社会から疎外された人と猫を包み込むーー動物愛護施設「LOVE&PEACE Pray」の熱意

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2020年09月26日 09:01  リアルサウンド

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 先天性心疾患を持って生まれてきた筆者にとって、まだまだ障がい者がありのままに生きることが難しい今の社会は窮屈だ。周囲から向けられる偏見の眼差しはどれだけ歳を重ねても痛く、いつ悪化するか分からない持病はまるで時限爆弾のように思える。いわゆる「普通」には決してなれない事実が悲しくて、悔しくて死にたくなった日など何度もあった。


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 それでも死に踏み出さなかったのは、猫と生きたかったから。『優しい手としっぽ 捨て猫と施設で働く人々のあたたかい奇跡』(咲セリ:著/カジ:写真/オークラ出版)は、これまで歩んできた人生を思い起こさせる一冊だった。


■「すべての命は平等」就労施設に込めた尊い祈り


 滋賀県大津市にある「LOVE&PEACE Pray」は、障がい者の就労支援施設でもある動物愛護施設。様々な障がいを持つ人々が一般職に就くまでの間、トレーニング(仕事)として給金を貰いながら保護猫たちのお世話をしている。本書にはそんな人々の生い立ちや猫との交流が描かれており、設立者の藏田和美氏の想いも知れる。


 長年、猫の命を救い続けてきた藏田氏がこうした形態の就労支援施設を作ろうと考えたのは、自身が機能不全家庭に苦しんで居場所を求めてきたことや、命はすべて平等だという考えを持っていることが大きく関係している。


 藏田氏は一般的には敬遠されやすいハンディキャップを持つ猫の保護も躊躇しない。それは、彼女が保護活動を通して、自分を卑下せず、できることを思いっきり楽しむ障がい猫たちの姿に尊敬の念を抱き、そしてこの社会の在り方に疑問を持ったからだ。


 私たちが生きている社会は不平等で、障がいを持つ人や動物には偏見の眼差しが向けられることも少なくない。だが、藏田氏は自身の活動を通して、猫たちだけでなく、障がいを抱える人たちからも大切なことをたくさん学んだそう。だからこそ、著者にこんな思いを語った。


“「何もできない人なんて、ひとりもいない」もし、本人が「何もできない」と思っているのなら、それは周りがそう思わせてしまっているのだと。”


 障がいに限らず、今の世の中では個人が必死に抱えてきた生きづらさに冷たい視線が向けられることがまだまだ多い。だが、こうした取り組みや想いが広く伝われば、少しずつではあるが、人も動物も生きやすい社会に近づいていくのではないだろうか。


 そのためには自分に何ができるか。藏田氏の熱意を知ると、そんなことも考えたくなる。


■「ディスレクシア」の自分が見つけた居場所


 本書に登場する人々はみな、それぞれ違った障がいや苦しみを抱えているのだが、その中でも自分と重なったのが、一般職に就き、半卒業生となった立花氏。還暦間近の彼は読み書きが困難な「ディスレクシア」や対人恐怖症、不安障害を抱えている。


 立花氏が自分は人と違うと気づいたのは、小学生の頃。読み書きができず、授業についていけなかったが当時はそれを障害だと思う人はおらず、教師には劣等生のレッテルを貼られ、クラスメイトからは暴力を伴ういじめを受けたそう。


 出席日数ギリギリで中学校を卒業してからは、家業を継ぐという名目で畑や田んぼを手伝ったが、もともと両親と折り合いが悪かったこともあり、精神的に辛い日々を送った。


 40代になると家業を継ぐことをやめ、建築関係の職に就いたが、気性の荒い親方に怒鳴られ続け、精神的に限界に。河に身を投げようと考えたが、死にきれなかった。生きるのが苦しいのに、死ぬこともできない自分に立花氏は絶望。しかし、「LOVE&PEACE Pray」で猫たちと触れ合ううちに、少しずつ「死」よりも「生」に目を向けられるようになった。全幅の信頼を寄せ、身をゆだねる猫たちが、立花氏の心を照らしたのだ。


 また、施設のスタッフや藏田氏は、これまで気づけなかった自分の良さに目を向けてくれた。人から怒鳴られ、否定され続ける人生を歩んできた彼にとって、「LOVE&PEACE Pray」は居場所になったのだ。


 自分のことは好きにはなれないけれど…と前置きしながらも、立花さんはこんな言葉を漏らす。


“まだ死ねないなあとは思います。明日も猫に会いたいから……”


 この言葉を目にし、筆者の頭に浮かんだのは19歳の自分。障がいがネックとなって就職がうまくいかず、最後の頼りだと思っていた心療内科のカウンセラーから「そんな奇妙な身体でどうして生きていられるの」と聞かれ、死にたくてたまらなかったあの頃、絶望から救ってくれたのは人ではなく、1匹の子猫だった。


 ゴミのように遺棄されていたその猫は人から裏切られたのにも関わらず、筆者を無条件に受け入れ、膝の上で眠った。その姿を見た時、誰かにとって必要な存在になれていることに、泣けてたまらなかったのだ。こんな自分でもできることがある。そう感じたから、もう少しだけ生きてみようかと思え、今に至る。


 生と死の狭間から抜け出せなくなった時は、壮大な生きる意味が欲しくなる。でも、「ただ、明日も猫に会いたいから」という理由だって、立派な生きる意味だ。立花氏と同じく、筆者もまだ自分を認められはしないけれど、それでも愛猫がいるから生きていきたいと思う。


 見過ごされ、支援の手からあぶれた命に「ひとりぼっちじゃない」と寄り添ってくれる本書。この温かさに元気を貰える人は、きっと多い。


(文=古川諭香)


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