【毒親体験談】元・子どもたちの毒親育ちエピソードと“その後”を描いた実録漫画9選

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2020年08月28日 19:11  ダ・ヴィンチニュース

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毒親イメージ

 親は子を無条件で愛するもの。それが当たり前であると思われてきた。しかし世間では児童虐待のニュースが後を絶たない。最近では子どもに愛情を注ぐどころか、支配し、悪影響を及ぼす存在の「毒親」に注目が集まっている。

 渦中の子は親の毒に気づけず、自分を責めてしまう傾向があるようだ。毒親育ちの子は、大人になってからもその影響に苦しみ、自身がまた毒親のようになることも多いという。この負の連鎖を断ち切るには、どうすればいいのか。

 自分では客観視しづらい毒親との関係性。他の人の体験談を通してなら、自分が置かれた状況を冷静に振り返るきっかけになるかもしれない。

 そこで本稿では「毒親」に関するコミックエッセイ作品を紹介する。毒親のタイプや育てられた子の特徴、毒親と過ごした日々のエピソードなどをまとめて見ていこう。

【毒母あるある】親の毒に気づけない子どもたち『それでも親子でいなきゃいけないの?』

 毒親の特徴とはどんなものか。子にとって「毒」であると指摘される親の行動範囲はさまざまで、暴力、過干渉、性的虐待、ネグレクトなど多岐にわたる。はたから見れば大事に育てられているようでも、子をひとりの人格と認めず、親の価値観を押し付け、過度な管理や支配下におく毒親もいる。

「毒親」という言葉がまだ浸透していなかった2012年、母からの過干渉に悩み、その確執と葛藤を描いたデビュー作『母がしんどい』(KADOKAWA)が話題になった田房永子さん。彼女が上梓した『それでも親子でいなきゃいけないの?』(秋田書店)は、自分と同じように親子関係に苦しい思いを抱く人々の半生をエッセイ漫画化した作品である。

それでも親子でいなきゃいけないの?

 本作には田房永子さん自身の“その後”の母子関係を描いたコミックエッセイの他、強烈な毒親体験談が多数収録されている。家族構成や家庭環境は人それぞれ違うものの、毒親に育てられた子は親が「毒」になっていることに気づかず、知らないうちに「親のための人生」を歩んでいることも多いようだ。

母は「かわいそうな人」、だから娘も「いい思い」をしちゃダメ?

それでも親子でいなきゃいけないの?

 K子さん(26歳・医療系)は、心身の不調を相談するために受けたカウンセリングで「毒」となっていた母との関係を「見直したほうがいい」と言われる。しかしKさんは「問題なんかないんですけど」と突っぱねてしまう。

 夫からは無視をされ、戻った実家ではひとりで介護地獄を背負う母の姿を見てきたため、K子さんにとって母は「かわいそうな人」だったのである。

 K子さんの母は、彼女に恋人ができた際に祝福するどころか「裏切り者」「お母さんが大切なら彼氏なんか作らないはずだ」と激昂する。娘のK子さんが「いい思いをする」ことを、母は許せないのだ。

 客観的に考えれば、そんな母はおかしい、と思うだろう。普通の親であれば、娘の幸せは喜ばしいはずだ。しかしK子さんのように毒親育ちの子どもは「自分が悪い」「自分さえ我慢すればいい」と考えてしまうようだ。

それでも親子でいなきゃいけないの?

 本作は多種多様な毒親エピソードが掲載されているが、どれもコミカルタッチで描かれているため、読後に気分が落ちてしまう心配はない。母からの影響について悩んだり考えたりしている人たちが集まる「母あるある特別座談会」について描かれたページは、ほのぼのとしたムードも漂う。

“あるある”として描かれる毒母エピソードは、母との関係に疲れた人の中にためこまれた「毒」を吐き出してくれるかもしれない。

【母と娘の毒親エピソード】“女同士”の強烈な体験談を漫画化『うちの母ってヘンですか?』

 父と娘、母と息子など毒親と子の関係性はさまざまであるが、特に「母と娘」においては毒が強烈になることも多いという。女同士というのは、男性には理解しにくい歪んだ感情が渦巻きやすいのかもしれない。

『それでも親子でいなきゃいけないの?』『母がしんどい』と同じ著者・田房永子さんが描いたコミックエッセイ『うちの母ってヘンですか?』(秋田書店)。本作は、子の人生を私物化する母親を持つ女性たちの体験談を漫画化したものだ。

「生ゴミ」と呼んでくる毒母から娘が逃げることにしたきっかけとは

うちの母ってヘンですか?

