コンビニ店員を“奴隷”と勘違い。僕は心の中で「ふざけるな」を3回連呼した

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2020年09月21日 09:22  日刊SPA!

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―[42歳日雇い派遣男のリアル]―

 人々の生活にとって身近な存在のコンビニ。“便利”とはいえ、店員は決して“奴隷”なんかではない。勤務していると、稀に勘違いしている客と遭遇することもある。普段は仕事として、平静を装いながらなんとか受け流す。だが、心の奥底では、どうしても許せないときだってあるのだ。

◆夢を追いながら働くコンビニ店員

 時間の融通が利きやすいコンビニのアルバイト。なかには、夢を追いながら働く人たちもいる。僕もそんな一人である。

 普段、日雇い派遣の仕事をしているが、1日だけのコンビニバイトを探せるアプリを使って、ときおりコンビニのバイトをしていた。日雇い派遣だのバイトだのそんなものはやりたくないに決まっているが、ライフワークの小説の執筆がまったく収入になっていないので仕方がなかった。

 そのアプリを利用してある一軒のコンビニにバイトに行ったときのこと。事務室で休憩していると、やや年配の気の良さそうな店長が話しかけてきた。

「小林さんはなにか目指してるものとかあるの?」
「え、目指してるもの?」
「うちにバイトに来る子はお笑いとかバンドとかやって夢を追ってるのが多いんだよ。だからもしかして小林さんもそうなのかなと思って」
「まあ、小説を書いてますけど……」
「小説か。本は出したの?」
「出したいですけどね、なかなかそんなチャンス掴めないですよ」
「昔うちでバイトしながらお笑いをやってた子がいるけど、彼は『エンタの神様』っていう番組に出演してたよ」
「それはすごいですね!」
「まあ、すぐに消えちゃったけどね……」

 彼のような存在は世間から一発屋と呼ばれ、嘲笑の対象になるのだろう。しかし、僕からしたら羨ましさしかなかった。彼はほんの一時とはいえ華やかなスポットライトを浴びることができた。が、僕は今までずっと苦汁を飲まされるばかりで、ほんの一瞬たりともそんなものは浴びたことがなかったのだ。

 それでも、ただ我武者羅に夢に向かって走り続けるしかなかった。まるでゴールがどこなのか知らされていないマラソンのようだが、たぶんあともう少し、きっとあともう少し……と何度も自分自身に強く言い聞かせる。そして猛犬をなだめるかのように、心の奥底に渦巻くドス黒い感情をなんとか落ち着かせる。

 休憩を終えて仕事に戻った。入り口のチャイムが鳴ってお客さんの来店を知らせる。

「いらっしゃいませ」

 僕は精一杯の笑みを顔に貼り付けて挨拶した。

◆コンビニ店員を“奴隷”と勘違いしている客

 また別のある日。懇意にしているコンビニの店長からアプリを通さずに直接LINEで仕事に呼ばれた。

 その店ではすでに何度も働いたことがあったので、フライドチキンやコロッケなどのホットスナックの調理も任されていた。これらがいちばんよく売れるのは昼ピークのときである。朝のラッシュが落ち着いてきたところで昼ピークに備えてホットスナックの調理を開始した。

 フライヤーの上に掛けられたバスケットに凍ったままのフライドチキンを並べてスイッチを押す。すると、フライドチキンはシュワシュワと泡を立たせながら170℃に熱された油の中にゆっくりと沈んでいく。

 とてつもなく不快な出来事が起こったのは昼ピークを少し過ぎ、僕の作ったホットスナックもほとんど捌けた頃のことだった。

 僕の立つレジにひとりのスーツ姿の男がやってきて、2個のおにぎりをポイと投げるようにしてレジカウンターに置いた。

「いらっしゃいませ。ポイントカードはお持ちですか?」
「ねえよ」
「袋に入れますか?」
「入れるに決まってんだろ。さっさとやれ、バカ。こっちは急いでんだよ」

 たまに遭遇する、コンビニ店員を奴隷と勘違いしている人間のクズ。でも、大丈夫だ。この手の輩にはもう免疫ができている。僕はこの程度のことでいちいち腹を立てたりなんてしない……はずだった。

「おにぎりはふたつとも温めろよ」
「はい、かしこまりました」
「それとおしぼりも付けとけ」
「すみません。うちはおしぼり置いてないんですよ」

 僕はそう言ってから後ろに振り向いてレンジにおにぎりを入れた。すると、その客は僕の背中に向かって執拗に罵声を浴びせはじめたのである。

「なんだ、てめえ、おしぼり置いてねえのかよ。なんで置いてねえんだよ。他のコンビニは置いてるぞ。おい、聞いてるのか、バカ。他のコンビニは置いてるぞって言ってんだよ。聞こえねえのか。返事しろよ。おい、ボケ、コラ」

