被害者と加害者の両視点で描く東海テレビの力作 闇サイト事件を劇映画化『おかえり ただいま』

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2020年09月18日 17:02  日刊サイゾー

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写真『さよならテレビ』(19)が話題を呼んだ東海テレビの最新劇場公開作『おかえり ただいま』。斉藤由貴が主演。
『さよならテレビ』(19)が話題を呼んだ東海テレビの最新劇場公開作『おかえり ただいま』。斉藤由貴が主演。

 

「事件は早く忘れたいが、みんなには忘れてほしくない」

 矛盾したそんな言葉を、磯谷富美子さんは口にする。シングルマザーとして、ひとり娘の利恵さんを育て上げた富美子さんだが、2007年8月24日の深夜、残業を終えて帰宅中だった利恵さんは3人の男たちに拉致・殺害されてしまう。利恵さん、享年31歳。男たちは携帯電話の「闇の職業安定所」で知り合っていたことから、この事件は「名古屋闇サイト事件」と呼ばれている。明るく、母親想いだった利恵さんが社会の闇に呑み込まれたこの悲惨な事件を風化させないよう、地元の東海テレビが制作したドキュメンタリードラマが『おかえり ただいま』だ。

 本作を企画したのは、東海テレビの齊藤潤一監督。事件直後に富美子さんを取材し、2009年に放送されたドキュメンタリー番組『罪と罰』を制作している。だが、齊藤監督はこの番組を作り終えた後、心残りがあった。娘を殺害した犯人たちに富美子さんは極刑を求め、署名運動を起こし、33万人もの賛同を得た。しかし、番組では死刑制度に反対する別の事件の被害者遺族も取り上げる形で構成した。娘を失った心痛に耐えながら取材に協力してくれた富美子さんに、必ずしも寄り添うことができない内容だった。

 報道部からの定期異動を打診されていた齊藤監督が、気になっていた心残りに向き合ったのが本作だ。富美子さんを斉藤由貴、利恵さんを佐津川愛美が演じることとで、母と娘とのかけがえのない幸せな家庭生活を再現した。利恵さんの生涯は短かったが、とても愛情に満ちていたことが分かる。2018年12月に東海テレビ開局60周年記念ドキュメンタリードラマ『Home 闇サイト事件・娘の贈りもの』として放送された番組を再構成し、9月19日(土)より劇場公開される。

 齊藤監督は、仲代達矢、樹木希林ら名優たちが出演した劇映画『約束 名張毒ぶどう酒事件 死刑囚の生涯』(12)を撮っており、ドラマ演出は今回で2度目となる。是枝裕和監督の法廷サスペンス『三度目の殺人』(17)でも被害者遺族を演じるなど、演技力に定評のある斉藤由貴が主演。犯罪サスペンス『ヒメアノ〜ル』(15)で迫真の演技を見せた佐津川愛美が利恵役に。この母娘をいつも温かく見守り続けた伯母・美穂子は、河瀬直美監督作『朝が来る』の公開が10月に控える浅田美代子。ローカル局制作と思えないほど、ベストなキャスティングとなっている。

 本作の完成後、東海テレビ報道部を離れ、東京編成部へと異動になった齊藤監督に話を聞いた。

齊藤「被害者遺族という難役に挑んでくれるのは、斉藤由貴さんしかいないという想いでオファーしました。実際に斉藤さんは、娘を持つ母親でもあります。佐津川さんは亡くなった利恵さんとほぼ同年齢でした。クランクイン前に、利恵さんが拉致された事件現場を調べて、ひとりで下見をするなど熱心に役づくりに取り組くんでくれたんです。浅田美代子さんをキャスティングしたのは、実は樹木希林さん。希林さんに『こんな企画を考えているんです』と話したところ、『その役は浅田美代子にやらせるべきよ』とその場で浅田さんに電話を掛けて、決めてくれたんです(笑)」

 ドラマパートでは、少女時代の利恵にせがまれて、富美子がヨーヨーを披露するシーンがある。学生時代から斉藤由貴の大ファンだった齊藤監督が、彼女のブレイク作『スケバン刑事』(フジテレビ系)をイメージして脚本に書いたものだった。

齊藤「実際に起きた犯罪を扱った作品で不謹慎かとも思ったのですが、逆にそんなシリアスなドラマだから、観た人たちを一瞬でもクスッとさせるシーンがほしいと思ったんです。そのことを伝えると、斉藤由貴さんも快諾してくれました。本番ではヨーヨーを披露した後に、決めポーズまで見せてくれました。決めポーズは、斉藤さんのアドリブなんです」

 幼い頃に父親を病気で失いながらも、明るく生きる利恵さんと母・富美子さんとの愛おしい日常生活が描かれる。そして、その分だけ、加害者たちが潜む社会の闇が毒々しく感じられる。名古屋で慎ましく暮らす母娘のホームドラマと並行して、加害者のひとり・神田司の生い立ちもドラマ化している。