 本作には13人の娘(内ひとりは男性)と“毒母”との壮絶なエピソードが収録されている。そのひとつに、ともこさん(32歳・OL)の体験談がある。

 幼い頃のともこさんは、何をしても母からビンタをされるのが基本。母は、ともこさんには容赦がないが、息子には甘いところもあったようだ。ともこさんがコタツに入っていると、母は息子(ともこさんの弟)に「あそこの生ゴミなんとかしてよー」と声をかける。実の娘を「生ゴミ」「捨ててきてよ」と言うのだ。

 ともこさんが大人になってからも、母の「毒」は変わらない。ともこさんが体調を崩すと、母は「アンタが悪いから病気になるんだ」と責め、なぜか薬を捨ててしまう。ある日、居間にいる両親を見て「殺す…」という感情が浮かんだともこさんは慌てて家を出て、そのまま6年以上両親に会っていないという。

過干渉の毒母からのストレスで拒食症、精神科にも通えず…

うちの母ってヘンですか?

 暴力や暴言だけが毒親の特徴というわけではない。さとこさん(51歳・看護師)の母は、子どものすべてを把握していないと気が済まない過干渉タイプの毒母であった。さとこさんが幼い頃から、母はさとこさんの部屋のゴミ箱の紙クズをすべてチェックしていた。

 さとこさんは強烈な恋愛禁止教育を受け、19歳になると母から次々とお見合いをさせられる。母の気迫と条件の厳しさになかなかお見合いが進まないのであるが、「アンタがやせてて見栄えが悪いから話が来ないじゃない!」と母はさとこさんを責めるようになる。

うちの母ってヘンですか?

 すでにストレスで拒食症だったさとこさん。母からすべて監視された生活で、精神科にもまともに通院できなくなったところで、家を出て母と距離を置くようになったそうだ。

 家出や逃げることには、親を捨てる、絶縁といったネガティブなイメージも一緒に浮かんでくる。そのため、子のほうが罪悪感を持ってしまうこともあるだろう。しかし自分の人生は、自分のもの。本作は、文字通り「毒」でしかない母親からは逃げ出していいのだ、とエールを送ってくれる1冊である。

【母と息子の毒親エピソード】毒母の愛を求めた息子の実録漫画『母さんがどんなに僕を嫌いでも』

 毒親体験談には「母と娘」のエピソードがかなり多い。しかし息子には親の「毒」が及びづらい、というわけではないようだ。「母と息子」の壮絶な毒親エピソードを実録漫画化したのが『新版 母さんがどんなに僕を嫌いでも』(歌川たいじ/KADOKAWA)である。

 本作は映画化もされており、著者の凄絶な生育歴と母親との確執を描ききった内容で多くの人の感動を呼んだ伝説的作品である。

どんなに酷い母でも嫌いになれない息子の毒親体験談

母さんがどんなに僕を嫌いでも

「きれいで人格者のお母さんの息子に生まれて、本当によかったわね」と近所のおばさんたちが口々に言うほど、著者(以下、たいじ)の母は美しい。しかしそんな母には、もうひとつの顔がある。たいじは母から死をも覚悟するほどの壮絶な虐待を受けていたのである。

 5歳の頃から母親からの暴力を受け、17歳で家出して職を得てからも過去の辛い体験に悩まされ続けるたいじ。母からの虐待は苛烈を極め、たいじは肉体的にも精神的にも追い詰められていた。

