『僕のヒーローアカデミア』は正義を描ききれるか? 物語はさらにダークサイドへ

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2020年09月22日 08:01  リアルサウンド

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 『週刊少年ジャンプ』で連載されている堀越耕平の漫画『僕のヒーローアカデミア』(以下、『ヒロアカ』)の第28巻が発売された。


 本作は「個性」と呼ばれる超常能力を持っていることが当たり前となった超人社会で、個性の力で平和を守るために戦うヒーローを目指し、雄英高校に通う少年・緑谷デクを主人公にしたバトル漫画だ。


 個性を持たない落ちこぼれだったデクは、平和の象徴と呼ばれた最強のヒーロー・オールマイトから「ワン・フォー・オール」という個性を継承し、新時代のヒーローを目指して成長していく……。


 今やジャンプの看板作品となった『ヒロアカ』だが、最近の連載には、どうにも不穏な雰囲気が漂っている。23巻以降は死柄木弔を頂点とする個性を悪用するヴィラン(敵)たち超常開放戦線に焦点が当たった暗い物語が続いており、少年漫画でこれを描くのか? という凄惨な描写も増えている。


 現在のジャンプは、『呪術廻戦』や『チェンソーマン』といった作品が、バイオレンス満載のダーク・ファンタジー路線を邁進しており、青年誌顔負けの殺伐とした雰囲気が漂っているのだが、そんな空気に触発されたのか、今まで多少の揺れはあっても、正義のヒーローたちの物語を描いてきた『ヒロアカ』までも、ダークサイドにぶれ始めている。


以下、ネタバレあり。


 最新巻となる第28巻では、死柄木弔がついに覚醒する。


 物語は26巻末からはじまった、全国主要都市に同時多発テロを仕掛けようと目論む超常解放戦線のアジト・郡訝山荘と、脳無と呼ばれる改造人間の製造拠点となっている蛇腔総合病院を、二手に別れたヒーローたちが二点同時攻撃をしかけるという総力戦が展開中。


 蛇腔総合病院は、ヴィランたちの協力者である謎の医師・骸木球大が理事長を務めており、病院の奥に隠された研究室では、ハイエイド(最高位)の脳無たちと死柄木が、培養液の入ったカプセルに浸かり(パワーアップのために)眠っていたが、ヒーローたちの奇襲を受けて追い詰められた骸木は、死柄木を覚醒させる。


 一方、郡訝山荘では、ヒーローたちの奇襲によって壊滅寸前に追いやられたヴィランたちの反撃が始まる。やがて、巨体のヴィラン・ギガントマキアが動き出し、優勢だったヒーローたちは一気に劣勢へと追い込まれる。


 物語はヒーローとヴィラン、双方の立場と心情を丁寧に掘り下げているため、どちらの気持ちもわかる攻防戦となっている。ただ、ヴィランの方が社会的立場としては虐げられている弱者に見えるため、ヒーローたちに戦いを挑む超常解放戦線の方が、どうしても魅力的に見えてしまう。


 パワーアップした死柄木は、かつてヴィランたちのリーダーだったオール・フォー・ワンが保有していた他人の個性を奪い使用することができる個性(オール・フォー・ワン)を継承したことで無数の個性を手に入れ、同時に超再生能力を身につける。触れたものを塵に変えてしまう個性「崩壊」もパワーアップし、病院とその周辺の建物とヒーローたちを消し去ってしまう。


 ヒーローたちは死柄木に戦いを挑むが全く歯が立たず、絶体絶命の危機に陥る。しかし死柄木は「心ここにあらず」という感じで、最強の力を身につけながらも「何かが足りない」と感じる。それはオール・フォー・ワンが欲しながらも、唯一思い通りにならなかった個性「ワン・フォー・オール」に対する強い渇望だった。そのことに気づいた死柄木は現在の「ワン・フォー・オール」の持ち主であるデクの元に向かう。


 ここにきてオールマイトの個性を継承したヒーローのデクと、オール・フォー・ワンの個性を継承したヴィランの死柄木の直接対決へと物語は向かっており、今後は死柄木を迎え撃つデクたちに視点が戻るのではないかと思われる。


 しかし、作者の関心は明らかにヴィランへと向かっているため、うまく物語をヒーローサイドに引き戻せるのか心配である。死柄木が、強すぎる個性「崩壊」をコントロールできないように、作者もヴィランの暗い魅力に引っ張られて、作品をコントロールできなくなっているように見えてしまう。


 個人的には今の展開は嫌いではない。ストーリーはもちろんのこと、絵の魅力も最高潮に高まっており、漫画としてとても面白いのだが、ここまで積み上げてきた『ヒロアカ』の世界が壊れてしまうのではないかと心配になる。


 大人の読者としては、品行方正な正義のヒーローたちの活躍よりも、世界に反旗を翻す悪のヴィランたちに感情移入してしまう気持ちはわからないでもない。しかし、たとえ綺麗事だとしても、堀越耕平には正義の味方としてのヒーローが社会の平和を守ろうとする姿を前向きに描くことを放棄しないでほしい。ヴィランが持つ暗い魅力をここまで追求したからこそ、それを超える正義のヒーローの魅力を正面から描ききってほしいのだ。それこそが少年漫画のど真ん中を邁進している作者の役割だと思うのだが、果たしてどうなるものか?


■成馬零一
76年生まれ。ライター、ドラマ評論家。ドラマ評を中心に雑誌、ウェブ等で幅広く執筆。単著に『TVドラマは、ジャニーズものだけ見ろ!』(宝島社新書)、『キャラクタードラマの誕生:テレビドラマを更新する6人の脚本家』(河出書房新社)がある。


■書籍情報
『僕のヒーローアカデミア』(ジャンプコミックス)既刊28巻
著者:堀越耕平
出版社:集英社
https://www.shonenjump.com/j/rensai/myhero.html


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  • 言われてみればオールマイトの段階までなら体現者として有ったかもしれないが、出久の場合で考えたら‥でも、出久だけに限定したら見えなくなるなwもう一人ではないのが
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