日本サッカーは名FKキッカーが絶滅の危機。元祖名手・木村和司の嘆き

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2020年09月25日 17:11  webスポルティーバ

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 直接フリーキック(FK)からのゴールは、昔から日本サッカーの武器で、これまで多くの名手を生み出してきた、はずだった。ところが中村俊輔&遠藤保仁らの活躍以降、代表でもJリーグでもハッとするような名FKシーンを見ていなくはないか? なぜ名手が出てきていないのか。この寂しい状況に、かつての名キッカーはどう思っているのか。近頃「日本サッカー殿堂」入りが発表された、木村和司氏を訪ねた。

 ◆ ◆ ◆




――日本サッカーは木村和司さんをはじめとして、数々のFKの名手を生み出してきました。ただ、その連綿と受け継がれてきた系譜が中村俊輔・遠藤保仁という名手ふたり以降、途絶えてしまっているのではないかと危惧しています。日本代表はこれまでセットプレーを大きな武器としてきただけに、その流れが止まるのは貴重な得点源を一つ失うことにもなります。日本の名キッカーの元祖である木村さんとしては、今の状況をどう感じていますか?

「たしかにサッカーでは、点が取れそうにない時に、FKを直接決めることで試合の流れがガラッと変わるのは往々にしてある。コーナーキックも結局、キッカーのボールの質がよければ入る。日本サッカーはそういう大事な場面で、いいボールを蹴る名手をたくさん輩出してきたと思う。そうした選手が出てこなくなったのは、一つはFKの練習をする選手が少なくなってきたんじゃないかな」

――木村さんの現役時代は、相当FKの練習をされたのですか?

「ワシなんかは、1日200〜300本は蹴りよった。チーム練習が終わったら(松永)成立(元横浜マリノス、元日本代表GK/現横浜F・マリノスGKコーチ)を呼んでさ、ジュースなんかを賭けてよく勝負をしたよ。あの時は面白かったなぁ。200〜300本というのは、ノルマを決めて蹴っていたんじゃなくて、楽しいからいつの間にかそんな数を蹴ってるんよ。いまはそうした選手はいなくなったんじゃないかな。チーム練習が終わったらサッとあがって、早く帰りたいじゃろう(笑)」

――松永さんとの居残り練習の日々が、キッカーとしての礎だったんですね。

「最初の頃は蹴れば入りよった。簡単よ。でもそれから成立自身も考えて、少し後ろに構えて立ってみたり、前に出てみたり、いろいろと工夫するわけ。それをまたワシが決めてやるんよ。それでまた成立はいろいろと考えていく。その相乗効果でお互い腕を磨いていった。だからよく言っているけど、成立が代表になれたのはワシのおかげよ(笑)」

――当時、それだけFKの練習をするのは珍しかったんですか?

「ワシくらいやろ。今はFKを練習する時の壁に使う人形の型をした器具とかがあるけど、ワシらの時代はそんなものはなかった。だから当時日産自動車(現横浜FM)の監督だった加茂周さんがつくってくれたよ。鉄骨にネットを張って、下には車輪がついていた。ワシのためにつくってくれたようなもんだから、練習せんといかんと。よう蹴ったな」

――それだけFKを練習しようと思った、きっかけはあったんですか?

「ワシらの時代の海外の選手と言ったら、ブラジルのペレとか、リベリーノとか、そういう選手だった。そのふたりが直接FKを決めているのを見て、自分もやってみようとなったんよ。いまは世界中の映像を簡単に見ることができるけど、あの頃はなかなか見本がなかった。ただ、ペレとかリベリーノの映像はあったからよかったな。リベリーノが壁に味方を入れて、味方が屈んだところに強烈なフリーキックを打ち込んで決めたゴールがあったけど(1974年西ドイツW杯)、あんなの見たらワシもやってみたいと思うよな」

――そんな世界のトップ選手の映像を参考にして練習されていたんですね。

「あの頃は教えられる人もおらんかった。当時の日本代表監督には『相手の顔を狙って思いっきり蹴れ』って、そう言われたよ。そんな時代だった」

――そんな時代のなか、あの韓国戦の芸術的なFKはまさに偉業ですね。

「あれがあって、韓国はワシのFKが怖いから、絶対にペナルティーエリア近くではファールをしない約束になったらしい。後々の交流戦の時に言っとったな。たしかにあのFK以来、韓国がペナルティーエリア近くでファールすることはなかったもんな」

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――木村さんにとって、日本のなかで歴代もっとも優れたキッカーは誰かと問われたら誰を挙げますか?

「それはやっぱり中村俊輔だろうな。FKに関しては、いまだって誰も俊輔には敵わないと思う」




――横浜FMの監督時代に直に彼を見てきたと思いますが、やはり別格ですか?

