17回目のチャレンジで司法試験に合格、なぜ指宿昭一弁護士は「火中の栗」を拾い続けるのか?

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2020年09月22日 08:21  弁護士ドットコム

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労働裁判や外国人技能実習生の裁判において、いくつもの重要な判決を勝ち取ったことで知られる指宿昭一弁護士。


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27歳から弁護士を目指し、弁護士になったのは45歳のとき。弁護士登録直後に独立して事務所を開き、以後は休む間も惜しんで、労働者や外国人のために奔走している。なぜ、指宿弁護士は「火中の栗」を拾うのか。前編( https://www.bengo4.com/c_18/n_11755/ )に続くロングインタビュー。(弁護士ドットコムニュース編集部・猪谷千香)



●弁護士登録直後に独立、怒涛の勢いで外国人問題に取り組む

指宿弁護士は、学生時代から労働運動に身を投じてきた。ところが、運動を支えてくれていた労働弁護士が過労から倒れ、「活動家の中から弁護士を育ててください」と話したことをきっかけに、弁護士を目指すことになる。



27歳で弁護士を目指すと決まってからは、三足のわらじを履く生活が始まった。



「もともと、組合活動でお給料をもらっていたわけではなかったので、働いていました。20代前半は大学の生協職員。司法試験の勉強を始めてからは、司法試験予備校のアルバイトが中心でした。あのときは、こんなに忙しくて、寝る暇のない生活ってあるのかなって思ってたけど、正直、弁護士になってからのほうが過酷ですね」



5年ほどで成績も上がり、合格に近づいたと思えた。しかし、その後、なかなか壁が破れずに気づけば15回目の試験に落ちていたという。折しも試験制度が変わり、法科大学院が設置された。



「従来の試験制度は廃止され、法科大学院に行かなければ司法試験が受けられなくなることがわかっていたので、もうあと2年で受からないといけない状況でした。さすがにこれまでのように、また来年受ければいいという気持ちにはなりませんでしたね」



勉強方法を変え、背水の陣を敷いて受けた17回目の試験でついに合格。45歳になっていた。



「うれしいというより、ホッとしましたね。合格発表見た帰りは乗り慣れているはずの電車の反対方向に乗っちゃって……。やっぱり舞い上がってたんですね」



2007年9月、弁護士登録すると同時に独立して事務所を構えた。すぐに日本労働弁護団に入り、ホットラインで相談を受けて仕事につなげた。また、弁護士の先輩や受験時代の仲間たちが、「独立して絶対に困ってるに違いない」と事件を持ってきてくれたこともあった。



「民事も刑事も、なんでもやりましたよ。勉強になりました」と振り返る。



外国人研修生や外国人技能実習生など外国人労働者の問題にも、当初から取り組んできた。初めて手がけたのが、岐阜市内の縫製会社「ABA」で働いていた女性の中国人技能実習生4人による未払い賃金請求の労働審判だ。劣悪な環境の中、残業の時給が300円という低賃金の労働を強いられていた。この事件では、会社側が賃金などの支払いをする内容の調停を成立させた。



続いて手がけたのが、三重県四日市市の帆布製品製造会社「三和サービス」の事件。技能実習生の中国人女性7人が会社側に団体交渉をおこなう中、会社側が「仕事をボイコットした」として彼女らを提訴。うち5人が残業代などを請求する反訴を提起したという事件だ。名古屋高裁まで争われたが、判決は研修生の労働者性を認め、労基法・最低賃金法などに基づく支払いを命じる画期的なものだった。



指宿弁護士はこれらの事件に取り組む中で、ことあるごとに地元の記者クラブで会見を開いてきた。



「岐阜市の会社の労働審判なんて、申立てと3回の審判期日すべて、会見をしました。最初は全然理解されませんでした。記者とケンカですよ。『中国で働くよりましだから出稼ぎに来てる。報道する価値はあるんですか』なんて質問が飛んできたり」



記者でさえ、この問題に対する知識も理解もほとんどなかったのだ。



「頭にきましたけど、単なる法律の解説ではなく、記者の向こう側にいる一般読者を納得させなければと思って反論していきました。最後の最後には、ほとんどの記者が理解してくれましたよ」



