私の成長はどうでもいい。全ては事業のために。上野千紘がサイバーエージェントのPMとして活躍するまで

0

2020年09月17日 12:00  CAREER HACK

  • チェックする
  • つぶやく
  • 日記を書く

CAREER HACK

写真インターネット業界で働く若手PM(プロダクトマネージャー)を応援!  みんなどう勉強してる? 先輩が歩んできたキャリアって? 理想のロールモデルは? サイバーエージェントの上野千紘さんにキャリアを振り返りつつ、新人時代に大切にしてきたことを伺いました。
インターネット業界で働く若手PM(プロダクトマネージャー)を応援! みんなどう勉強してる? 先輩が歩んできたキャリアって? 理想のロールモデルは? サイバーエージェントの上野千紘さんにキャリアを振り返りつつ、新人時代に大切にしてきたことを伺いました。

※キャリアハック人気連載『PM1年目の教科書』スピンオフ企画、オンラインイベント『PMお悩み相談室』よりお届けします。キャリアハック主催『PMお悩み相談室』参加に興味がある方は、ぜひこちらからメンバーになってください!次回開催時にお知らせをお送りさせていただきます。

「新サービスを作りたい」と発信し続けた新人時代

+++

もともとサイバーエージェントには「新しいサービスを作りたい」と思い、入社しました。ただ、学生の頃は特段Webに詳しいわけでもなくて。言うだけはタダなので「新しいサービスを作りたい」を言い続けていたんです。そういう前のめりのスタンスを認めてくれる会社でもあるんですよね。

配属先も一切迷わず、メディアやゲームのプロダクト作りに近い部署を志望していました。営業にはいかず、最初からPMやディレクターに近しいところで働きたい、と。

サイバーエージェントって「事業プランコンテスト」が活発にあって。とくに、私が入社した年は会社として「スマートフォンのサービスを100個作ろう!」を目標に掲げていました。事業プランコンテストに出したことをきっかけに、「新規サービスのほうに進んでみる?」と社長の藤田にも言ってもらえたんですよね。

そこから自分で提案したサービスをやらせてもらったのが、1年目の終わりくらい。とにかくがむしゃらにやってましたね。

どうやってサービス作るかはもちろん、アプリとWebの細かい違いもよくわかっていなかったです(笑)記憶があいまいなところも多いですが、とにかく会社の、いろんな人に聞きまくりながらやっていましたね。

「私の成長」はどうでもいい

お陰で、最初の2年くらいは、自分自身が成長したら、プロダクトも成長するみたいな状態でした。ただ、3年目のときに、「あ、私って2年間やってきたけど、何自分成長してんだろう?」みたいな感じに陥って。俗に言う「3年目の罠」です(笑)。

というのも、当時新規事業の立ち上げをしていたんですが、それが全然うまくいかなくて。

当時、「大学生向けのクローズドなコミュニティサービス」を作ろうとしていたんですね。大学生のなかでも、とくにカースト上位にいるような子たちがクローズドで集まって「そのサービスに招待されると嬉しい」みたいなものを想定していました。

大学に行き、イケてる大学生のインタビューもしました。私もチームメンバーも毎日夜遅くまで働いて、ユーザーをかき集めたんですけど活性化せず…すごい頑張って働いているのに、誰も幸せじゃない、みたいな状況でした。

なのに、当時の私は「自分で解決しなきゃ」「自分ひとりで成長しなきゃ」と思いすぎて周りのメンバーに相談できなかった。それが、キャリアグラフの3年目で一番下っているところですね。5月のところ。その時に、1ヶ月くらい休職したんですよね。ゆっくり自分に向き合って気づいたんです。

私、自分の成長のことばっかり考えていたんですよね。「みんな、自分の成長のことばっかり考えてる人と働きたくないよなぁ」って。大事なのは、事業成長に結びつくか、結びつかないか。私の成長はどうでもいいなって思えたんです。そこからは、「事業成長+プロダクトのためにやれることやってみようかな、失うものもないし」と思えるようになった。これが、一番のターニングポイントでした。

「プロダクトを通じてで私はどんな成長ができるんだろう、なんのスキルが身につくんだろう」と考えるよりも、PMとかディレクターとか職種に囚われすぎずに、事業のためプロダクトのためにやれることやろう。そう捉えるようになってから、周りの人たちから信頼してもらえたし、一緒に働きたいと思ってもらえるようになった気がします。

PMをやるからには、どんなメンバーとでもやれることが大事

入社して3年間は「なんでも屋さん」みたいな感じでやっていました。サイバーエージェント自体が、その頃って今で言う「PM」「事業責任者」「マーケティング責任者」を一人で全てやることのほうが多くて。ただ、たとえば、ABEMAとか、AWAとか、大きめのプロダクトを開発するにあたり、全部の役割を一人でやるのは難しい、と会社としても方針が変わってきたタイミングでした。

ちょうど2016年に『AmebaFRESH!』(現 FRESH LIVE)という生放送プラットフォームを作る時、初めて「PMとして」と役割を明確にして参加しました。いろいろやってきたなかで、やっぱり、エンジニア、デザイナーとプロダクトに向き合って、事業成長につなげていくのが楽しかった。その時もメンバーにも恵まれ、やりがいマックスでした(笑)ここでPMとしても評価してもらえるようになった気がします。

で、ようやく「私、PMハマってるわ」と思えるようになって(笑)『Lulucos by.S』というサービスも、事業プランコンテストでもう一度提案をしてやれることになって。『AmebaFRESH!』はすごく楽しかったし、最高のチームだったのですが、その居心地の良さや、チームとしてのやりやすさに甘えてはいけないなと思って。

PMをやるからにはどんなメンバーとでもやれることが大事。新しい環境を求めて異動しました。ここ最近だと、PMとして後輩に教える立場にもなったり。自分自身はまだまだ全然できてないこととか、再勉強しなきゃいけないことも見えてきました。また次のステップに上がりたいですね。

さらに詳しく、上野さんの新人時代が知りたい方はこちらもあわせてご覧ください!
相談さえ億劫だった、あの頃の私へ
若手PMは「カメレオン力」を磨こう

動画・画像が表示されない場合はこちら

    あなたにおすすめ

    ランキングIT・インターネット

    前日のランキングへ

    ニュース設定