 全身がカッと熱くなり、拳にぎゅんぎゅんと血が集まっていくのを感じた。が、そんな状態でもまだかろうじて理性が働く。ここで沸き上がってくる感情のままに体を動かしたら、僕は傷害罪で逮捕されてしまう。それだけはダメだ。我慢、我慢、我慢……。

 チン。レンジが鳴った。僕はおにぎり2個をレジ袋に入れると、それをレジカウンターの上にポイと投げ捨てるようにして置いた。

「なんだ、てめえ、その態度!」

 僕はその客の言葉になにも答えず、ただ顔を近づけて無言で睨みつける。すると、彼はチッと舌打ちしてこう言う。

「覚えとけよ。おまえみたいな奴、この店で働けなくしてやるからな」

 そしておにぎりの入ったレジ袋を掴んで店を出ていった。入り口のチャイムが鳴り、そのあとにはまるで何事もなかったかのように呑気なBGMが流れる。僕はレジに立ったままふうッと大きく息を吐いた。

「小林さん、大丈夫?」

 すぐ隣でレジを打っていた店長が訊いてきた。

「さっきの奴、覚えとけよだって。本部に僕のクレームを入れるつもりかもしれないですね」
「いいよ、そんなの気にしなくて。あいつの言動は私も見てたし、防犯カメラに音声もぜんぶ記録されてるから」

◆ウォークイン冷蔵庫の中で声にならない叫びをあげる

 僕の立つレジに次のお客さんがやってきた。さっきの件は他のお客さんにはまったく関係がない。僕の怒りは少しも収まっていなかったが、なるべくいつもどおりにレジ打ちをするよう努めた。

「いらっしゃいませ。ポ、ポ、ポイントカードはお持ちですか?」

 しかし、どうしても声が震えてしまう。もっとひどかったのは手だった。その矛先を失った暴力への衝動がまるで水圧で暴れるホースのように僕の両手をぶるぶると震えさせる。これを止めるためにレジカウンターの淵を両手でぎゅっと掴んだ。が、そこから少しでも手を離すと、またすぐに震えが出てしまう。

 その光景は傍から見たらアル中の禁断症状のようだったかもしれない。その様子を見かねてか、店長が僕にこう言ってきた。

「小林さん、レジはもういいからウォークの補充をお願い」

 ウォークとはウォークイン冷蔵庫のことである。在庫のドリンクが保管してあり、商品棚と繋がっているのでそこから直接ドリンクの補充もできるようになっている。

 防寒コートを着てその中に入ると、四つん這いになって床に敷かれたパレットにガリガリと爪を立てた。そして、ほとんど声に出すことなく叫んだ。

 ぶち殺すぞ、この野郎!

 僕は、妄想の中でさっきの客の顔面を思い切り殴りつけた。

◆ドリンクを補充しながら思った

 だが、それでもまだ怒りは収まらなかった。僕はなにに対してそんなに怒っているのだろう? 自分の心に深くダイブしてみた。やがてその底のほうからまた別の叫びが聞こえてきた。

 いったい、いつになったら日の目を見られるんだ!

 そこにあったのは自分自身の人生に対する怒りだった。おそらくはずっと前から蓄積されていた感情。しかし、それを直視して感じるのはあまりにも惨めで、痛々しくて、ずっと見て見ぬ振りをして心の奥底に押しやっていたのである。この際なのですべて吐き出してやることにした。

 ふざけるな、バカ野郎! いったいいつまでこんなクソみたいな生活を続ければいいんだ。いいかげんにしろ。もううんざりなんだよ。ふざけるな、ふざけるな、ふざけるな……。

 ウォークイン冷蔵庫の中で声にならない叫びをあげ続けた。すると、徐々に心が軽くなっていくのを感じた。いつしか両手の震えも収まっていた。顔を上げると、天井に取り付けられた空調がブォーンと音を立ててファンを回し、冷気を吐き出し続けていた。気のせいか、まるで靄が晴れたかのように視覚と聴覚もクリアになっていた。

 在庫棚からペットボトル入りのミネラルウォーターを取って商品棚に補充した。そのペットボトルが店内の照明を受けてきらきらと煌めく。それをぼんやりと視界に捉えながら僕はこんなことを思った。

 きっとこのマラソンにゴールなんて存在しない。ケージの中で飼われているハムスター用の回し車と同じで、どんなに必死に走ったところでどこにも行き着かない。こんな場所からはもうさっさとリタイアしたほうがいいんだ……。<文/小林ていじ>

―[42歳日雇い派遣男のリアル]―

【小林ていじ】
バイオレンスものや歴史ものの小説を書いてます。詳しくはTwitterのアカウント

このニュースに関するつぶやき

  • 「我慢・堪忍・忍耐、そして許す心が自分の人間性と心の質を高めて行く。」と聞いた事が有る。そのような人物と同列の品性になる事は無い。そう、自分の心の修行かな。
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  • こういう奴はとっとと警察につき出したら良い。何か勘違いしてはると思いますんで。
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