このときのメディア戦略は、今も生かされている。厚生労働省の記者クラブで、指宿弁護士の姿を見ない月はない。



「メディアとのコミュニケーションは、弁護士の大事な仕事の一つじゃないですかね。記者は背景にある社会の無理解や差別意識も含めてこちらに伝えてくれます。僕たちは法廷で闘っていると、きれいな世界だけで仕事ができてしまう。



でも、それでは社会に問題を広く知ってもらうことはできません。たとえば今、強制送還を拒否した外国人に刑罰を科す、難民申請した人も強制送還できるといった内容の入管法の改悪法案が検討されています。去年からその動きが出てきたので、月に1回、記者向けに勉強会を開いています。頑張ってコミュニケーションを取って、問題を知ってもらってきたので、新聞の論調も変わってきたと思います。



技能実習制度の改善のあり方の話は、取材の度に喋っているし、あちこちで書いているし、1000回くらい繰り返しています。最近は政府の幹部や企業のCSR担当者でも私と同じようなことを言っている人もいる。1000回くらい喋ってきたことは無駄にならなかったなぁという気がしています。制度改善の役に立つなら、2000回でも3000回でもしゃべるつもりですよ」



●可視化して闘うことで、問題を改善できる

指宿弁護士が事務所を構えて間もない2007年秋、1本の電話がかかってきた。当時、熊本県にいた小野寺信勝弁護士からだ。年齢は若いが、指宿弁護士よりも一期先輩にあたる。



小野寺弁護士も、熊本県内の縫製工場で働く外国人研修生に対する人権侵害事件を担当し、その実態を知ったばかりだった。報道で指宿弁護士が岐阜市の縫製会社の労働審判を申し立てたことを知り、連絡をしてきたという。



「外国人研修生と技能実習生の問題に取り組む弁護士の全国ネットワークを作りましょう」。小野寺弁護士はそう提案したが、指宿弁護士は「裁判所にこれから出かけなきゃいけない朝に、いきなり言ってきたので、『すみません。今忙しいので』と言ってガチャンって切りましたね」と笑う。



1年目と2年目の弁護士が全国的な問題のネットワークを立ち上げることは、無謀に思えた。このネットワーク立ち上げの中心になることが、立ち上げたばかりの事務所経営と両立できるのかという悩みもあった。断り続けたが、電話は何度もかかってくる。とうとう、翌年の年始には熊本から弁護士たちが押しかけてきて、「こんな重要な問題をなぜやらないんだ」と詰め寄ってきた。



「僕も、岐阜市と四日市市の事件をやってみて、『日本国内でこんな奴隷労働みたいなことがおこなわれているのか』と本当に驚いていたんです。ずっと労働運動をやってきて、日本の悲惨な労働現場のことは弁護士の中では誰よりもよく知っているという自負があったにもかかわらずです。本当に許せないし、絶対になんとかしなくちゃいけないと思っていました。だから、そこまで言われたら『よし、やりましょう』と」



そうして2008年6月に設立されたのが、現在の「外国人技能実習生問題弁護士連絡会」(実習生弁連)だ。



「後から聞いたら、『熊本方式』というらしいです。熊本の弁護士は重要なことを実行する際、岩をも通す一念で直談判して、相手が『うん』というまで帰さないって…。今にしてみればそこで引っ込まないで取り組んできてよかったと思います」



実習生弁連は当初、15人ほどの弁護士で始まったが、今では36都道府県の38弁護士会に広がり、約170人もの弁護士が名を連ねている。技能実習生の問題も、その後、指宿弁護士の仕事の大きな柱となった。



2020年春には、現場で何が起きているのかをまとめた「使い捨て外国人」(朝陽会)を上梓した。多額の借金を背負わされ、時給300円しかもらえなくても、セクハラされても強姦されても、過労で死んだとしても、泣き寝入りせざるを得ない外国人労働者たちを描いた。



まぎれもない人権侵害を、指宿弁護士は真っ向から批判する。



「外国人の人権をまったくかえりみていない会社があります。これは、外国人にとって不幸であると同時に、日本にとっても極めて不幸なことです。日本は、少子高齢化が進み、外国人労働者や外国人の住民を受け入れて、ともに日本の社会を築く方向に向かわざるを得ない。



しかし、はたしてこれから、外国人を使い捨てる国に、外国人労働者は来てくれるでしょうか。今、そうした人権のリスクは『ジャパンリスク』と呼ばれるようになっています。それをもっと日本社会は心配するべきだし、反省するべきです」



