天使なんかじゃない、ママレード・ボーイ、こどものおもちゃ……90年代「りぼん」が教えてくれた生き方

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2020年09月25日 10:01  リアルサウンド

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 かつて、少女漫画の典型といえば、ピュアなヒロイン。少し意地悪ならライバルがいて、ピンチになると白馬に乗った王子様が助けてくれる。奥ゆかしく心優しいヒロインの健気さに王子様は惹かれ、2人は結ばれてめでたしめでたし……だったと聞いている。


参考:矢沢あい『天使なんかじゃない』から『NANA』への道筋 「りぼん」脱却で見出した作家性とは?


 というのも1990年代前半、筆者が手にとっていた漫画雑誌『りぼん』で連載されていた人気作品たちは、その型から外れようとするものだったと記憶しているからだ。


■白馬の王子様を待たないヒロインたち


 『天使なんかじゃない』(作:矢沢あい)の冴島翠も、『ママレード・ボーイ』(作:吉住渉)の小石川光希も、『あなたとスキャンダル』(作:椎名あゆみ)の高崎友香も、そして『こどものおもちゃ』(作:小花美穂)の倉田紗南も……ヒロインはいずれも勝ち気で、自己主張をハッキリとする性格だった。


 もちろん、『姫ちゃんのリボン』(作:水沢めぐみ)、『赤ずきんチャチャ』(作:彩花みん)をはじめとする、魔法少女たちによるファンタジックな世界観の作品もあったが、そのヒロインたちさえ「修行」と称して自己研鑽を続けていく。恋も、友情も、自分自身がしっかり立っていないと、始まらないのだ。


 後に想いを通わせる男の子に対しても遠慮なく物申し、対等に喧嘩をする。ときには、傷ついた男の子を守り、幸せを願って奔走することもある。その関係性は「白馬の王子様に幸せにしてもらうお姫様」ではなく、「お互いに支え合うパートナー」と呼ぶにふさわしい。


 自分を幸せにしてくれる王子様が現れるのを待つのではなく、自分で自分を幸せにする力をつけていくということ。将来は「誰かのお嫁さん」ではなく、自らが人生の主人公として生きていくのだというメッセージを強く感じる作品が多かったように思う。


 そして、きっとこの時代の漫画を読んでいたかつての少女たちは、多くは今30代を生きていることだろう。そして、こんなことを思ってはいないだろうか……「あたしゃ、強くなりすぎちまったよ、トホホ」と。


 そんな『ちびまる子ちゃん』(作:さくらももこ)的なマインドもしっかり根付いている人もいるかもしれない。『まゆみ!』(作:田辺真由美)や『へそで茶をわかす』(作:茶畑るり)をはじめとしたギャグ漫画を読みながら、なかなかうまくいかない日常に対して、シュールなツッコミを入れる視点も育まれていった。


 少女漫画といえば現実逃避というイメージが強いかも知れないが、あのころの『りぼん』は現実をシビアに見つめる作品が多かった。人生が決して甘くない険しいものだとした上で、それでも笑い飛ばしながら明るく生きていくという“夢”を見せてくれたように思う。


■「多様性を尊重する」社会を受け入れる準備も


 いわゆる「女の子らしいヒロイン」という枠にはまらない主人公のみならず、物語の主要キャラクターたちの持つ背景も実に複雑だった。例えば『天使なんかじゃない』の須藤晃は多感な時期に両親が離婚しており、社長息子でありながら生活費をアルバイトで稼ぐ苦労人。普段は不良のような素振りを見せるけれど、子猫を前に優しい笑顔を浮かべる……いわゆる知れば知るほどギャップ萌えが待っている。


 一方で、主人公が惚れた男の子だからといって、強く、守ってくれる理想的な存在ではない。もしかしたら他の人に気持ちがあるのではないかとヒロインを不安にさせる行動を取ることもある。男の子だって弱い部分はある。それは完全無欠なヒーローを想像していた少女にとっては、多少ショックな展開だった。しかしだからこそ、その弱さも受け入れることが愛だと知ることもできた。


 その弱さを受け入れるという点は、非常に難しいところで、もしかしたら、それを知った読者のうち一定数から、相手の弱さを受け入れるあまり“だめんず“と呼ばれる男に惹かれてしまう層も生まれたかもしれない……。


 また、一見とっつきにくいクールな美人の麻宮裕子こと“マミリン“は、正反対な性格の翠と確かな友情を育む。天真爛漫な翠に、マミリンは「うれしい時はちゃんと喜んで、悲しい時はちゃんと泣けるような、そんな当たり前のことが、みんな意外と出来なかったりするのよ。あんたがみんなに好かれる理由がわかるわ」と語りかけるシーンがある。


 自分にとって当たり前のことが、他の人にとっては当たり前ではないこともある。それは、似たような価値観の人とばかり関わっていたら、なかなか知ることができない視点だ。「あたしもあたしなりにがんばるわよ」というマミリンの言葉に、どちらの価値観が正しいとするのではなく、それぞれの視点を尊重していく姿勢が垣間見える。


 さらに『あなたとスキャンダル』では、ヒロインが一目惚れする相手は女子だ。生きていれば、そうしたこともあるかもしれない。『ママレード・ボーイ』のように自分ではどうしようもない大きな流れで、人生が揺らぐことがあるかもしれない。『こどものおもちゃ』のように家族仲がこじれている家庭で育った人と出会い、共に愛を探すことになるかもしれない。


 世の中には、自分が想像もしなかった複雑な背景を持つ人がいるということ。そうした人たちとどう生きていけばいいのか。自分の人生を自らの手で切り拓くヒロインたちを通じて、数々の“If”を経験できること。それが漫画(フィクション)の力だ。振り返れば、「多様性」という言葉がこれほど世の中を席巻する以前から、それを受け入れる準備ができていたような気がする。


 まずは自分を肯定する力を身につけること。そして相手の価値観を尊重し、人生の荒波に負けないこと。そして、愛する人に理想を押し付けずに、共に成長していくパートナーを目指すこと。だが、そう人生はうまくいかないから、心の俳句を詠む余裕も持ち続けること。90年代の『りぼん』作品を何度読み返しても決して色褪せないのは、そんな今の時代にも通じるライフハックが詰まっているからかもしれない。


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