「横浜FMの監督時代は、俊輔の練習をよく見てた。いろんなボールを蹴り分けられて、大したもんだと思ったよ。あいつも相当な数蹴ってたわ。それでもワシらの時代と比べると少ないと思う。ただ、俊輔でもあれだけ蹴っているんだから、ほかの若い選手ももっと練習しろと思うよな」

――中村選手も練習の虫というのは、よく聞く話ですね。

「FKは基本的に、やれば蹴れるようになる。やらんだけよ。いまの選手だってやれば誰だって蹴れると思う。ただ、いまの時代コンディションの問題で、居残り練習はもう監督も嫌がるんだろうけど。それでも蹴らんのはもったいない」

――中村選手と言えば日本代表の10番というイメージが強いですが、木村さんや名波浩さんなど、日本代表の10番はそのまま日本のFKの名手の歴史でもありましたね。

「やっぱりキッカーを任せてもらうためには、チームで認めてもらう必要がある。それは、蹴って失敗しても文句を言われんようなヤツよ。日本の10番はまさにその象徴だったと思う。蹴らせてもらうワシらには、それだけ責任感があった。ワシなんかは文句言われんようによう練習した。そういうのを見ていると周りも『しょうがねえな』ってなるんよ。『外れてもええか』って」

――大きな責任もあったと思いますが、同時に自信もありました?

「自信はあった。それだけ練習しとったから。FKが3本あったら絶対に1本は決めたると思うとったわ。試合でそう何本もええところで蹴れるわけじゃない。だからあの頃は、それくらい決める自信を持っとった」

――当たり前のことですけど、やはり決めるのは大事ですね。

「大事よ。試合で10番にボールが集まってくるよな。それはやっぱりうまいからよ。あいつにボールを出したら取られないとか、あそこからええ展開になっていくとか。サッカーはやっぱりそう。結果を出して信頼を得ないと、ボールなんて出てこない。そのなかでもやっぱりゴールを決めないといけないと思う。FKだって1回でも決めれば、見ているほうも『こいつが蹴れば何かが起こりそうだな』って期待感が出てくるから」

――時代と共に、その日本の10番のイメージも少し変化していきましたよね。

「たしかに俊輔のような昔の10番タイプはあんまり出てこなくなったと思う。でも、なんだかんだサッカーのなかには10番がいるし、ワシは必要だと思う。それにやっぱり俊輔のFKは見たいよ。ええところでファールもらったらワクワクするじゃろ。ワシだったら、ええところでファールがあって、もしベンチに俊輔がいたら絶対に出す。俊輔にはまだそれだけの価値があると思う」

――そんな中村選手を超える選手がこれから出てきてほしいと願うのですが、最近の若い選手をどう見ていますか?

「久保建英はまさにメッシだと思う。日本代表でも建英がFKを蹴るようになって、エースになっていったらええと思うわ。あいつが蹴ったら周りの選手も文句は言わんだろう。右で言えば、いまの代表の10番をつけてる中島翔哉もええと思う」

――Jリーグの若手はどうですか?

「いちばん面白いと思うのは、川崎フロンターレの三笘薫。彼がFKを蹴ったら、どんなボールを蹴るのか見てみたいよな。ああいうアイデアがあって、テクニックがある選手はワクワクするものがある。FKを蹴らせたって、絶対面白いボールを蹴ると思うよ」

――プレーを見ていて、やはりセンスを感じますか?

「やっぱりパスとか、蹴り方とかを見ればわかるよね。三笘に限らず、ほかの若手もなんだかんだいい選手は出てきていると思う。それはワシらの頃と比べれば、世界のいろんなトップ選手のプレーを簡単に見ることができるのが大きい。若い選手のボールの持ち方を見ても、海外のトップ選手のプレーを参考にしているんだろうなと感じるよ。そんな環境でサッカーができてええなと思う」

――FKもそれくらい練習すれば、いいキッカーもまた生まれてきますよね。

「ワシは現役の頃、FKだけの選手だと見られるのはなんとなく嫌だった。でも考えてみれば、それも一つの大きな武器なわけだよな。だからチームとしても、キッカーの練習はやらせたほうがええとワシは思う。やっぱり、チームに優れたキッカーがひとりもいないのはもったいない。これからの日本代表で言えば、建英と翔哉には信頼を勝ち取ってもらって、キッカーとしても代表を引っ張っていく存在になってほしいと思う」

木村和司
きむら・かずし/1958年7月19日生まれ。広島県出身。広島県工業高→明治大学→日産自動車→横浜マリノス(現横浜FM)でプレーし、数々のタイトル獲得に貢献。86年に国内からのプロ選手第1号となる。大学時代からプレーしていた日本代表でも活躍。国際Aマッチ54試合出場、26得点。ウイングやトップ下のポジションで多くの得点シーンを演出。とくに直接FKからのゴールは抜群の決定率を誇り、名シーンを多くつくった。引退後はフットサル日本代表、横浜FMの監督を務めた

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