『はめふら』だけじゃない! 様式にとらわれない「悪役令嬢もの」の世界

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2020年09月24日 10:01  リアルサウンド

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 女性向け小説のなかで、近年ますます盛り上がりを見せるのが、「悪役令嬢もの」と呼ばれる一連の作品だ。小説投稿サイト「小説家になろう」生まれの悪役令嬢作品は、2013年頃から商業出版が進み、人気ジャンルとして定着する。そんな悪役令嬢ものは、2020年春にTVアニメ化された「はめふら」こと『乙女ゲームの破滅フラグしかない悪役令嬢に転生してしまった…』(山口悟著、一迅社文庫アイリス)の成功により、一層注目度を増している。


 このジャンルには独自のフォーマットがあり、多くの作者はその様式をなぞりながら物語を展開する。何らかの理由で死亡した主人公は、前世でプレイした乙女ゲーム世界の悪役令嬢に転生。主人公は前世の記憶を取り戻し、破滅エンドのシナリオに抗うべく、あの手この手で奮闘する。彼女の前にはゲームの攻略キャラや正ヒロインが登場し、婚約破棄や断罪イベントが発生する……というのがお決まりのパターンだ。


 もっとも悪役令嬢ものの醍醐味は、こうした定型的な展開よりも、その枠組みを前提にしつつ、いかにテンプレート描写を換骨奪胎してオリジナリティを盛り込むかという手腕の方にあると言えよう。今回の記事では、様式美を踏襲しながら独自のカラーを生み出す3作品を通じて、悪役令嬢世界の一片を紹介したい。


正統派作品『悪役令嬢なのでラスボスを飼ってみました』

 最初に取り上げるのは、『悪役令嬢なのでラスボスを飼ってみました』(永瀬さらさ著、角川ビーンズ文庫)。9月1日発売の第8巻で完結を迎えたばかりのシリーズだ。主人公のアイリーンは、エルメイア皇国の皇太子セドリックから婚約を破棄されたショックで、前世の記憶を思い出す。ここは乙女ゲーム『聖と魔と乙女のレガリア1』の世界で、自分は悪役令嬢のアイリーンに転生した。破滅フラグを回避するため、アイリーンは「敵の敵は味方」戦法を取る。セドリックの異母兄で、ゲームのラスボスとなる魔王クロードを懐柔しようと、彼に求婚するのだった。


 頭が切れる行動派のアイリーンが「あなたを飼います」と魔王に迫り、孤独で純情なクロードは徐々にほだされつつも、「君を泣かせてみたくなった」と反撃する。互いの手綱を握ろうとする二人の攻防を中心に、テンポよく進むラブコメは、爽快な読後感をもたらす。


 また、悪役令嬢然としたアイリーンが見せる強さや優しさ、クロードや彼を慕う魔物一派のチャーミングさといった、キャラクターたちの豊かな人物造形も大きな魅力だ。ゲームの正ヒロイン・リリアは、第1巻の時点では小物すぎる腹黒キャラだが、シリーズを通じて思いもよらぬ成長を遂げるのも見所の一つとなる。


 シリーズは最後まで『聖と魔と乙女のレガリア』の世界を軸に進み、第2巻では男装姿で学園潜入、第3巻では記憶喪失、第4巻では後宮と、各巻の設定も王道を外さない。悪役令嬢ものの魅力が詰まった正統派作品として、おすすめのシリーズだ。


女性の願望に寄り添う『悪役令嬢は隣国の王太子に溺愛される』

 続いて取り上げるのは、『悪役令嬢は隣国の王太子に溺愛される』(ぷにちゃん著、ビーズログ文庫)。最新刊が第10巻と、悪役令嬢を冠する作品の中では長編となり、シリーズ累計部数は170万部を突破した。本作はイントロこそ悪役令嬢もののテンプレ展開をたどるが、ストーリーの主軸は「溺愛」に置かれ、甘々のラブファンタジーワールドを突き進む。


 ティアラローズは、卒業パーティー前日に前世の記憶を取り戻した。ここは前世でプレイした乙女ゲーム『ラピスラズリの指輪』の世界で、自分は悪役令嬢のティアラローズに転生。そしてシナリオ通り、翌日の卒業パーティーでは断罪イベントが始まり、彼女は第一王子ハルトナイツから婚約破棄を言い渡される。ところが、その場にいた隣国マリンフォレストの王太子アクアスティードが、シナリオにはない行動を取って彼女に求婚した。彼は以前からティアラローズに好意を抱き、婚約者から奪う機会をうかがっていたのだった。アクアスティードは彼女に甘い台詞をささやき、ひたすら甘やかしていく。


 ティアラローズはスイーツ好きという設定で、物語にはさまざまなお菓子が登場する。スイーツ+溺愛と徹底した甘さが特徴となる本作は、悪役令嬢ものというよりも、糖度の高い女性向け小説として人気を集めていると思われる。最新刊の第10巻では二人の間に子どもが生まれるが、ラブラブぶりは変わらない。悪役令嬢という設定をフックに溺愛カラーを打ち出し、「優しく甘やかされたい」という女性の願望に寄り添い続けるシリーズだ。


推しキャラの妹に転生『悪役令嬢、ブラコンにジョブチェンジします』

 最後に紹介するのが、『悪役令嬢、ブラコンにジョブチェンジします』(浜千鳥著、角川ビーンズ文庫)。こちらは新しいシリーズで、最新刊は第2巻。まだ巻数は少ないものの、主人公の前世であるアラサー社畜の人格を強く残した語り口や、最推しキャラの妹に転生してブラコン道を突き進む設定が強いインパクトを残す。


 ブラック企業で働くアラサー社畜SEの雪村利奈は、心の潤い求めて乙女ゲームに手を出し、妹のエカテリーナを溺愛するサブキャラ・アレクセイにハマる。やがて彼女は過労死するが、乙女ゲームの悪役令嬢エカテリーナとして転生した。前世の推しキャラの妹に生まれ変わった利奈は、シナリオ通りの破滅フラグと、多忙な日々をおくる兄の過労死フラグを回避しようと動き出す。


 本作の主人公は前世の人格が強く残り、元社畜で歴女でもある利奈による怒涛の突っ込みが入りながら進む。展開を解説する心の声や、社畜あるあるネタ、異世界の出来事をいちいち日本の歴史に置き換えて理解しようとする姿は軽妙で楽しい。最大の特徴である重度のブラコン・シスコン設定も、不幸な境遇に置かれた兄妹が互いを労わる家族愛という背景があるため、仲良しぶりに説得力が加わる。


 第2巻では公爵家の事業に関するが話題が増え、領地で産出する宝石や織物を売り込み、前世の知識を活かしたガラスペン作りで工房と職人を救うなど、物語は産業面でも広がりをみせる。兄妹話がメインゆえに現時点での恋愛色は薄いが、エカテリーナと友情をはぐくむ正ヒロインのフローラや、王道攻略キャラのミハイル皇子との関係性の変化にも注目したい。


 悪役令嬢小説はすでに膨大な作品がある一大ジャンルであり、その数は今後ますます増えていくだろう。定番の様式美を持ち、そしてその様式美から飛躍しようとするさまに、作品ごとの独創性が生まれる。そんな個性がせめぎあうこのジャンルに飛び込み、お気に入りの作品を見つけ出す読書は、宝さがしのように心躍る時間になるはずだ。


■嵯峨景子
1979年、北海道生まれ。フリーライター。出版文化を中心に幅広いジャンルの調査や執筆を手がける。著書に『氷室冴子とその時代』や『コバルト文庫で辿る少女小説変遷史』など。Twitter:@k_saga


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