目指すのは高校、大学での活躍。「育てる野球」に徹する同志社香里中学準硬式野球部・石塚真也監督

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2020年09月07日 12:00  ベースボールキング

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同志社香里中学準硬式野球部の石塚真也監督は、着任して9年目。多分に漏れず新型コロナ禍で、今季は大幅にスケジュールが狂ってしまった。石塚監督は何を考え、どんな手を打ったのだろうか?



ずっと同志社で野球に携わる
「小学校でソフトボールを始めました。中学で同志社香里に入って準硬式野球、そのまま高校で硬式野球、ポジションは捕手でした。大学も同志社で硬式野球をしていました。卒業後は、教師として同志社香里中学に赴任しました。つまりずっと同志社ですね。社会科を教えています」

準硬式野球は中体連に所属、大阪府下では50校くらいが加盟しているという。

「学校数は徐々に減っていますね。毎年トーナメントの大会がありますが、今年はイレギュラーな形式で、代替大会が行われることになっています」

石塚監督の指導方針は、どういうものだろうか?

「同志社香里のいいところは、中高一貫校だということですね。僕も中学から大学までずっと同志社で野球をやりましたが、6年、あるいは10年を見据えて子供たちを育成できるのがいいですね。
まず、中学校では野球を好きになってもらうこと。そして高校、大学で活躍する選手を育てたいですね。
痛感するのは『勝つことと育てることの違い』です。
周りの中学校のチームは、バントや盗塁をたくさん用います。あまり上手でないチームはそれをやられるとミスが出るので、それで勝つことが多いんです。
うちで預かった子は、高校大学で活躍してほしいという思いがあるので、バントはできるだけなくして、打つ走る中心です。そういう形で、先で活躍できるための土台を作れたらなあ、と思っています」

投手の投球についてはどう考えているのだろうか?

「投げ過ぎについては意識していますが、もともと大阪府の準硬式チームは50数校しかないので、過密なスケジュールにはなりません。
でもなるべく連投をなくしたり、たくさんの選手に投手の経験をさせたりすることを心がけています」


ボールに慣れるところから
同志社香里中学にはどんな生徒が入ってくるのか?

「みんな中学入試で入ってきます。勉強で入学する子ばかりです。小学校時代に野球経験があっても、6年生は受験勉強でやっていない子がほとんどです。また半分くらいはお父さんとキャッチボールをしたことがある程度の全くの初心者です。
各学年10人くらいですが、個々の実力差は結構ありますね。
準硬式球は硬式球とほぼ同じ重さですし、結構危険です。初心者はテニスボールを使うなどして、ボールに慣れるところから始めます。
準硬式を経験していると、硬式野球への移行はスムーズですね。選手のうち98%くらいは同志社大学に進みますが、硬式野球をするのは高校で10人くらい、大学では2、3人でしょう」

練習時間はどのくらい?

「学校の授業があるときは、16時過ぎから18時まで。18時半には全員が下校します。
土日の練習も2時間で完結するようにしています。
昔はもっと長くやっていたのですが、効率が良くないので“2時間をうまく使ってやろう”と言っています。
同志社大学硬式野球部員で、将来教員を志望する学生がコーチとしてサポートしています。
僕はノックは効率が悪いと思っているので、試合形式でバッターが打ってその打球を処理する練習を多くやっています。
少年野球を経験していない子が多いので、より実戦形式に近い練習にしています」

先が全く見えなかった新型コロナ禍
新型コロナ禍では、どういう状況だったのか?

「4月から練習できていませんでした。大学生が間に入ってくれて、僕と大学生と子供たちのグループラインを組んで、動画でバッティングを指導したり、シャドーピッチングなどもしました。質問も大学生が受けましたが、彼らが返しきれないときに僕が返すようにしていました。
しかし、先が全く見えなかったので、5月のゴールデンウィーク明けから再開に向けて、Googleフォームを活用して活動報告をしてもらいました。
“今日は一日勉強をしていました”“家の手伝いをしていました”などの報告、そして今日一日で何を学んだかを書いて、今日学んだフレーズなどを毎日1個ずつ上げていくことにしました。モチベーションは個人差がありました。この仕組みをうまく使えていろいろ学べた子と、惰性的にやってしまった子。一覧にすると余計に際立ちますね。そして6月の3週目から、練習を再開しました」

前述のとおり、中体連準硬式野球は、大会がなくなって代替大会になった。

「8月15日に対外試合が解禁となり、22日から練習試合がようやくできるようになりました。でも例年に比べれば相当遅れていますね。
うちの中学は経験を積む場とみなしています。今年の3年生は春夏の大会を経験できなかったので、3年生を中心に経験を積ませたいと思っています。
大会は、トーナメント枠を決めるためのリーグ戦から始まります。うちは北河内地区の4チームのリーグ戦3試合を戦って、トーナメントに進みます。5〜6試合はできると思います。
メンバーは実力で選考しますが、かといって1打席、1イニングも出られない子を作るのは違うかな、と思っています」


同級生、巨人・小林誠司選手から学んだもの


石塚監督は、同志社大学硬式野球部では、現巨人の小林誠司選手とチームメイトだった。
小林選手は広陵高校時代、現広島の野村雄介党首とバッテリーを組み、春の甲子園でベスト8、夏は準優勝という輝かしい実績を引っ提げて同志社に進んだ。

「僕も捕手でしたが、小林君がいたので大学ではファーストに転向しました。小林君がキャプテンで、僕が副キャプテンでした。
小林君と一緒に寮生活をしていて痛感したのは、彼は本当に練習をよくしたということです。それも、彼は言われたからやっていたのではなく、自分がうまくなりたい、進化したいという気持ちで練習をしていました。そういう気持ちが大事なんじゃないでしょうか。
その原動力は“野球が好き”だから。野球は好きなら、勝手に練習するんだな、と思いました。
それに彼は、道具も大切にしていました。道具を磨くのも彼の日々のルーティンになっていました。
今も選手たちに“小林君はこんな風にやっていたよ”と話しています」

日々を大切にしてほしい
秋以降はどんな指導をしていくのだろうか?

「昨年は、秋にたくさん練習試合や紅白戦をこなしました。秋から冬までいろんな子がいろんなポジションを守って経験値を高め、力を付けました。今年もできるだけ試合数をこなしていきたいですね。
代替大会はトーナメントまで勝ち進めば、10月になります。3年生はそこまで引退しません。うちは高校受験がないので、引退が伸びても3年生への影響はありませんが、その分、秋になっても2年生が3年生に甘えているのは、ちょっと問題ですね。
僕はドミニカ共和国の野球を視察して、生徒と指導者がお互いをリスペクトする関係が素晴らしいと思いました。うちもそういう関係で行きたいと思います。

今年は当たり前のものが当たり前じゃなくなる経験をしました。選手たちにはそれだけに、日々を大切にしてほしいと思いますね」(取材・文・写真:濱岡章文)
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