 しかし幼い頃のたいじは母のことが大好きで、どんな仕打ちを受けても、そんな母親からの愛情をずっと求め続けている。「毒」があるとはいえ、たいじにとって、愛を送ってほしい母親はこの世にひとりしかいない。

母さんがどんなに僕を嫌いでも

 母から受ける仕打ちは苛烈な内容であるが、血の繋がりはないものの、たいじを孫のように慈しむ「ばあちゃん」をはじめ、周囲の人たちの存在にたいじは救われる。たいじが自分の人生を歩み始めるなかで再び母と向き合うようになれたのも、周りの人たちの支えが大きかった。

毒親の末路、母もかつては「被害者」だったのか

 毒親とは向き合うより、逃げるほうがいいケースは多い。しかしたいじはどんなに酷くても、母のことを嫌いになれずにいる。これは母と息子という関係性も大きいのかもしれない。

 また本作はひとつの毒親の末路が描かれているといってもいい。実は母自身、傷を負う存在ということが明かされるのだ。

 親が発する「毒」は負の連鎖で引き継がれてきたものとも考えられる。もしも毒親への対処法があるとすれば、親の傷を知ることがひとつ、解決への手がかりになるのかもしれない。

【母と娘の毒親エピソード】毒親育ちが毒親に? 大人になった子の葛藤を描く実録漫画『母になるのがおそろしい』

 自分と子どもの親子関係は、自分とその親の親子関係ともつながることが多い。毒親に育てられ、親の愛を知らずに育った子どもが親になった時、我が子をきちんと愛することはできるのだろうか。

『母になるのがおそろしい』(ヤマダカナン/KADOKAWA)は、毒親育ちの著者によるノンフィクションコミックエッセイ。ネグレクトを受けて育った著者は、無意識下で自分も母のような母親になるのでは…という恐怖をもって大人になる。

母になるのがおそろしい

 本作は結婚3年目、のどかな日々を送っていた著者(以下、カナン)が、夫からの「そろそろ子ども、欲しくない?」という一言に激しく動揺するところから始まる。「母になるのがおそろしい」。男性依存症だった母と過ごした幼少時の忌まわしい記憶があるため、自分が出産して母親になる決心がつかないでいたのだ。

男性依存症の母と過ごした忌々しい幼少時代の記憶

母になるのがおそろしい

 カナンは母親と自分は違う人格であることを確かめるために、これまでの半生を振り返る。母とその浮気相手と3人でラブホテルに行ったこと、母の再婚相手から暴力を振るわれたこと、毎晩、隣の部屋から義父と母のあえぎ声が聞こえること――語られるカナンの幼少期は悲惨である。

 実の母との忌々しい記憶は呪いのように、大人になったカナンを苦しめる。毒親の「毒」は子が物理的に離れ、成長したあとでも影響し続けることが多いのだ。

 残念ながら、実の子を愛せない母親はいる。そもそもすべての女性が子を産んで、母親にならなければいけないわけではない。また、夫や周囲からサポートを得られるかどうかも重要である。

母になるのがおそろしい

 本作のカナンは夫となら…と「母親になる」ことを決意する。しかし出産後も不安は尽きない。「良い母親になろう」と頑張るほど、巷の母親像にがんじがらめになり、精神的に追い詰められてしまったことも本作に描かれている。

 しかし毒親育ちでなくとも、出産してすぐに「いい母親」になることは難しい。母親だって、子どもと一緒に少しずつ成長していくものなのだ。自分の過去を見つめなおし、人としても母としても少しずつ成長して強くなるカナンの姿は、毒親育ちの呪縛に苦しむ人を励ましてくれるだろう。

【祖母と孫の毒親エピソード】毒祖母の内面も描くコミックエッセイ『母親に捨てられて残された子どもの話』

 毒親が父もしくは母であるとは限らない。同居中の祖母が毒になることもある。

『母親に捨てられて残された子どもの話』(菊屋きく子/KADOKAWA)は、支配的な祖母と無関心な父親と3人で暮らし、愛情を知らずに育った子どもの葛藤と成長を描いたコミックエッセイである。

