池井戸潤が「半沢直樹」新作を語る! 情報の多寡でモノの値段は変わる

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2020年09月30日 08:00  AERA dot.

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写真作家の池井戸潤さん(撮影/写真部・加藤夏子)
作家の池井戸潤さん(撮影/写真部・加藤夏子)
 大ヒットドラマ「半沢直樹」の原作者、池井戸潤さんが、9月30日発売のAERA増刊『AERA Money 今さら聞けない投資信託の基本』の巻頭インタビューに応じた。一部抜粋してお届けする。

【写真】「探偵半沢、絵画の謎に挑む。」

*  *  *
 取材会場の机の上に一冊の画集。

「この絵、いいなと思って。色が、とてもよかった」

 池井戸潤さんの6年ぶりの新刊『半沢直樹 アルルカンと道化師』では絵画が重要なモチーフとなる。そのインスピレーションを得た油彩が載っていた。

 アンドレ・ドラン(1880〜1954年)の《アルルカンとピエロ》。アルルカンもピエロもイタリア喜劇では定番キャラクターで、西洋画家たちが好んで描いてきた。ずる賢く強欲なアルルカンと純粋かつ愚直なピエロの対比は、観る者の想像力をふくらませる。

 池井戸さんはドラン作品を鑑賞した際、「ペテン師と詐欺師」というハリウッド映画が原作のミュージカルを思い出した。ペテン師と詐欺師が人をたらし込む力量を競い合う、軽妙なコメディーだ。日本では石丸幹二さんと山田孝之さん主演で昨年上演され、話題を呼んだ。

「日本版のミュージカルもとてもおもしろかったんですが、タイトルの付け方がユニークだと思って。原題は『Dirty Rotten Scoundrels』(編集部注:ひどく下劣な悪党)で、全然違う。そして、ペテン師も詐欺師も、意味は一緒。なかなかしゃれたタイトルですよね。そこで僕も、『だましだまされ』がおもしろい構図のミステリーを書けないかな、と思ったのが、今作の出発点です」

 「半沢直樹」シリーズの単行本としては、2014年の前作『銀翼のイカロス』以来。

「6年も経ってしまいましたか」

 と池井戸さんは表情を緩める。

 当初は東京中央銀行に勤める主人公・半沢の同期行員、渡真利(とまり)忍を主人公としたスピンアウト作品を構想していた。渡真利は半沢と同じ慶應義塾大学の同窓生で、行内きっての情報通という設定だ。

「150ページほど書いたのですが、どうもうまくいかなかったので、残念ながらボツにして、半沢を主人公に一から書き直しました」

 作中では、経営難の美術専門出版社「仙波工藝社」をめぐる買収計画が描かれる。創業100年近い老舗とはいえ2億円の借り入れがままならない赤字出版社に、破格の買収価格を提示する買い手企業が現れるのだ。

「持っている情報量が違うために、当事者によって妥当な価格が変わってくるわけです。持っている情報によってモノの価値が変わって見えるともいえます。企業の株価が典型ですよね。会社の中で何が起きているか、外からはうかがい知れません。記者会見や報道発表文で会社から情報が出てきて初めて、何が起きていたかを知るわけです。もしも発表より先に知っていれば、事前に売り買いする人が出てきますよね」

 情報が多くあり、実は有望であると判断されたら高くなる。何の情報も得られずどこがいいかわからなければ安いまま。確かに株価と通じるものがある。

 作中では、未到の山林を舞台にした小話も出てくる。

「ある企業に持ち込まれた実話をもとに組み立ててみました。情報がモノの価値を左右し、だましだまされる。そんなことが日常生活のいろいろな場面で実際に起こっています」

 意外にも池井戸さんは多くの取材をしない。想像力をフル稼働させる。

「今回は本の後ろに、執筆に協力してくれた3人の名前を載せました。このうち2人は友人です(日仏通訳・翻訳家の友重山桃《ともしげゆら》さん、アドバンストアイ株式会社の岡本行生さん)。初めてお会いして取材したのは、東京国立近代美術館主任研究員の保坂健二朗さんだけ。作品はリアルに読んでもらえると思いますが、実際には現実と少し違う部分もあるでしょう」

 池井戸さんは元銀行員だが、銀行の現場を100%忠実に再現しているわけではない。創作した部分も当然ある。内情をよく知っているからこそ銀行を旧態依然とした敵のように扱うのだろうか……と勝手に想像していたが、違った。