 群馬県に生まれた神田は小学生の頃に両親が離婚。祖母は兄だけをかわいがり、兄を連れて家を出ていった。残された神田は、酒に酔った父親に殴られ、学校ではイジメに遭った。中学卒業後は都内のパチンコ店などで働くが、群発頭痛という持病のためどの仕事も長続きしなかった。やがて、闇サイトを通じて、共犯者となる堀慶末、川岸健治と知り合う。

 脚本の第一稿段階では、加害者側の視点は入ってなかった。脚本から手掛けた齊藤監督は、富美子さんに寄り添った作品にしようという気持ちが強かったからだ。東海テレビの劇場公開作第1弾となった『平成ジレンマ』(11)をはじめ、数々のドキュメンタリー作品でタッグを組んできた阿武野勝彦プロデューサーから「加害者視点を入れることで、作品に幅が出る」と指摘され、改稿した。それによって、利恵さんの在りし日の姿を再現した明るいホームドラマに加え、なぜあの事件は起きたのかという社会の闇部分にも迫る重層的な構造となった。

 闇サイトを介して連絡を取り合った神田たちは、ファミリーレストランで顔を合わせる。「詐欺グループを仕切っていた」「俺の父と兄はヤクザで、今は刑務所暮らし」など、お互いに虚勢を張って、悪行自慢する男たち。「お金を持ってるOLを拉致って、殺しちゃいますか」とまるで悪質な冗談のような会話が、それぞれの実名も知らない男たちの思慮のなさによって実行に移されてしまう。闇サイトという非現実空間が、社会の闇に紛れ込んで現実世界に浸透していく不気味さに背筋が冷たくなる。

 ドキュメンタリードラマである本作の大きな特徴は、齊藤監督をはじめとする製作陣は、みんな東海テレビ報道部の取材スタッフだという点だ。東海テレビはドラマ制作も行っているが、事件直後から裁判を追い、富美子さんへの取材を重ねた報道部のカメラマンや音声マンたちが、そのままドラマパートのスタッフも兼ねている。神田の生い立ちを取材した繁澤かおる記者は、ドラマパートでは助監督を務めた。神田が群発頭痛で苦しんでいたことは、裁判記録や担当弁護士への取材で分かったそうだ。事件を追う報道部の詳細な情報をベースにしている生々しさは、プロの劇映画のスタッフには出せないものではないだろうか。

齊藤「一緒に事件を追ってきた取材スタッフで、撮りたかった。その分、事件に対する思い入れも強いと思うんです。繁澤記者は群馬まで何度も通い、取材拒否に遭いながらも、最終的には神田の父親からコメントを聞き出しています。子どもの頃の神田を知っていたご近所の方を見つけたのも繁澤記者です。『愛情のある人が(神田の)周りにいれば、あんなことは起きなかったのかもしれない』というご近所の方の言葉は、とても痛切に感じました」

 拉致された車の中で、利恵さんは銀行口座の暗証番号を教えるように脅された。派遣OLとして働いていた利恵さんは富美子さんと一緒に暮らす新居を購入するため、800万円あまりを預金していた。利恵さんが漫画家になるという夢を諦めて、コツコツと貯めた「しあわせ貯金」だった。極限状態の恐怖の中で、利恵さんは「2960」という数字を神田たちに伝える。だが、その数字は銀行口座の暗証番号ではなかった。結局、神田たちは銀行預金を手に入れることができなかった。

 利恵さんと交際していた当時大学院生だった瀧真語さんは、警察からこの数字を聞かされて、語呂合わせだと気づいた。「2960」=にくむわ。新居を購入する資金を犯人たちから守るために利恵さんがとっさに思いついた語呂合わせが、利恵さんが発した最後のメッセージとなった。

 だが、語呂合わせだけでなく、利恵さんは多くの温かいメッセージや想いも残していた。利恵さんの思い出に支えられ、富美子さんは前向きに生きている。後半のドキュメンタリーパートでは、利恵さんの残した預金をもとに購入した新居で、富美子さんが友達を招いて明るく過ごす様子を映し出している。

「事件のことは早く忘れて、利恵との楽しかった記憶だけを思い出したい」「でも、みんなには事件のことは忘れてほしくない」という富美子さん。そんな彼女の矛盾する想いに寄り添うような作品に、本作はなっている。劇場用のタイトル『おかえり ただいま』には、利恵さんの名前がアナグラム的に入っていることに気づく。

『おかえり ただいま』
監督・脚本/齊藤潤一 プロデューサー/阿武野勝彦
出演/斉藤由貴、佐津川愛美、浅田美代子、大空眞弓、須賀健太、天野鎮雄、矢崎由紗
配給/東海テレビ放送 9月19日(土)よりポレポレ東中野ほか全国順次公開
c)東海テレビ
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