指宿弁護士には、忘れられない言葉がある。初めて手がけた岐阜市の技能実習生の事件で、最初は心を許してくれなかった中国人女性たちが、無事に帰国できることになったとき、こう言ったのだ。「日本には悪い人ばかりかと思ったけど、助けてくれる良い人もいるっていうことがわかって、中国に帰れるのが嬉しいです」。指宿弁護士にとって、実習生の制度は重い宿題となった。



「この制度を潰すまでやめられないなと思いましたね」



指宿弁護士たちが現場を走り回り、取り組んできた外国人問題はいま、社会問題として認知されつつある。



「おそらく、あらゆる社会問題がそうなんですよ。目の前にあっても見ようとしないものは見えないじゃないですか。アメリカにおける黒人差別もそうです。セクハラだって、セクハラという言葉ができるまでは、不法行為であり、場合によっては犯罪行為であることは認識されてこなかったわけです。



たしかに、外国人問題で、日本はとても遅れていると思いますけど、可視化して闘うことによって改善することができると思っています」  



●コロナ禍で見えてきた労働者や外国人の問題

指宿弁護士は、外国人問題だけなく、労働裁判にも心血を注いできた。中でも、心に残っているものの一つが、精神疾患のある社員の解雇を無効とした日本ヒューレット・パッカード事件。判決はその後に大きな影響を与えた。



指宿弁護士の活動は、判例として実を結び、影響を広げている。それでも、指宿弁護士に助けを求める人たちは引きも切らない。最近では、新型コロナウィルスの影響により、労働者の立場がさらに厳しさを増していることに懸念を示す。



「相談が増えていますね。たとえば、ロイヤルリムジングループで600人解雇された事件で、私のところに相談に来た労働者が組合に加入して団体交渉をおこない、解雇を撤回させて、休業手当も勝ち取りました。この件では、11回の団体交渉にすべて私も参加して支援しました。



ほかにも、解雇されたとか、感染防止の対策を会社がやってくれないとか、そういう相談もたくさん来ています。もちろん、日本人労働者だけではなく、外国人労働者がコロナの影響で解雇されたり、休業手当をもらえないという問題もあります」



ただし、指宿弁護士からすれば、多くの問題はコロナ以前からあったものだ。



「コロナの問題っていうよりもコロナによって普段からの社会問題が大きくクローズアップされているというかということじゃないかなと思いますね」



今、指宿弁護士が抱える事件はおよそ100件、うち訴訟となっているのは40件ほどという。大体が自分一人か、仲間と二人で担当しているので、ほとんどの事件で実際に手を動かす。事件が待っているので、休む暇はない。



「自分でもね、いいと思ってないんですよ。あんまり。労働問題をやっている弁護士が休まない生活っていうのは」



労働者は休日に相談に来るため、土日も働く。それでも、仕事のやり方を工夫して、最近はやっと6時間は睡眠時間を取れるようになったという。



「後進の弁護士たちにメッセージを」とお願いすると、こんな言葉が返ってきた。



「ちょっと偉そうかもしれないんですけど、『火中の栗』は拾ったほうが良いと思います。拾えないこともあるでしょうけど、拾えるときは拾ってみる。難しいことにチャレンジすることによって、社会的な変化をつくることができるかもしれない」



技能実習生の問題に取り組み始めたとき、問題はまだまだ社会で知られていなかった。



「でも、新人弁護士だった僕たちが『火中の栗』を拾っていろいろな形で取り組むことによって、ある程度、この問題が社会に認知されてきたと思います。大変でしたけど、やって悔いていることは一つもないので、ぜひ、皆さんもここぞというときには、勇気を持って『火中の栗』を拾ってみたらどうかと思いますね」



指宿弁護士は信念をもって、1つ1つの事件と真剣に向かい合い続けている。



【指宿昭一弁護士略歴】 主に、労働事件(労働者側)・外国人事件(入管事件)に特化。日本労働弁護団常任幹事、外国人技能実習生問題弁護士連絡会共同代表、外国人労働者弁護団代表、一般社団法人弁護士業務研究所(ベンラボ)理事などを務める。「外国人技能実習生法的支援マニュアル 今後の外国人労働者受入れ制度と人権侵害の回復」(外国人技能実習生問題弁護士連絡会編、共著、明石書店、2018年)、「使い捨て外国人 〜人権なき移民国家、日本〜」(単著、朝陽会、2020年)など。


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