「よく誤解されるんですが、銀行に対して特別な感情をもって書いているわけではありません。好きだから良く書くわけでも、嫌いだから悪く書くわけでもありません。エンターテインメント作品ですから」

『アルルカンと道化師』では、銀行に加えて絵画の世界が舞台になる。絵画では、他人の絵に似た作品を描いたからといって作品の価値が否定されるわけでないことを知り、興味を持ったという。

「模倣と盗作、剽窃(ひょうせつ)は紙一重。そこを分け隔てるのはどうも、『真似するほう』と『されるほう』の人間関係のようです。日本の画壇でかつて権威ある賞を取った画家がいて、受賞後に海外の画家からクレームが入り、賞を取り消されたことがあります。両者の関係がちゃんと成立していなかったために問題化したのですが、もし両者の間で作品を模倣することに了解があった場合は?評価が難しくなりますよね」

 令和の現在なら、盗作疑惑が出たとたんにSNSで大炎上しそうだ。両者の関係性などどうでもいい輩やからが背景も調べずに批判の大合唱をするだろう。SNSでの書き込みをめぐって有名人のアカウントが燃えるケースもこのところ頻発している。作家も例外ではない。

「批判は結構ですけども。ただ、本名でやりませんか」

 どこの誰かわからない状態でカーテンの向こう側から批判するのは誰でもできる。本当に批判するなら名前と素性を明かしてやればいいが、そんな人はほとんどいない。半ばストレス解消のように、誰かをバッシングする人が絶えない世の中。

「この状況は変わらないと思います。インターネット上のアカウントを一人に一つ割り当てて、書き込みと投稿者をひも付けるという策も、現実的ではないでしょう。発信する側が発言に気を付けるしかありません」

 池井戸さん個人がSNSによる情報発信をしていないのには理由がある。

「プロの書き手なら、しかるべき媒体で自分の主義主張を展開すればいいと考えているから。なぜ作家がタダで書いた文章で炎上しているのか、不思議で仕方ありません。職業作家として文章を生業(なりわい)とするなら、正攻法で世に問うべきでしょう」

 池井戸さんの作品はリアルかつ誰にでも楽しめるストーリーが特長。細かい心理描写はあえてされていないのに、敵対する人間に向かう半沢の息遣い、場の張りつめた空気が伝わってくる。

「エンターテインメントはわかりやすさが重要です。読んだだけで、登場人物の表情や風景がすぐに思い浮かぶような作品になるよう、常に心がけています。その点、『半沢直樹』シリーズは読者がドラマのイメージで脳内変換してくれるから、書きやすくなりました」

 ドラマと小説では設定が多少違うが、映像化されたときのことを想像して書いたりはしない。テレビで「半沢直樹」を見るときは、一視聴者として純粋に楽しむ。

 自分自身に向かう作家と読者に向かう作家がいるというが、池井戸さんは完全に後者のようだ。

「万人が楽しめる作品をつくりたいと思って書いているので、意識して形容詞を省いています。意味がわかりづらい横文字やカタカナ語も、極力使いません。小学生から80代のお年寄りまでいる、幅広い読者のためです」

――続きはアエラ増刊『AERA Money 今さら聞けない投資信託の基本』で――

<プロフィル>
池井戸 潤(いけいど・じゅん)/作家。1963年、岐阜県生まれ。慶應義塾大学卒業。1998年『果つる底なき』で江戸川乱歩賞を受賞しデビュー。2010年『鉄の骨』で吉川英治文学新人賞、2011年『下町ロケット』で直木賞を受賞。主な著書に「半沢直樹」シリーズ、「下町ロケット」シリーズ、「花咲舞」シリーズ、『空飛ぶタイヤ』『ルーズヴェルト・ゲーム』『七つの会議』『陸王』『民王』『アキラとあきら』『ノーサイド・ゲーム』など


(構成/大場宏明、編集部・中島晶子、伊藤忍)

このニュースに関するつぶやき

  • 自分の母校で間違いなく一番有名な卒業生。これだけは自慢しちゃう笑
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  • 小林ウヨしのりや嘘八百田尚樹のように、作家が全面に出てくるのは二流なんだよな。作家のタレント性を下駄にしてる感じがする。一流の作家は作品だけで勝負する人。
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