最も“打てないボール”投げたのは? 甲子園を席巻した「魔球」を操った投手たち

2

2020年08月11日 16:00  AERA dot.

  • 限定公開( 2 )

  • チェックする
  • つぶやく
  • 日記を書く

AERA dot.

写真東海大浦安の浜名翔 (c)朝日新聞社
東海大浦安の浜名翔 (c)朝日新聞社
 打者を圧倒するような剛速球はピッチャーの最大の武器とも言えるが、魔球と呼ばれるような必殺の変化球もまた大きな魅力であることは間違いない。現在のプロ野球では千賀滉大(ソフトバンク)の“お化けフォーク”、山本由伸(オリックス)のカットボール、山崎康晃(DeNA)のツーシームなどが代表例といえるだろう。そして、高校野球の世界にもその時代を彩った変化球は存在している。そこで今回は甲子園で圧倒的な威力を発揮した必殺の変化球について振り返ってみたいと思う。

【写真特集】あの伝説のマネージャーも登場! 増刊『甲子園』の表紙を飾った美少女たち

 甲子園で活躍した投手ではまず桑田真澄(PL学園)を触れないわけにはいかないだろう。1年夏から5季連続出場を果たし、戦後最多となる通算20勝をマークして2度の優勝と準優勝を成し遂げた甲子園の歴史に残る大エースだ。その桑田の代名詞といえるボールが大きなカーブである。右バッターから見ると自分の頭に向かってくるような軌道から急激にブレーキがかかるため、初めてそのボールを見た打者は思わず上半身をのけぞらせることも少なくなかった。

 ちなみに桑田はプロ入り後のことを考えて投球術を磨くために、高校時代はカーブ以外の変化球を封印していたこともよく知られているが、その唯一の変化球がかなり高いレベルにあったことがこれだけの結果を残せた一因とも言えるだろう。

 桑田が甲子園に登場する2年前、同じカーブで甲子園を席巻したのが工藤公康(名古屋電気/現・愛工大名電)だ。ゆったりとしたフォームから繰り出す落差の大きいカーブを武器に、初戦の長崎西戦では16個の三振を奪うと同時に、金属バット導入後では初となるノーヒット・ノーランを達成。続く北陽戦では延長12回を21奪三振で1失点完投、準々決勝の志度商戦でも12奪三振で2安打完封と快投を見せてチームをベスト4に導いた。工藤本人は江夏豊(元阪神など)のフォームを参考にしていたと語っているが、その変化球のレベルも江夏に匹敵するものだった。

 1990年代になるとスライダーやフォークなどを操る投手が増えていくが、2000年夏には意外な背番号をつけた投手が意外な変化球を武器に大活躍を見せる。東海大浦安の背番号4をつけた浜名翔だ。チームは千葉大会の直前にエースの井上大輔が故障し、セカンドの浜名が急遽主戦となると、激戦区千葉を勝ち抜いて甲子園出場を果たす。そんな浜名の武器がサイド気味のスリークォーターから投げ込む鋭いシュートだった。初戦の延岡学園戦では神内靖(元ソフトバンクなど)との投手戦に2対1で投げ勝つと、日大豊山、横浜、育英を立て続けに破って決勝進出。最後は智弁和歌山の強打に屈して準優勝に終わったものの、小柄な背番号4をつけた投手のシュートはこの夏を彩るものだった。

 2000年代の甲子園で最も強烈な変化球を操った投手となると、やはり田中将大(駒大苫小牧)になるだろう。2年夏には150キロをマークして優勝投手となり、現在ではスプリットの印象が強くなったが、高校時代の田中の最大の武器は鋭く横に変化するスライダーだった。スライダーを投げるときは肘が下がるためフォームから判別しやすいという声もあったが、それでも思わず手が出てしまうだけの鋭い変化だった。田中を打ち崩さなければ優勝はできないと考えていた智弁和歌山の高嶋仁監督は、相当なスライダー対策をして駒大苫小牧との準決勝に臨んだが、それでもリリーフで登板した田中に抑え込まれて敗れている。それくらい分かっていても打てないという必殺のボールだった。

 2010年代では吉永健太朗(日大三)と松井裕樹(桐光学園)の二人が印象深い。吉永の操った魔球はシンカーだ。鋭く腕を振りながらも、一度“ふわっ”と浮いてから鋭くブレーキのかかるボールに腰がくだけたような空振りを喫する打者が多かった。ボールの軌道としては左投手の投げるカーブやスライダーのようで、そのボールを右投手が投げるというギャップが最大の特徴と言えるだろう。2011年の夏にはこのシンカーを武器に6試合中5試合を一人で投げ抜き、チームを10年ぶりの優勝に導いている。

 2012年夏、当時2年生だった松井が武器にしたのは鋭く縦に変化するスライダーだ。上背はないものの全身を使ったダイナミックなフォームから投げ込むスライダーに打者のバットをことごとく空を切り、初戦の今治西戦では大会新記録となる22奪三振をマーク。準々決勝で光星学院(現・八戸学院光星)に敗れたものの、4試合36回を投げて68奪三振と圧巻の数字を残している。田中のスライダーは横に滑るものだったが、松井のスライダーは縦の鋭く落ちる分、三振も多く奪うことができたと言えるだろう。

 直近では一昨年と昨年の夏に出場した林優樹(近江)のチェンジアップもなかなか強烈な印象を残すボールだった。残念ながら今年は春、夏ともに甲子園大会は中止となったが、2020年代も新しい魔球を操る好投手が出現してくることを期待したい。(文・西尾典文)

●西尾典文/1979年生まれ。愛知県出身。筑波大学大学院で野球の動作解析について研究。主に高校野球、大学野球、社会人野球を中心に年間300試合以上を現場で取材し、執筆活動を行っている。ドラフト情報を研究する団体「プロアマ野球研究所(PABBlab)」主任研究員。








    あなたにおすすめ

    ニュース設定