 物心ついた時には母親がおらず、父親と祖母に育てられた娘のゆき。3人での暮らしに家庭のぬくもりなどはなく、いつもひとりで孤独だったという。

母親に捨てられて残された子どもの話

 祖母はいつもピリピリしていて、外では笑顔を向けてくれるものの、ゆきと1度も手を繋いでくれたことはない。祖母はどんな小さなミスでも、ゆきを大声で怒鳴った。父は仕事が忙しく、ゆきとほとんど会話しない。

毒祖母の言いなりで、自分の意見をはっきり言えない

母親に捨てられて残された子どもの話

 本作には、こんなエピソードがある。ゆきが中学生になり、父がくることを淡く期待していた三者面談に、祖母が現れた時のことだ。ゆきの人格を否定し、勝手に進路を押し付けてくる祖母に対し、担任教師は「この年で相手のことまで思いやれるというのはなかなかありません」「もっと自分の意見を言っていいんだよ」とゆきを優しく肯定する。しかしそれがおもしろくなかった祖母は、帰り道でゆきを怒鳴りつける。

母親に捨てられて残された子どもの話

 さらに中学3年生になり、ゆきが初潮を迎えた時のこと。保健室の養護教諭が「おめでとう」とほほ笑んだのに対して、祖母はあからさまな嫌悪感を示す。この頃から、ゆきは徐々に母親に想いを馳せるようになるが、祖母の勘違いから母に関する衝撃の事実を知らされる――。

 父からは望んだ愛情をもらえず、祖母からは憎しみに近い感情をぶつけられて過ごしたゆき。そんなふたりに「どうして私にはお母さんがいないの?」と聞くこともできず、中学生になってもゆきは自分の意見をはっきりと言えず、祖母の言いなりになっていた。

 ゆきの三者面談をおこなった教師は「確かに家庭環境が性格に与える影響は大きい」という。ゆきの控えめで、自分の意見をはっきり言えない性格は、毒親に支配されて育った子の特徴といえるだろう。

祖母はいかにして「毒」を持ったのか

 毒親に育てられるとはどういうことか。なぜ家庭は歪んでしまうのか。そのひとつの答えが、本作で浮かび上がる。本作はゆきの中学時代、支配的・暴力的な“毒祖母”との関係を中心に描かれているが、後半に「父の回想」「祖母の告白」というエピソードが含まれている。

 ゆきや妻のために必死で働いていたつもりなのに、上手くいかなくなってしまったという父。1度は孫のゆきを愛そうと努力したけど無理だったという祖母。彼らの心のうちを知ったところで、ゆきへの仕打ちが許されるわけではない。しかし彼らの弱さを知ることは、毒親の恐怖から子を解放する側面もあるのではないだろうか。

 得体の知れないものに立ち向かうのは恐ろしい。離れたあとも、その影に怯えて過ごす。必ずしも毒親と和解したり、理解したりする必要はないが、どうしても彼らの呪縛から逃れられないと苦しい時は、毒親を“知る”ことが過去を断ち切る手助けとなるのかもしれない。

【父と娘の毒親エピソード】実録アルコール依存エッセイ『酔うと化け物になる父がつらい』

『酔うと化け物になる父がつらい』(菊池真理子/秋田書店)は、大人になった著者がアルコール外来の取材をきっかけに「父は、アルコールによって壊れたのかも」「自分の家族はおかしかった」と気づいたことで生まれたノンフィクション作品。中学生になる頃には母が自殺、父の酒癖の悪さに振り回され続けた著者が、幼少期から今にいたるまでを赤裸々に実録漫画化している。

思い出の父はいつも酔っぱらい、自殺した母は“召使い”

酔うと化け物になる父がつらい

 著者の人生最初の記憶は、夜寝ていると酔っぱらった父親からめちゃくちゃに顔を撫でられ起こされたこと。お花見に出かけた先で恥ずかしいくらい大声でがなる父、朝まで友人と麻雀をして、プールに行く約束を守ってくれなかった父――、著者が思い出す父はいつも酔っぱらっている。

