希望失いゆく“成功の犠牲者” サクセスストーリーの裏の葛藤を繊細に描く

1

2020年09月20日 17:00  AERA dot.

  • 限定公開( 1 )

  • チェックする
  • つぶやく
  • 日記を書く

AERA dot.

写真Luca Marinelli/1984年、イタリア・ローマ生まれ。「グレート・ビューティー/追憶のローマ」(2013年)を経て、「皆はこう呼んだ、鋼鉄ジーグ」(15年)でイタリアのアカデミー賞助演男優賞を受賞。Netflixの新作「オールド・ガード」(20年)も話題 (c)Kazuko Wakayama
Luca Marinelli/1984年、イタリア・ローマ生まれ。「グレート・ビューティー/追憶のローマ」(2013年)を経て、「皆はこう呼んだ、鋼鉄ジーグ」(15年)でイタリアのアカデミー賞助演男優賞を受賞。Netflixの新作「オールド・ガード」(20年)も話題 (c)Kazuko Wakayama
 AERAで連載中の「いま観るシネマ」では、毎週、数多く公開されている映画の中から、いま観ておくべき作品の舞台裏を監督や演者に直接インタビューして紹介。「もう1本 おすすめDVD」では、あわせて観て欲しい1本をセレクトしています。

【「マーティン・エデン」の場面写真はこちら】

*  *  *
 アラン・ドロンを骨太に、ワイルドにしたかのようなルックスと存在感。すでに本国イタリアで多くのファンを持つルカ・マリネッリ(35)は、世界的に注目されている俳優だ。『野性の呼び声』で知られるアメリカの作家、ジャック・ロンドンの原作を、舞台をナポリに移し映画化した「マーティン・エデン」により、昨年のヴェネチア国際映画祭で男優賞に輝いた。

 ナポリの貧しい階級出身のマーティン・エデンは、過酷な労働を繰り返すが、ブルジョア階級の娘に出会い、新しい世界を知る。旺盛な好奇心で作家として覚醒する一方、偏見や不平等に対する社会的な意識を持つようになる。

 監督のピエトロ・マルチェッロは、マリネッリに惚れ込み、脚本を当て書きした。エデンが悲恋を経験しながら作家として認められるものの、成功とともに社会や人生に希望を失っていく様子が描かれる。その道程は胸を締め付けるほどに激しく、せつない。マリネッリは、主人公をこう分析する。

「彼は純粋で情熱的で、冒険家だ。人生に向き合い、世界を旅しながら新しいことを発見し、自分を取り囲む現実を見つめる。文化の美しさに心打たれ、自分もそこに到達しようと目標に向かって前進する。でも、その途中で多くの失望を経験し、やがて自分を見失ってしまうんだ。いわば成功の犠牲者と言えると思う」

 社会の底辺から出発した作家としての苦難の道のりに、エデンをロンドンの分身だったと見る者もいる。マリネッリもそのひとりだ。

「エデンはジャック・ロンドンのように、心に暗い面を抱いている。この本はロンドンにとって、自己批評だったと僕は思っている。自分自身を皮肉に描くことが、彼にとってセラピーだったのではないかな」

 あなた自身が成功の犠牲者と感じたことはあるか? と尋ねると、シリアスだった彼の表情がとたんにほころんだ。

「僕は成功した俳優じゃないよ。ただの俳優(笑)。僕がラッキーだったのは、マルチェッロ監督に出会えたことだ。実は彼の前作『失われた美』(2015年)を観て、ぼろぼろ泣くほど感動したから、一緒に仕事をするのが夢だった。彼との仕事は魂の交歓のようだった。とてもパワフルだから、彼といると、どんな障害も越えられる気がした」

 父が声優で、母親はオフィスワーカーだったマリネッリは、幼い頃、映画好きの祖母に連れられ、よく映画館に行ったという。その後アカデミーで演劇を学び、映画界に入った。

「アカデミーでは常にもっと映画を観ろ、美術館に行け、と言われていた。外の世界を観て、自分を肥やせと。まさにジャック・ロンドンがそうだったように。僕は人間のエネルギーというものを信じている。エネルギーはどこにでも感じられる。いまこの瞬間もね」

 そのきらきらと輝く瞳に、絶望という言葉は似合わない。

◎「マーティン・エデン」
エデンは作家として成功した後、幻滅を味わう。9月18日からシネスイッチ銀座ほか全国順次公開

■もう1本おすすめDVD「オン・ザ・ロード」

 作家を描いた映画は少なくないが、ビート世代のジャック・ケルアックによる『路上』をウォルター・サレスが映画化した「オン・ザ・ロード」は、いろいろな意味で「マーティン・エデン」と似ている。伝説的な作家が自身を投影した小説であること、主人公がまだ若く駆け出しの存在であり、若さゆえの情熱、純粋さ、無謀なエネルギーに満ちていること、共にまだ見ぬ世界を夢見ながら、人生の意味を求めて旅に出ること。

「オン・ザ・ロード」の主人公、サル・パラダイスは、社会のルールにとらわれない破天荒な青年、ディーン・モリアーティとその妻に出会い、彼らとともにアメリカ大陸を横断する。彼らにとって、いいことも悪いことも、「人生のすべては路上にある」。

 だが、旅に終わりはつきものだ。旅が終わるとき、サルは作家として一人前になる。マーティン・エデンは成功の果てに幻滅を味わうが、サルにそのペシミズムはない。両者は陽と陰のような存在と言えるだろう。

 魅力あふれる若いキャストたちの、エネルギッシュな化学反応をフィルムに焼き付けたサレス監督の手腕にも圧倒される。

◎「オン・ザ・ロード」
発売元:ブロードメディア・スタジオ 販売元:東宝
価格3800円+税/DVD発売中

(文化ジャーナリスト・佐藤久理子)

※AERA 2020年9月21日号

    ニュース設定