<純烈物語>夢を叶えた直後に訪れた 「八起」の焼き肉は紅白初出場の味<第64回>

0

2020年09月26日 09:02  日刊SPA!

  • チェックする
  • つぶやく
  • 日記を書く

日刊SPA!

写真写真
―[ノンフィクション連載「白と黒とハッピー 〜純烈物語」]―

◆<第64回>夢をかなえた直後に訪れたメンバーたち。「八起」の焼き肉は紅白初出場の味

 グループ結成以前から酒井一圭を応援していた「焼肉八起」のおかみ・唐澤時子さんにとっても待望の、純烈デビューシングル『涙の銀座線』が2010年6月23日にリリース。歌の教室に通い始めて最初に習ったのが演歌だったため、なんの抵抗もなく入っていけた。

 その頃は紅白歌合戦出場など夢のまた夢。おかみさんも「厳しい歌の世界で簡単に有名になれるわけがない」と理解しつつ、それでも純烈が途中でダメになるとは微塵も思わなかった。

「純烈さんが“夢は紅白、親孝行”ってバン!と出した時に、これはいい言葉だなと思って店の中へ貼り出すもの全部にこのセリフを入れたんだっけ。あたしらの世代からすれば紅白っていうのはトップ中のトップだから、その名前を出されたら“夢の紅白→よし、いこうぜ!”ってなっちゃって、いけないなんていう思いは浮かんでこないのよ。出られると信じる以前の問題。だってさ、無理だなんて思ったらポスター貼らないわよ」

 酒井からボイストレーニングをはじめこういうことをやっていると聞かされるたびに、おかみさんの脳内には純烈が日本中の人々を楽しませている情景が浮かんできた。口に出し直接本人たちには言わずとも、いつの日かそれが現実になるのを予見していたのだ。

 そんな純烈のステージを初めて生で見たのは、まだ6人編成だった頃。マヒナスターズと共演した東京のステージで、それは生バンドによるライブではなかった。そのあと、町田の鈴木楽器へキャンペーンに来た時も足を運んだが基本、土日はとくに店が忙しいためいけない。

 近くにあるグリーンホール相模大野へ純烈が来た時は若手歌手との“対バン”でワンマンではなかった。ここでおかみさんは、初めてメンバーと写真を撮る。それまでは「応援してね!」と店のお客さんに言って一緒に撮影したものに限られていた。

「でも、その時よりも一番忘れられないのが2度目にグリーンホールへ来た時のステージ。前回は生バンドじゃなかったのが、幕が開いたらドーン!と生演奏で始まったの。あれは嬉しかったよねえ。

 そのときは満員じゃなかったのが、満席になって。一緒にしちゃいけないけど子どもがお遊戯しているのを見て泣く親の心境みたいなものでさ、ここまで来たかーって。今思い出しても涙が出ちゃう。そりゃ紅白に出た時も嬉しかったけれど、そこまでが大変だったんだから。『よくここまで頑張ったね。ここからは、もういけるよ』って」

 ファンの方々も心得ていて、おかみさんを誘うなら月曜or火曜。その分のチケットを押さえてくれるので店が忙しいなか、助かっている。中野サンプラザ、浅草公会堂、なかのZERO大ホール、前川清の50周年記念明治座公演と足を運ぶ一方、NHKの『うたコン』にも「ハガキを出して1枚で2名観覧できるのでいきますか?」と誘われ収録に参加。

 当選するために何十枚と書いて送っていることを知り「そんなに大変だったの!? それなら自分でやらなきゃ!」と、毎回30枚ぐらい応募するようになった。ファンとの血が通った交流とともに、純烈もどんどんステータスをあげていった。

◆聖地・東京お台場 大江戸温泉物語にも誘われることに

 そのうち、聖地・東京お台場 大江戸温泉物語にも誘われる。昼の部に続き夜も座敷にちょこんと座っていると、酒井が驚きながら「今日は八起さんが来ています!」とステージ上から紹介。いっせいに純子・烈男の視線が集まる中、旦那の章さんと2人で下を向き続けた。

「色紙の話や『店で歌をかけてくれるんだよ』ということを酒井さんが紹介してくださったんだけど、大勢の中であたしたちは2人だけだからビックリしちゃってね。ありがたいんだけど、この状況はどうしたらいいの?って固まっちゃった。お店だったら立ち上がって『はーい!』って手をあげられるけど、みんなが同じ条件の中で『八起でーす!』って言うわけにはいかないじゃない。

 帰ってから(長男の)お嫁さんに報告したら『私だったら立ち上がって両手をあげて元気によろしく!って言っていたわ』って言われたけど、あの時もファンの方々が温かく拍手してくれて『話を聞いて感動しました』って声をかけてくださる方もいたの。ラウンドの時はメンバーの皆さんと目が合って、手を差し出されるたびに『エヘヘヘヘ』ってなったわ」

 撮影会も、その時に初めて参加。みんなスムーズに進んでいるのを見て時間をとらせちゃいけないと思ったが、4人のうち誰のところにいけばいいか迷っていると酒井が「ママは真ん中においで」と手を差し伸べた。写真を撮りながら、みんながやさしく声をかけてくれた。

