伊藤潤二が語る、“最恐の児童書”への挑戦 「子供だましの表現は子供に見抜かれる」

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2020年08月08日 10:01  リアルサウンド

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写真伊藤潤二
伊藤潤二

 「富江」シリーズや「双一」シリーズを含む、『伊藤潤二傑作集(全11巻)』(朝日新聞出版社)や『うずまき』(小学館)などのホラー作品で知られる鬼才、伊藤潤二の漫画を小説化した2冊の児童書――『何かが奇妙な物語 墓標の町』と『何かが奇妙な物語 緩やかな別れ』(ともに学研)が話題になっている。2020年6月25日に同時発売されたこの2冊は、アニメ『伊藤潤二コレクション』のシリーズ構成と脚本を手がけた澤田薫が、表題作を含む伊藤の短編23作を小説にしたもの(『何かが奇妙な物語 墓標の町』には12作、『何かが奇妙な物語 緩やかな別れ』には11作収録。また、カバーイラストはいずれも伊藤による描き下ろし)。


 そこで今回は、原作者である伊藤潤二に、この2冊の見どころや、ホラーというジャンルへのこだわりなどについて、ざっくばらんに語っていただいた。“怪談の季節”まっただなかのいま、「児童書史上最凶級の恐怖」(帯より)が描かれているこの2冊を、読書好きな子供たちはもちろん、かつて少年少女だったあなた――特に、大人たちには見えない何かが視(み)えていたようなあなた――も読んでゾッとしてみてはいかがだろうか。(島田一志)


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■小説化に向いている作品


――今回の2冊が作られたいきさつを教えてください。


伊藤:学研の編集の方から連絡をいただきまして、私の漫画のノベライズを児童書として出版したいと。作品をよく読み込んでくださっている熱意のある方でしたので、収録作の選定も含めてすべてお任せすることにしました。


――今回、実際に小説を執筆したのは脚本家の澤田薫さんですが、ご自身で書こうという気にはなりませんでしたか。


伊藤:実は漫画家としてデビューする前、ショートショートの小説を書いていたこともありますので、いつか機会があれば挑戦してみたいとも思いますが、今回の企画については、学研の編集さん同様、澤田さんも私の作品をよく理解してくださっている方なので、すべてお任せしてよかったと思います。ちなみに小説化にあたり、澤田さんに細かい注文はいっさいつけていません。経験上、原作者があまり口うるさいと、いい作品にはならない気がするんですよ(笑)。


――今回の2冊を読んで、何よりもおもしろいと思ったのは、各話のクライマックスシーンは文章で表現せず、コマを割った原作の漫画の1ページ(ないし2ページ)をそのままの形で挿入して読ませる(見せる)、という本の構成でした。つまり、その挿入された漫画の部分も、物語の流れの中で「本文の一部」になっている。これは従来の「挿絵」とは異なる、不思議な視覚効果を生み出していますよね。


伊藤:もしかしたら新しく挿絵を描き下ろしたほうがよかったのかもしれませんけど、コマ割りした漫画のカットをそのまま挿入するというのも、おっしゃるようにおもしろい視覚効果が出ますよね。もともと私の漫画はワンカットでインパクトを与えるような作品も多いものですから、そういうやり方もアリなのかなと。


――この演出は、ただ単にテキストの途中に漫画のカットをはめ込みました、というわけではないですよね。きちんと本の構造(めくりの効果)を考えて、読者にもっとも「恐怖」が伝わる場所にレイアウトされているし、それには、小説のほうも「見せ場」に合わせて、文字数を調整しながらテキストを書かないといけません。読者の中には、せっかく小説にするのなら全部文章で勝負しろよ、という意見もあるかもしれませんが、個人的には、漫画を小説に「変換」する場合、こうした新しい試みがあったほうが楽しいと思います。


伊藤:そういっていただけるとありがたいです。澤田さんは普段、アニメの構成などをやられている方だから、そういう縛りのある表現は得意というか、むしろ楽しみながらやっていただけたかもしれませんね。あと、これは消極的な理由かもしれませんけど、新しい絵を描くには、初期の頃と比べてあまりにも私の絵柄が変わっちゃってるので(笑)。だったらもう、そのまま昔の絵を使ったほうがいいだろうという判断もありました。


――今回、小説化されたのは、伊藤先生がこれまで描かれた膨大なホラー短編の中から厳選された23作ですが、具体的にどの作品がお薦め、というのはありますか。


伊藤:すべて気に入っていますが、いまパッと頭に浮かんだのは「長い夢」でしょうか。あとは「墓標の町」かな。いずれも、原作の漫画は自分でも好きな作品です。


――いまタイトルを挙げられた作品以外では、たとえば「緩やかな別れ」や「いじめっ娘(こ)」なども、文章による表現ならではのおもしろさ(=怖さ)が出ているように思います。どちらかといえばビジュアルショック重視の伊藤先生の作品群の中にあって、この2作は絵よりも物語のどんでん返しで怖さを描いているところが大きいからかもしれませんが。


伊藤:たしかにそれはあるかもしれませんね。特に「いじめっ娘」は、私の作品としてはどちらかといえば珍しい、超常現象や異形の怪物が出てこない話です。つまり、最後のページを除いてさほど絵の表現に頼った物語ではありませんから、小説化に向いている作品だといえる気がします。