 シラフの時の父は無口で大人しいが、酒を飲むと豹変して手が付けられなくなるのだ。子どもの頃はそんな父が怖くて、著者は母を置き去りにして、妹と自分の部屋に引きこもっていたという。

 著者から見た母は、父の召使いや酔っぱらった時の介護人。母は宗教に救いを求めるが、精神が安らぐことはなく、著者が中学2年の時に自殺する。

酔うと化け物になる父がつらい

 母の死後、1カ月もしないうちに、父は再び酒を飲み始める。突然化け物になる父と、どう向き合えばいいのか分からない著者。本当は関わりたくないけれど、酔った父はストーブに頭をぶつけたり、湯船に頭を突っ込んで眠ったり…「関わらないとこの化け物は死んでしまう」と感じるようになる。

アルコール依存の毒父を嫌いになれない娘の心境とは

酔うと化け物になる父がつらい

 改めて毒親とは、子どもの成長に悪影響を与える存在を指す。本作は酒に溺れた父との暮らしのなかで、自分の心を見失った著者の経験が描かれている。本作で注目すべき点は、毒であるはずの父を、著者はどうしても嫌いになれないことだ。

 漫画家デビューが決まった時、著者は酔った父から「応援する!」と前向きな言葉を受け取る。こうした酔った父がイヤじゃない日が、時々プレゼントのようにやってくるのだ。

酔うと化け物になる父がつらい

 また、著者は無意識に自分が父みたいな人をかっこいいと思っていることに気づいてしまう。穏やかで、酒やタバコをやらない男性を見ても「つまらない」「男のくせに」とひどいことを思ってしまうのだ。著者は父のように酒を飲み、高圧的に振る舞う男性を恋人に選んでしまう――。

 父の存在が、確実に著者の未来にまで影を落としている。しかし嫌いにはなれない著者の複雑な心境に、共感を覚える人は多いだろう。毒親が子の成長にどんな影響を与えるのか、客観的に考えられる実録作品である。

【父と息子の毒親エピソード】毒親から生還した元・子どもたちを描く実録漫画『毒親サバイバル』

 毒親から生還した有名無名11人の赤裸々な体験談をコミック化した『毒親サバイバル』(菊池真理子/KADOKAWA)。本作は、アルコール依存症の父親との顛末を描いた『酔うと化け物になる父がつらい』の著者が毒親育ちの人を取材し、コミックエッセイとしてまとめた作品である。

 アルコール依存症の親、暴言と暴力の親、価値観を一方的に押し付ける親、お金をむしりとる親、無関心な親…。著者を含む、有名無名の11人が親から受けた傷はそれぞれ違う。自分が親と同じ道を選ばないために、全力で“サバイバル”してきた11人の体験談は、毒親の呪縛から逃れるヒントになるだろう。

肉体的に勝るようになっても息子が父から受けた毒の影響は消えず…

毒親サバイバル

 本作には体験談としてはあまり上がってこない「父と息子」の毒親エピソードがある。ライターの成田全さんは幼い頃、教科書や遠足代など学校生活に必要なお金でも、父に正座で頼みこまなければならなかったという。

 成田さんは父から褒められたことは1度もなく、とにかく否定されてきた。幼い頃は手を出されることもあったが、成長するにつれ肉体的には成田さんが父に勝るようになり、殴られることはなくなったそうだ。

毒親サバイバル

 成田さんが就職すると、両親は離婚する。母も父の態度にずっと我慢してきたのだ。父のいない生活に安心したのもつかの間、父に否定され続けてきた成田さんは職場で人に褒められても「おべっか使って仕事押し付けるのか…?」と素直に気持ちを受け取れないでいた。

 人からの良い評価や感謝を素直に受け止めることができないという毒父の影響は残っていたものの、楽しそうに仕事をしている人たちの姿に影響を受け、成田さんもやりがいのある仕事に飛び込んでいく。