 そんな経験を重ねつつ、おかみさんの普及活動は続けられた。たとえばテレビで見かけたらすぐに「今、純烈さんがテレビに出ているから見て!」とツイートする。本当は、もっともっと現場で声を出して応援したいところだが「ファンの人たちが持ってきてくれる健康センターにおけるライブの写真を見せてもらうことで、気持ち的には参加している」と自己解釈。

◆紅白初出場の際には…

 純烈とともに待ち続けた紅白初出場の報は、ネットに出ているのを見つけた長男嫁→それを電話で知らされた旦那→自分の順で伝達された。決まったら店の中へ飾ろうと準備していたものがあり、すぐさまその最後の仕上げにとりかかった。

「垂れ幕や横断幕じゃないものをと考えていたら、アルバイトの子が『アイドルっていったら等身大』っていうんで、模造紙を買ってきて少しでも時間ができたらみんなで広げて貼ったり描いたりしてきたものがあったのよ。写真を等身大に引き伸ばしたものじゃなく、顔以外は描いて塗ったもので、顔だけ写真をコピーして貼るの。最後はお花やリボンを嫁さんがつけてね。

 そんなことをやっていたらテレビ局から電話があって『できましたか?』って。『知ってんの? 15時ぐらいまでならできます』『じゃあ、できましたら動画を送ってください』となって、その日に店へ来たお客さんにおめでとうと言ってもらっているところを撮って送ったのよ」

 単に写真を引き伸ばしたものではなく、3ヵ月かけてみんなで作った。ご存じの通り純烈のメンバーは長身だから、等身大となるとそれだけ手間もかかる。選ばれる保証などないのに、みんながその瞬間を祝いたいとの思いで動いていたのだ。

 紅白初出場会見を終えた純烈は、そのまま群馬のディナーショーに出演。夜通しで帰京し翌朝から各メディアをハシゴ、その翌日もテレビ収録をこなしてから車で愛知へ向かう前のわずかな空き時間に、八起へ寄った。

「紅白出場ってなったら、絶対にみんなからのお祝いでシッチャカメッチャカになるんだから、来年にでも落ち着いたら来てよねって言っていたのに、マネジャーさんから『今日の夜9時ぐらいにいきますのでよろしくお願いします』って電話が来たの。メンバーの誰が来るんだろうと思っていたら全員でさ、ビックリしちゃった。

 でもね、ウチのスタッフの子は『絶対(友井雄亮を含む)5人で来ると思うよ』って、アルバイトで働いたお金で一人ずつの花束を買って5人に渡したのね。思いをこめて作ったもので祝って、本人たちが来てくれるなんて最高じゃない」

 純烈にとっても嵐のような3日間の中で、ようやく味わえた束の間のホッとできた時間だった。メンバーが乾杯できたのはこの場が初めて。八起の焼き肉は、夢の初紅白の味でもあった。

 友井は現在、大阪で焼き肉店の店長として日々仕事に励んでいる。あの時の味と八起の温かみは、今なお心の中に残っているのだと思う。

 紅白のステージに立った純烈の晴れ姿は家族一同が集まり、店で見た。その時、おかみさんは噛み締めたという。

「こんなにしあわせと笑顔をもらっていいのかしら。でもあたしだけじゃない、純烈さんはみんなにしあわせをプレゼントしているんだよね。素晴らしいよ。私を、こんなにしあわせにしてくれてありがとうね――」

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 ランチタイムと夜営業の間の休み時間も少し過ぎてしまった。外にはすでに予約を入れたグループが待っている。そろそろ取材の方も切り上げなければならない。

 最後に聞くことは決まっていた。「普段は言えないけど、酒井さんに言いたいことがあったらこの場で言ってください」。時子さんは1分ほど黙り込んで考えたあと、こう言った。

「ありがとう。ずーっと、ありがとう。死ぬまで……いや、死んでもありがとう」

 純烈が紅白初出場を決めた時に思った感謝の気持ちは、あれから1年9ヵ月が経ってもなんら変わっていなかった。それをこちらが言うと、八起の名物おかみさんは次の言葉を残して接客のために立った。

「だってさ、純烈さんは人の人生を応援しているんだもん」

※この項終わり。次回からは酒井一圭以外のメンバー3人にとっての2020年がどんな日々だったかを、本人の証言をもとにお届けします。お楽しみに!

―[ノンフィクション連載「白と黒とハッピー 〜純烈物語」]―

【鈴木健.txt】
(すずきけん)――’66年、東京都葛飾区亀有出身。’88年9月〜’09年9月までアルバイト時代から数え21年間、ベースボール・マガジン社に在籍し『週刊プロレス』編集次長及び同誌携帯サイト『週刊プロレスmobile』編集長を務める。退社後はフリー編集ライターとしてプロレスに限らず音楽、演劇、映画などで執筆。50団体以上のプロレス中継の実況・解説をする。酒井一圭とはマッスルのテレビ中継解説を務めたことから知り合い、マッスル休止後も出演舞台のレビューを執筆。今回のマッスル再開時にもコラムを寄稿している。Twitter@yaroutxt、facebook「Kensuzukitxt」 blog「KEN筆.txt」。著書『白と黒とハッピー〜純烈物語』が発売
    ニュース設定