将棋界に現れた天才少女は女性差別にも立ち向かうーー『龍と苺』が描く、命を賭けた戦いの熱さ

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2020年09月04日 08:01  リアルサウンド

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 芥川賞と直木賞を女子高生が同時に受賞するという、前代未聞の出来事を漫画『響〜小説家になる方法〜』で描き、マンガ大賞2017に輝いた柳本光晴が、8月18日発売の新刊で、またしても前代未聞に挑んでいる。14歳の女子中学生が、未だかつて女性のプロ棋士が現れていない将棋の世界で最強を目指す漫画『龍と苺(1)』だ。


 クラスメートにいじめを繰り返していた男子生徒を、椅子で殴り倒した14歳の女子中学生、藍田苺。元校長で、今はスクールカウンセラーをしている宮村は面談に当たって、何かをしながらの方が理由を話しやすいだろうと、苺を将棋に誘う。このとき苺は、金や銀の動かし方どころか、駒の並べ方すら知らない将棋のド素人だった。ところが、少し教わっただけで将棋の根本を理解して、熟達者の宮村を追い詰めていく。


 あの藤井聡太二冠は、5歳の夏に将棋のルールを教わって、秋には祖父に勝てるようになったというから、苺が超天才ならあり得る話かもしれない。もっとも苺は、同じ列に歩を2枚置いてはいけないルールを知らず、反則負けを喫してしまう。自分から勝負に命を賭けようと提案していたため、苺は宮村の言うことを聞く羽目となり、市内で開かれた将棋大会に参加させられる。


 そこで、苺を激高させる出来事が起こる。対局相手の男たちが、誰も彼も苺を女だからと見下してバカにした。「女ゆうのは頭使うのに向いていないんや」と言い放つ対局者も現れた。公の場で政治家が口にすれば、謝罪では済まず辞職に追い込まれそうな暴言が飛び交うくらい、女性というだけでさげすまれている。なぜなのか。現実でもプロと呼ばれる四段以上の棋士になった女性が、今まで一人も出ていないからだ。


 棋戦の中継に解説役として登場する女性の棋士は、厳密には藤井二冠や羽生善治九段のようなプロ棋士ではなく、女流棋士と呼ばれるカテゴリーに属している。目下最強と言われる里見香奈女流四冠も女流棋士で、タイトルはすべて女流棋戦のもの。ときに女流棋士が男性のプロ棋士を破ることがあっても、基本的にはプロ棋士はもちろん、プロ棋士を目指して奨励会という場所で戦っている子どもたちにすら女性は及ばない。そう見なされている。


 だから苺は戦うことにした。プロ棋士が相手でも絶対に負けないくらい、強くなろうと決意した。ここから始まる物語には、天才が生まれ持った才能で強敵を蹴散らしていくという面白みがある。準決勝で元奨励会の男性を破り、決勝では棋界最高峰の名人位にあるプロ棋士が父親の女子中学生、大鷹月子を投了に追い込む苺の天才ぶりに惚れ惚れとする。


 それに加えて、というよりむしろ『龍と苺』には、14歳の女子中学生が、男尊女卑とも言える偏見や蔑視に敢然と挑み、突破していく革命にも似た熱気が満ちている。


 型破りの天才による攪乱の物語だったら、『響〜小説家になる方法〜』ですでに描かれている。藤井二冠というフィクションを超える存在が現実が現れている状況で、将棋の若き天才が勝ち抜いていく部分だけでは意外性にも欠ける。『龍と苺』は、「原始女性は太陽であった」の昔から、ウーマンリブなり、男女雇用機会均等法なり、MeTooなりといった運動を経てもなお残る女性への偏見が、読者の怒りを誘い物語へと引きずり込む。


 それにしても、将棋界には本当に今も旧態依然とした考え方が残っているのだろうか。『龍と苺』は、プロ棋士を目指す者たちが戦う奨励会で、対局に負けた女性棋士に向かって男たちが、「まあしょせん女か」「男とは脳の作りが違うんだろ」「頭使うのに向いてないんだろーな」と悪口を浴びせる場面から始まっている。事実だったら余りにも酷い。


 さすがに、表だって言う人はいないかもしれない。月子を見に来ていたプロ棋士の伊鶴航大八段は、月子が弱いのは覚悟が足りていないからだと言って、女性だからとは見下さない。ただ、月子が父親に奨励会入りを反対されているのは、どこかに女性の将力に対する懐疑があるからだろう。男性でも厳しい世界に来てほしくないという親心かもしれないが、それでも月子の思いを見下している。


 高校2年生で女流棋士初段の早乙女香を主人公に、『ビッグコミックスペリオール』で連載されているくずしろの漫画で、3巻まで発売中の『永世乙女の戦い方』にも、女性への偏見が描かれる。女子中学生ながら奨励会で戦っている須賀田空二段が、将棋道場で見かけた香を「将棋コンパニオン」呼ばわりする。同じ女性に言わせているとはいえ、須賀田二段が男性ばかりの奨励会で受けている圧力の強さがうかがえなくもない。


 藤井二冠の登場でフィクションに追いつかれ、追い越されたと評判になった白鳥士郎のライトノベル『りゅうおうのおしごと!』シリーズでも、釈迦堂里奈という4つの永世位を持った最強の女流棋士が、女性への偏見に遭ってきたことを告白する。女流棋士の羨望と期待を一身に背負う彼女が、相次いで女性のプロ棋士が誕生すれば、結果として女流棋士制度がなくなっても構わないと言うのは、弱いと見なされる偏見を覆したいとの強い思いからだろう。



 『りゅうおうのおしごと!』では、空銀子という16歳の少女が、フィクションとはいえ史上初の女性プロ棋士四段になった。現実では、奨励会の三段リーグで戦う西山朋佳三段が、あと少しのところまで迫っている。こうした潮流に、『龍と苺』の作中で、命を賭けて将棋に向かう苺の熱さが加わって、分厚い壁をぶちこわすエネルギーを生み出しそう。


 この物語は、プロ棋士を目指す将棋女性たちに、ガラスの天井に阻まれ続けているすべての女性たちに、差別と偏見に苦しめられ涙しているすべての人たちに、強い力を与えるはずだ。


■タニグチリウイチ
愛知県生まれ、書評家・ライター。ライトノベルを中心に『SFマガジン』『ミステリマガジン』で書評を執筆、本の雑誌社『おすすめ文庫王国』でもライトノベルのベスト10を紹介。文庫解説では越谷オサム『いとみち』3部作をすべて担当。小学館の『漫画家本』シリーズに細野不二彦、一ノ関圭、小山ゆうらの作品評を執筆。2019年3月まで勤務していた新聞社ではアニメやゲームの記事を良く手がけ、退職後もアニメや映画の監督インタビュー、エンタメ系イベントのリポートなどを各所に執筆。 


■書籍情報
『龍と苺(1)』(『週刊少年サンデー』連載)
著者:柳本光晴
出版社:小学館
https://websunday.net/rensai/ryutoichigo/


このニュースに関するつぶやき

  • サンデーの将棋マンガですね。なかなか面白い
    • イイネ!2
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