠宮家でも海外製の洋食器やカトラリーを使用しているという。老舗の食器ブランドだけでなく、グッチやティファニーなどの食器が食卓に彩りを添えているようだ。

 ファッションもだいぶ変わった。和装も多い美智子さまであったが、洋装でも日本の伝統的な和の技術を融合させるスタイルで、日本の職人や企業を応援した。体現したのは、植田いつ子さんや、滝沢直己さんら一流デザイナーだ。

 皇太子妃時代の雅子さまは、療養中でオーダーで服をつくるのが難しかったこともあり、既製服が主だった。注目されたのは、陛下や愛子さまと同じ、さし色を用いたおそろいのリンクコーデだった。令和の天皇、皇后になってからも、親子3人の仲睦まじさがにじむ装いは、変わらない。

 昨年12月にご一家でチャリティーの試写会に出かけた際も、天皇陛下のネクタイと雅子さまのスーツ、愛子さまのワンピースを深いローズ色でそろえた。絆や時間を大切にする、令和の天皇ご一家像が伝わる。

 皇族ファッションの優等生は、秋篠宮紀子さまだろう。靴は、銀座の老舗ヨシノヤで、日欧のセンスを取り入れた西田武生さんのドレスや既製品ブランドも愛用。婚約当時に着ていた婦人服ブランドのレリアンは、娘の眞子さまも身に着けた。

 若い皇族方は、プライベートでは庶民派だ。公務ではハロッズやレリアンを着る眞子さまも、私生活ではユニクロのワンピースをまとい、青山のセレクトショップにぶらりと立ち寄る。アメカジ好みの佳子さまの愛用ブランドと報じられたのは、ローリーズファームやダブルネーム。英国留学中は、革ジャンに細身のデニム姿が決まっていた。(本誌・永井貴子)

※週刊朝日  2020年8月14日‐21日合併号より抜粋

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