甲子園はなくても…高校No.1捕手、日大藤沢・牧原巧汰が描くデッカイ夢

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2020年08月11日 06:31  webスポルティーバ

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 試合の前半と後半で、これほどわかりやすく「地獄」と「天国」を行き来するケースも珍しい。プロ注目の捕手・牧原巧汰(日大藤沢)の高校最後の夏は、そんな乱高下のスタートだった。

 8月6日、鵠沼(くげぬま)海岸にほど近い藤沢市八部野球場で、日大藤沢と慶應藤沢の神奈川独自大会2回戦は始まった。昨夏の神奈川準優勝校である日大藤沢が優勢と見られたが、試合は立ち上がりから意外な展開を見せる。




 日大藤沢が2点を先制した1回裏、慶應藤沢は連打で一死一、三塁のチャンスをつくると、一塁走者の敦澤快斗がスタートを切った。

 捕手の牧原は投球を受け、すぐさま二塁へ送球。ところが、指にかかりすぎたボールは中途半端なワンバウンドになり、二塁ベースカバーに入ったショートが弾く。牧原が送球した瞬間にスタートを切っていた三塁走者の油川友翔はホームに生還した。

 じつは、この作戦は慶應藤沢が捕手の牧原をターゲットに仕掛けた罠だった。指導する木内義和部長は明かす。

「ランナー一、三塁でのダブルスチールの練習をしていました。牧原くんの左肩が中に入ったら(二塁側に向いたら)、三塁ランナーがスタートする。その練習どおり、キャプテンの油川が行ってくれました。ピッチャーやセカンドにカットされたらしょうがないと割り切っていました」

 ただし、木内部長には牧原が二塁に投げてくる確信があった。

「牧原くんは日本一のキャッチャーですから。必ず自分の肩を見せるために二塁に投げてくるはず。彼だからこそやる価値がある、牧原くん用の戦術でした」

 今年の高校球界には内山壮真(星稜)、関本勇輔(履正社)、二俣翔一(磐田東)などの好捕手がいる。そのなかでも、牧原を「高校ナンバーワン捕手」と推す声もある。

 山本秀明監督の兄であり、臨時コーチを務める山本昌さん(元・中日)もその才能を買うひとりだ。

「バッティングはいいし、スローイングは去年にいいものを見せていました。プロに入ってしまえば、あとはコツをつかめるかどうか。通用する可能性は十分にあるでしょう」

 そんな大黒柱だからこそ、慶應藤沢にとっては揺さぶりをかける意味があったのだ。

 一方、牧原にとっては痛恨のミスだった。

「自分は(一塁ランナーを)刺しにいって、三塁ランナーが動いたらセカンドがカットしてホームに投げる予定でした。あれで点を取られて、テンパってしまいました」

 作戦が見事にはまった慶應藤沢ベンチには、「いける」という雰囲気が充満した。その後も連打を重ね、同点に追いつく。さらに牧原を試練が襲う。

 一死二塁から5番・岡見大也がライト前に運ぶと、ライトからバックホームの送球が返ってきた。二塁走者は三塁ストップ。打者走者の二進を防ぐために前に出た牧原だが、捕球しようとしたミットの上部にボールがかすり、そのまま顔面にぶつけてしまう。

 この瞬間のことを牧原は「覚えていない」という。

「ライトからの返球がきたところまでは覚えているんですけど」

 牧原がベンチ裏に下がって治療を受けるため、試合は中断。しばらくすると、右鼻に詰め物をして牧原が帰ってきた。

 山本監督は「あれでは代えられなかった」と振り返る。

「あのままでは負け試合だったので、これを牧原の高校最後の試合にさせるわけにはいきませんでした」

 試合再開後も日大藤沢は相手に傾いた流れを止められない。5回までに慶應藤沢打線に15安打の猛攻を受け、5対8とビハインドで試合を折り返す。

 その後、慶應藤沢の守備の乱れもあり、試合は7回終了時点で8対8の同点になる。しかし、牧原といえば4打数1安打。強風にあおられ、レフト線にポトリと落ちた二塁打だけで、攻守ともに精彩を欠いていた。神奈川独自大会はスカウトの入場が認められていないのだが、今日の牧原を見られなかったことは救いにさえ思えた。

 そんななか、8回表一死無走者の場面で牧原が5度目の打席に入る。マウンドには慶應藤沢の1年生で、中学時代に侍ジャパンU−15代表のエースだった田上遼平。140キロ前後の速球に精度の高い変化球を扱う好投手だ。

 身長174センチ、体重76キロと大柄とはいえない牧原だが、ボールを呼び込むバランスに長けている。右足を上げてボールを待つ姿は絵になり、呼び込んで逆方向にも飛距離を伸ばせる。タイプ的には森友哉(西武)や近藤健介(日本ハム)がだぶってくる。

 そして牧原は、田上の甘いチェンジアップを逃さずに芯でとらえる。打球は八部野球場の高いライトフェンスを越えていった。

「同点だったので、次につなぐことだけを意識しました」

 高校通算28号となる牧原の勝ち越し本塁打で、日大藤沢打線に火がついた。8回に計3点を加え、慶應藤沢を突き放す。8回裏の守備では、1点を返されてなおも二死満塁のピンチで牧原が離塁の大きかった一塁走者をピックオフプレーで刺す大仕事を見せた。

 牧原はこのプレーで慶應藤沢の流れを分断すると、9回表には2点タイムリー二塁打を放つなど、6得点で試合を決めた。

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 苦しい試合を終えた後、会見の場に現れた牧原の上唇は腫れ上がり、紫色に変色していた。ボールをぶつけて3時間近く経っているが、痛みはまだあるという。

「序盤にテンパりました。自分たちの代ということで力が入って......。自分が幼いというか、ガキだったので。配球も淡々となっていて、読みやすくてピッチャーも困ってしまうリードでした」

 なんとか最後に帳尻を合わせたものの、口をつくのは反省の弁ばかり。大会前には足の筋膜炎を発症したという情報もあったが、プレーに影響はないという。

 取材中、記者から「今年は高校生のいいキャッチャーが多いけど、意識する選手はいますか?」という質問が飛んだ。牧原は堂々とこう答えた。

「全国には内山(星稜)とか関本(履正社)とかいますけど、自分は意識していません。でも、自分が一番だと思って、日本を代表するキャッチャーになるのが目標です」

 この言葉を聞いて、牧原の描く青写真が見てみたくなった。捕手として、将来どんな成功イメージを抱いているのか。そう問うと、牧原は強い口調で語り始めた。

「やっぱり守れるだけじゃ、世界に通用しないので。打てて、ピッチャーをうまくリードして、配球もできて、すべて他の人より上回っているキャッチャーになりたいです」

 世界で通用する捕手──。夏の甲子園がなくなり、鎮痛なムードがぬぐえない高校球界にあって、こんな大きなスケールで夢を描く球児がいる。それはまさしく希望でしかなかった。

「あの牧原は、高校最後の夏の大会で送球を顔面にぶつけて鼻血を出していたんだよ」

 いつかそんな伝説が、笑い話として伝えられる日か来るかもしれない。

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