コロナ禍で大打撃のハワイ 日本との深いつながり

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2020年08月15日 07:00  AERA dot.

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写真ダニエル・K・イノウエ国際空港
ダニエル・K・イノウエ国際空港
 コロナ禍の影響で海外旅行はおろか、国内旅行でさえも行きにくい状況が続いている。以前の原稿で「寺社が自粛を続けることが正しいのか」と疑問を投げた筆者に対して「ステイホームしてればよい」というコメントがついていたが、それはきっと先行きの収入に不安のまったくない方のコメントだったのだろうと思う。日本でさえこのように考え方が二分されるのだから、ほぼ観光だけで生きているハワイのような地域の状況は惨憺たるものだ。未来があるのかもわからない。

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●ホノルル国際空港の現在の正式名称は

 ハワイ州は、2019年に史上初の訪問者数1000万人超えを達成した。昨年は明るい未来に地元は湧いていたのだ。もちろん、アメリカ本土からの観光客が半分以上を占めているが、日本からの旅客も全体の15%くらいはいて重要な収入源となっている。このハワイへの入り口となるオアフ島の国際空港は、17年にダニエル・K・イノウエ国際空港(Daniel K. Inouye International Airport)と名前を変えた。この名はもちろん、12年に亡くなった日系二世でアメリカ合衆国上院議員・ダニエル・K・イノウエ氏から付けられたものである。

●日系人だけの陸軍第100大隊

 明治時代に日本からハワイへ移民した両親のもと、ホノルルでダニエル氏は誕生した。ハワイ大学在学中に日本軍による真珠湾攻撃が行われた。ダニエル氏に限らず、アメリカで生まれた日系人たちはスパイの嫌疑を掛けられ、ある者は強制収容所に、ある者は逆に日本に対するスパイになり、そして多くがアメリカ軍の兵士として戦場に向かった。

 世界大戦の端緒となったこの頃のハワイは、すでに日本からの移民と日系人が多かったことから特に政府から厳しい目を向けられるようになり、米国への忠誠心を示すため、軍に志願する若者が後を絶たなかった。ハワイの日系人だけで組織された陸軍第100大隊はやがて、ダニエル氏も所属した有名な第442連隊戦闘団となり、特に戦闘が厳しかったヨーロッパ前線へ送られることになる。この第442連隊に関しては多くのドキュメンタリーなども作られているが、勇猛果敢な連隊としてアメリカ合衆国史上もっとも多くの勲章を受けた部隊として後世に名を残している。

●日系人たちの鮮烈な戦績

 ここで連隊の戦歴を詳しく紹介しないが、アメリカ人でありながら日系人差別の中で生き、それを跳ねのけるために命を賭した若者たちが、ローマ解放、フランス・ブリュイエール奪還、テキサス大隊の救出をはじめ、不可能と言われた戦地で勝利を挙げ続けた。その代償として1万人近くの死傷者を出し、上記ダニエル氏も片腕を失うことになる。それほどまでの戦歴をあげた日系人部隊の活躍が明らかにされたのは、ほんの数十年前のことだ。2つの祖国の間で、涙を流しながら戦いを続けた若者たちの記憶は、ホノルルにある「ハワイ・アーミー・ミュージアム(Hawaii Army Museum)」に残されている。日本人はほとんど訪れることはないが、日本にはいまや残っていないいくつもの戦争の記録が淡々と展示されている。

●削り取られた信仰の象徴

 以前、ハワイへは移民たちとともに日本の神社仏閣も海を渡った話をしたが、日本とアメリカの戦闘は信仰の自由さえも移民たちから奪い去った。日本から連れてきた神さまはすべて政府によって撤去され、信仰することを禁じられたのである。

 ハワイの日系人たちは、戦後数十年がすぎた頃、ようやく寺社の復活が認められ今に至っているが、その爪痕はしっかりと各所に残っている。写真はオアフ島にある「ハワイ金刀比羅神社」の鳥居の足だが、戦前、鳥居が撤去される前に銘を削り取られたのだ。鳥居を復活させる際、削り取られた部分を修復することも考えられたようだが、歴史の記録としてこのまま残しておくことにしたらしい。「福島県安… 昭和七年六月…」と微かに読めることにむしろ胸が痛む。

●移民たちの活躍はハワイの王の心さえも動かす

 ハワイがアメリカに併合されたのは1893年だが、正式な州に昇格したのは1959年のこと。それ以前は独立した王国であったが、イギリスやフランスが領有を宣言するなど列強の抗争に不安を感じていた当時のハワイの王・カラカウアは、明治天皇に連邦制や宮家との婚姻を提案している。すでに多くの移民がハワイで活躍しており(この頃はまだ違法に渡ハしていた人々)、日本に大きな期待を寄せていたとも言われてる。明治時代初期から、ハワイと日本には深いつながりがあったのである。

 わたしが見た米国制のドキュメンタリーの中で、沖縄から移民した日系二世が敵として兄弟やいとこたちと戦場で出会った─という話があった。アメリカ人として戦う選択を拒否して、帰国した日系人もたくさんいたためである(NO−NO−BOYと呼ばれたこちら側の人たちの人生もまた壮絶である)。強制収容所に送られた家族を助けるためスパイとなった日系人の話もあった。

 そんな複雑な歴史を編み込みながら、日本人はハワイを大好きな観光地として挙げ、ハワイの人たちは現地の日系人のすぐれた姿を日本人に重ね合わせている。果たしてわれわれ現代日本人はハワイの日系人のように尊敬されるに値するだろうか。ありがたいことに現地の観光業者の中には、コロナ禍からの復活工程の中で、日本からの観光客を最初に入れてほしいと要望を出してくれる人もいるという。世界から日本に寄せられる期待は大きいのである。明治時代のように、ハワイから差し出された手を突き放すようなことになるようなことだけは避けたいのだけれど。(文・写真:『東京のパワースポットを歩く』・鈴子)






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  • スパムおむすびや、醤油味の鮪刺身・ポキ等、ハワイ料理は美味い。
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