毒親育ちから毒親に悩む人へのエール「捨てちゃいけないのは自分の人生」

毒親サバイバル

 親に苦しむ子どもたちのほとんどは「家族ってこんなもの」「これが当たり前」と思いながら、親の毒に気づいていない。そしてさすがにヘンだと気づき、親と距離を置ける大人になってからも、目に見えない「毒」に悩まされ続けるケースは多いようだ。

 毒親から生還した成田さんのエピソードの締めくくりには、こうある。

世間には人生を楽しんでる人がたくさんいて
楽しんでいいってことも教わりました
だからそうじゃない親の言うことは聞かなくていいし捨てたっていい
捨てちゃいけないのは自分の人生のほうです

 成田さんのなかにある生きづらさのようなものは、父が死んだ今でも、多少は残っているそうだ。しかし時間をかけて少しずつ、自分に自信がついてきているともいう。

 毒親から生還した彼らのエピソードから、傷を負い続けず「自分の人生を生きる」ヒントを探してみてはどうだろう。

【汚屋敷に住む毒母】絶縁もできないヤバイ母との実録漫画『母を片づけたい』

『母を片づけたい〜汚屋敷で育った私の自分育て直し〜』(高嶋あがさ/竹書房)は「毒親ぶり」に加えて、「家の中が汚なすぎる汚屋敷住人」である実母とのエピソードを漫画化した作品。家の中にも、娘の心にもゴミをため込む毒母と決別し、著者が自分なりの片づけ方法を見つけるまでを描く。

母を片づけたい

 著者の家庭は家中をゴキブリが歩き回り、食卓には賞味期限を無視したサイコロステーキ。幼少時はいつも同じ服を着て過ごし、頼みの綱である学校給食が絶たれていた夏休み明けの弟は栄養失調でガリガリに…。

 本作では汚屋敷住人としても、親としても常識が通じない毒母に、著者が苦しめられたエピソードが多数紹介されている。たとえば家を片づけようとすると「勝手に捨てるな!」と激昂されるのは当たり前。別居をした後も週に1度は著者に会いに来て、延々と愚痴を聞かせる。著者の成長や成功をひがみ、暴力を振るう。親の性のことをあけすけに聞かせるなど、さまざまな毒を著者に吐きかける。

 母の異常性やキレると何をするか分からない性格から、著者は今も絶縁をせず、別居するにとどまっているそうだ。

「自分も母と同じ道を辿るのでは…」という娘の恐怖、その対処法は?

母を片づけたい

 離れて暮らすようになった後でも、毒母の影響がすべて消えたわけではない。そのような環境で育った著者自身、片づけやキレイの状態が分からず成長してしまったのだ。自身の収納下手に直面して、自分も母と同じ道を辿るのでは…と恐怖にとらわれることもあったという。

 本作はそんな悩みに対策を打つべく、著者が試行錯誤しながら自分らしい「片づけかた」を学んでいくという内容にもなっている。小さなゴキブリが入り込んだご飯や、外から見えないようにカーテンを閉め切って暴力を振るいだす母など、幼少期のエピソードは壮絶であるが、全体的にコメディチックに描かれているため、重くなり過ぎずに読める。

 子どもは生まれる環境や親を選べないため、毒親&汚屋敷住人の母親がいることはどうしようもない。しかし著者が自分の収納下手と向き合い、自分らしい片づけ方法を探していく姿は、親は変えられなくても、自分の人生はよい方向に変えられるということを教えてくれる。

 親と子の人生は、まったくの別物なのである。

【毒家族から逃げ出した娘の体験談】家族に苦しむ人へおくる“解毒”コミックエッセイ『ゆがみちゃん』

『ゆがみちゃん 毒家族からの脱出コミックエッセイ』(原わた/KADOKAWA メディアファクトリー)は、著者の毒家族との壮絶な体験を漫画化した作品。家族に苦しむ人へおくる“解毒”コミックエッセイである。

