加山雄三、デビュー60周年の裏で頓挫していた「帰ってきた若大将」計画

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2020年09月18日 11:00  週刊女性PRIME

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写真直撃取材にも快く対応してくれた加山雄三('16年2月)
直撃取材にも快く対応してくれた加山雄三('16年2月)

 実家があったことで名づけられた神奈川・茅ヶ崎の『雄三通り』。それまでは疎遠だった地元の町おこしに、ひと肌脱ごうとしていた矢先だったが……。コロナと病に立ち向かう若大将の胸の内──。

町おこし頓挫で地元が困惑……

 8月29日、誤嚥による嘔吐で緊急入院した加山雄三(83)だが、その後、軽度の小脳出血を起こしていたことが判明。加山は、昨年11月にも軽い脳梗塞を発症している。

「現時点では出血の拡大はなく、容体は安定しておりますが、引き続きの治療と慎重な経過観察が必要であるとのことから、当面の芸能活動を自粛し、治療に専念しております」(所属事務所)

 今年、デビュー60周年を迎えた加山は、7月5日には逗子マリーナで生配信無観客ライブを盛大に開催。8月23日には日本テレビ系『24時間テレビ』にも出演。83歳とは思えない意欲的な活動を見せていた中での緊急入院だった。その後、11月7日に予定されていたディナーショーの中止が発表された。

 加山は週刊女性既報のとおり、昨年暮れに住み慣れた成城の豪邸を出て、都心のケアハウスに引っ越している。もともと加山が幼少のころから31歳まで過ごしたのは、神奈川・茅ヶ崎だ。茅ヶ崎といえば、サザンオールスターズ。駅からサザンビーチに続く“サザン通り商店街”はファンの聖地。だが、茅ヶ崎は桑田佳祐が敬愛する加山雄三という大御所が育った地でもある。

 JR『茅ケ崎』駅南口から海に続いている『雄三通り』は'01年に市民からのネーミング応募によって名づけられた。それ以前は加山の父で俳優の上原謙さんの名前を取り『上原謙通り』と呼ばれていた。もともと実家があった通り沿いの土地には、現在はマンションが立っており、エントランスには加山の描いた海の絵が彫ってある。

 そんな故郷・茅ヶ崎で、実は加山のデビュー60周年を記念する町おこしイベントの計画が着々と進行していた。デビュー50周年に際しては、市が加山に『茅ヶ崎市民栄誉賞』を贈呈している。

今年は加山さんがデビュー60周年ということで、昨年秋ごろ、加山さんの誕生月の4月に茅ヶ崎でトークショーを開催しようと、加山さんの事務所に連絡をしました。そうしたらスケジュール的に難しいということで、断念しました」と、話すのは茅ヶ崎の商店会の幹事。

 それならと、今年に入り《加山雄三さんデビュー60周年おめでとう!と書いたフラッグを作り、電柱に飾りつけた。

その後、加山さんの銅像を建てる話も出ましたが、費用的に難しかった。ならば、“第2の石原裕次郎”ならぬ、“第2の加山雄三コンテスト”をやろうという声も出ていました」(商店会幹事)

 だが、それもこれもコロナ禍でイベントどころの騒ぎではなくなった。そして苦肉の策をひねりだす。

「JR茅ケ崎駅の東海道線ホームでは、発着時にサザンオールスターズの曲『希望の轍』を流しているので、同じ茅ケ崎駅の相模線ホームでは加山さんの曲を流し、さらに駅構内のアナウンスも加山さん本人に録音してもらうのはどうかと。

 ダメもとで加山さんの事務所に提案したら、予想外にいい返事をいただき、ちょうどこれから動こうとしていたところだったのですが、加山さんが倒れてしまったんです」(前出・商店会幹事)

 まさに踏んだり蹴ったりの商店会一同。行き詰まりながらも熱い思いで突っ走る商店会の思いを、加山サイドはどう感じているのか。まずは、今の状況を事務所に聞いた。

加山雄三の現在の状況は……

「去年、脳梗塞を患いましたから、加山には治療に専念してくださいと伝えています。本人は、中止になったディナーショーやテレビ番組収録に対して、“みんなに悪いな、申し訳ない”としきりに言ってます」

 '18年に愛船『光進丸』を火災で失い、追い打ちをかけるように2度の緊急入院が続いた。

「気持ちを若く持てば若くいられると、世間にアピールしたい気持ちもあり、本人がいちばん悔しい思いをしているはずです」(加山の事務所、以下同)

『光進丸』を焼失するまでは、燃料のいらない船“エコシップ”計画の夢を語っていたが、その夢はどうなったのか。

「本人の思いはまだあるようですが、お金の面や、光進丸を焼失してしまってひどく落ち込んだ気力の問題もあって、今はボランティアへの思いが強い。基金を作って、コンサート収益などを寄付する活動を続けています。常に“この年だから人の役に立つこともやんなきゃね”と言っております。“老後は船”という考えは変わってきていますね

 そうした思いは、長年過ごした故郷・茅ヶ崎にも向き始めているのかもしれない。

「トークショーはスケジュールの都合で受けられませんでしたが、加山としては育った街である茅ヶ崎のご要望を断る理由はありませんので、今後も前向きに検討します

 商店会が苦労して考案した、茅ケ崎駅の相模線ホームの曲と構内アナウンスの一件にも喜んでいたという。

「音楽は親友だ!」の精神

茅ヶ崎の方たちに計画をしていただいたのですから、加山もぜひやりたいと言っていました

 ただし、コロナ禍で入院中の加山とは、家族でさえ会えない状況が続いている。前回の脳梗塞のときはわずか10日ほどの入院治療で退院しているが、今回はどうなるのだろうか。

 さすがに年齢的にも、もう引退か? という声も聞こえてくるが、本人は治り次第、復帰の意向らしい。

「いろんなことにチャレンジする気持ちをずっと持ち続けた人だからこそ、ここまで支持されてきた。以前から“音楽は親友だ”と言っているように、音楽活動は、生涯ずっと続けていくでしょう。

 退院後は、みなさんがビックリするようなこともやりますよ。詳しくは、まだ内緒ですが

 デビュー60周年を迎えた新たな若大将が、令和の時代に故郷・茅ヶ崎へ戻ってくる日が楽しみだ。

加山雄三、激動の直近10年

'10年●芸能生活50周年。茅ヶ崎市民栄誉賞を受賞

'13年●ロックフェスに初参加

'14年●旭日小紋章を受章

'15年●ファイナルコンサートツアー('19年に再開)

'18年 ●愛船『光進丸』が炎上し、沈没

'19年●脳梗塞のため入院した後、自立型ケアハウスに引っ越し

'20年●8月に誤嚥による嘔吐で倒れ小脳出血。現在も入院中

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