■日常の中に潜む曖昧な雰囲気や違和感みたいなものを漫画にしたい


――もともとホラー小説はかなり読まれていますか。


伊藤:ええ、若い頃からそれなりに読んでいるほうだと思います。10代の頃は、ラヴクラフトの小説や創元推理文庫の『怪奇小説傑作集』などを愛読していました。特に欧米の怪奇小説の基本は後者から学んだ気がします。日本の小説では、遠藤周作に『怪奇小説集』という短編集があるのですが、同書からも少なからず影響を受けているかもしれません。その本に収録されている「蜘蛛」という話がとにかく怖くて……。そういえば、小学校高学年の頃には、中岡俊哉さんが書いた超常現象や心霊の本も熱心に読んでいましたね。


――影響を受けた漫画家については、これまでさまざまなインタビューでお答えになっていることだとは思いますが、あらためてお教えいただけますか。


伊藤:楳図かずお先生、古賀新一先生、日野日出志先生、水木しげる先生の作品を子供の頃から愛読しています。やはり原点としてそういう読書体験がなければ、ホラー漫画を何十年も飽きもせずに描き続けることはできません(笑)。ちなみにその手の漫画を好むようになったのは、姉の影響が大きいと思います。昔の少女漫画誌には、付録として、普通に怪奇漫画の小冊子がついていましたからね。


――今回の『何かが奇妙な物語』は、児童書として作られたものですが、「子供向け」であっても「子供だまし」の本ではないですよね。怖さの表現に手を抜いていないのはもちろん、暴力的だったり官能的だったりする描写も原作の漫画の雰囲気が再現されていて。


伊藤:子供の目のほうがある意味では大人のそれよりも厳しいと思いますので、読者の対象年齢が低いからといって、特に恐怖の表現を緩くする必要はないと思います。言葉遣いはなるべくわかりやすくしたほうがいいだろうとか、そういう最低限の気配りはあったほうがいいとは思いますけどね。おっしゃるように「子供だまし」の表現を子供というものは見抜くだろうと思いますし、基本的には児童書の制作も大人向けの本を作るのと同じ感覚でよいのではないかと思います。


――ホラーという創作ジャンル全般についてお訊きしたいのですが、スティーヴン・キングが『死の舞踏』(安野玲訳/ちくま文庫)という本の中で、「ホラーの最大の目的は、タブーの国に足を踏み入れた人間がどんなに恐ろしい目にあうかを見せて、普通であることのありがたみを再確認させるところにある」と書いていて、なるほどと思う一方、たとえば伊藤先生の漫画のように、その考え方からもはみ出してしまうというか、読み終わったあとも、現実世界に虚構(恐怖)が侵食してくるようなインパクトのあるホラーもありますよね。


伊藤:描き手としては、なるべく読者に強い印象を残したいと思うものですから、私の作品がもし、そういう後を引くようなインパクトを与えられているのだとしたら、うれしく思います。ただその反面、一(いち)読者としては、キングのいっていることもすごく理解できます。ホラー小説を読んで怖い思いをしたあとで、いま自分がいる「安全な世界」にホッとするということはたしかにありますからね。あと、さらに補足すれば、小説に限らずホラー作品というものは、私自身もそうなんですけど、なぜか怖がりの人が好む傾向にありますよね。それはもしかしたら、将来なんらかの怖い目にあった時のために、恐怖についての耐性をいまからつけておこうとしているのかもしれません(笑)。


――話は変わりますが、絵的な面で、先ほど名前を挙げられた漫画家以外――たとえば、シュルレアリスム系の画家からの影響はありますか。


伊藤:月並みではありますが、サルバドール・ダリの絵には昔からなぜか惹かれます。ダリ以外でも、たとえばH・R・ギーガーのような、1枚の絵で悪夢的な世界を表現している画家の作品はたいてい好きですね。ダリもギーガーも、リアルに絵を描き込むことによって、本来は存在しない超現実の世界を、目の前の現実として我々に見せてくれるわけでしょう。そういう漫画を自分でも描きたいと思っています。


――伊藤先生は、富江や双一のようなインパクトの強いキャラクターの漫画も描かれていますが、そうしたキャラが物語を展開させていくような作品と、はじめにストーリーありきの短編とでは、どちらが描きやすいですか。


伊藤:たしかに昔から、漫画はキャラクターだ、というようなことが業界内でよくいわれていますけど、私の場合、描きやすいのはキャラクターより、ストーリーとかシチュエーション重視の短編です。いわゆる「キャラを立てる」ことよりも、日常の中に潜む曖昧な雰囲気や違和感みたいなものを漫画にしたいんですよ。長編漫画の描き方も未だによくわからないし(笑)、私は根っからの短編作家なんだと思いますね。


――それでは最後の質問です。今回の『何かが奇妙な物語』の2冊は、伊藤先生の作品世界をさらに広げたとてもおもしろい試みだったと思いますが、これからも児童書を作りたいと考えていますか。


伊藤:はい。実は、忙しくてなかなか手をつけられずにいる絵本の企画を長年抱えているんです。やはり絵を描く仕事をしている以上、絵本というのは一度は挑戦してみたいジャンルですからね。そろそろ着手せねばと考えています。ちなみに文章パートは別の方の担当なのですが、そちらの原稿はとっくの昔に仕上がっています(笑)。


 また、今回の本(『何かが奇妙な物語』)についていえば、澤田さんが書いてくれた文章を読んで原作者として刺激を受けましたし、カバーイラストを描く作業も楽しかった。幸い読者の評判もかなりいいようですので、できることならこの企画は継続していきたいですね。いずれにせよ、先ほどいったことの繰り返しになるかもしれませんが、子供たちというのはある意味でいちばん厳しい目を持った読者ですから、児童書の制作は作家としてもっともやりがいがある仕事のひとつだと思っています。
(取材・文・構成=島田一志/写真=鷲尾太郎)


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