 罵倒や暴力によって、わが子をコントロールする父、兄妹を徹底的に差別し、娘の人格を否定し続ける母、新興宗教を家族に強要する祖母、大人のいない場所で妹をいじめる兄――、著者で本作の主人公・ゆがみちゃんは「毒家族」が支配する家で育つ。

可愛がられて育ったはずの兄はギャンブルに溺れ…

ゆがみちゃん

 本作では毒親エピソードに加え、兄と妹・ゆがみちゃんの複雑な関係性も描かれる。ゆがみちゃんと違い、兄は母や祖母から可愛がられ、甘やかされながら育てられた。

 しかしそんな兄は高校に馴染めず休みがちになったり、働かず親からのお小遣いでギャンブルにのめり込んだりする。さらに兄は嫌なことがあると、妹であるゆがみちゃんに八つ当たりをし、暴力を振るって発散しようとする。ゆがみちゃんとは違い、母から甘やかされて育ったはずの兄であるが、心はぐちゃぐちゃに歪んでしまったのだ。

 ゆがみちゃんにとっては兄も毒家族の一員であるが、やはり兄もまた毒親の被害者といえるのかもしれない。

離れて暮らしても「毒親」に苦しめられる毎日、それを救った“1冊”との出会い

ゆがみちゃん

 10代で自殺しようとまで追い詰められたゆがみちゃん。しかし父から「この家から出ていけ!」と何度も怒鳴られ、ある日「もう出ていけばいいのでは」と気づく。コツコツと貯金して、毒家族のいない地でひとり働き出すと、世の中にはいろんな人がいて、嫌な人ばかりじゃないと感じられるようになる。はじめて「毎日楽しい」と思える日々がやってきたのだ。

 しかしそばにいなくても、親の毒はまだまだ抜けない。結婚の障壁になったり、電話先で「殺す」と父から怒鳴られたりして、ゆがみちゃんは精神的に不安定になっていく。そして彼に八つ当たりをする自分の姿が「大嫌いなあの親たちと同じではないか」と気づいてショックを受ける。

ゆがみちゃん

「頭がおかしい」といわれて育ったゆがみちゃんは、精神科や心療内科への通院に抵抗感が強い。彼女の転機は、書店で見かけた『母がしんどい』(田房永子/KADOKAWA)だった。

 本稿でも紹介したとおり『母がしんどい』は世に毒親という言葉を広めるきっかけになった1冊である。ゆがみちゃんは「なんでこんなに同じなんだろう」と涙があふれだし、最後まで読むと心の歪みが消えていくような感覚になったという。

 毒家族や「それでもあなたの親なんだから」といった一般論に苦しめられてきたゆがみちゃん。これまでの自分を振り返ってみると、そんなに大したことはないと思いこんで、自分の感情にフタをしていたことに気づく。

ゆがみちゃん

 こうして自分の体験談がもしかして誰かの役に立つかも、と生まれたのが本作である。本作を作ることで、ゆがみちゃんは改めて自身を振り返る結果となり、「自分は自分」という意味をきちんと理解できるようにもなったそうだ。

 ゆがみちゃんをはじめ、本稿で紹介してきた実録漫画の子どもたちの前には毒親とは別に、何度も「一般論」が立ちふさがり、彼らを苦しめる。そんなに酷い親なら逃げればいいというくせに、「でもやっぱり家族」「親孝行しなきゃ」と親を避ける子のほうがおかしいように言うのである。

『母がしんどい』を読んで、ゆがみちゃんの目に涙があふれたのは、こうした「一般論」という呪縛から解放された側面も大きいだろう。他の人の体験談を知ることが、自分の中にたまっていたものを“解毒”したのである。

 本稿では母と娘をはじめ、父と息子、祖母と孫などさまざまな関係性においての毒親エピソードを取り上げた。自分が置かれている状況に近い体験談を読んでみることで、知らずに親から受けていた「毒」に気づけることもあるだろう。

 毒親問題は、子の我慢だけでは解決しない。毒親から解放され自分らしく生きるための一歩として、元・子どもたちの体験談に耳を傾けてみてほしい。


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