錦織圭、実戦不足の代償は大きかったが収穫あり。「焦っても仕方ない」

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2020年10月02日 06:22  webスポルティーバ

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「もーう! 集中!!」

 自らを叱責する声が、コートサイドにまではっきりと聞こえてきた。

 セットカウント1−2とリードされ迎えた、第4セットの終盤。リターンを打ちそこなった錦織圭は、顔を一瞬しかめて声を上げると、すぐに表情を引き締めて腰を深く落とし、次のリターンに備え構える。

 その次のポイントでは、相手サーブをしっかりと返し、ラリー戦で打ち勝った。続くブレークポイントでは、フォアハンドの鋭いリターンで、相手のフォアを打ち破る。




 自分のプレーに覚える一定の手応えと、思うようにいかない局面も多々あるもどかしさ。それでもなんとか勝利を......いや、1ポイントでも多くもぎ取りたい、という執念が凝縮されているかのようなゲームだった。

 実際にこの日の錦織は、これらの情動すべてを胸に抱えてコートに立っていたようだ。

 最初のゲーム、いきなり3本連続でフォアをミスし、ブレークを許す苦しいスタート。初戦に続く出足のつまずきが影響し、第1セットは落とした。

 しかし、その後は徐々にフォアの逆クロス、さらにバックのダウンザラインなど、錦織らしいストロークや展開力も見られ始める。

 第2セットは6−2で奪い返し、第3セットは先にブレークを許すも追いつく。得意の土俵ともいえるタイブレークへと持ち込んだ。

 そのタイブレークで、錦織はポイント連取の好スタートを切る。だが、ここから相手がフォアの豪腕で攻め立ててきた。

 対戦相手のステファノ・トラバグリア(イタリア)は、10年ほど前からアルゼンチンを拠点にし、クレーで最も戦績を残している。だが、もともとは速いサーフェスでの早い展開を得意とする選手だ。

 19歳の時にガラスで右手を切る大ケガを負い、その後遺症は今でも完全に消え去った訳ではない。一時はテニスをあきらめかけたという。

 トラバグリアはそれら試練を乗り越えて、10年に及ぶプロキャリアを送ってきた。しかしながら、まだグランドスラムの3回戦以上の経験はない。

 その苦労人に、ようやくチャンスが巡ってきた。それを掴み取るべく、タイブレークではドロップショットも混ぜつつ、しゃにむにポイントを追い求めてきた。

 錦織のセットポイントにフォアを叩き込んでしのいだ時は、コートサイドで見守るコーチとともに雄叫びをあげ、尋常ならざる気合いを見せる。最後は錦織のフォアがラインを逸れ、第3セットはトラバリアの手に渡った。

 のちに錦織はこの試合を、「3セット、4セットで勝てたんじゃないかというのもあるので、悔やまれる」と振り返ったが、結果的にはタイブレークがターニングポイントとなっただろう。

 第4セットは、錦織が現時点で持てる力を総動員して奪い返す。しかし、初戦に続きマラソンマッチを戦う代償は少なくなかった。

 第4セットの途中から肩に痛みを覚え、最終セットでは明らかにファーストサーブの威力が落ちた。体力的には「大丈夫だった」と気丈に言うが、試合終盤に足が止まったのは如何ともしがたい。

 劣勢に立たされたファイナルセットの、ゲームカウント1−5の相手サービスゲーム。ブレークポイントで叩き込んだ渾身のバックのリターンウイナーは、自分の力はこんなものではない、という叫びのようだった。

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 試合時間、3時間53分。4−6、6−2、6−7、6−4、2−6の死闘を敗者として終えた錦織の胸中を、リモート会見のモニター越しの表情からうかがい知るのは難しい。

 ただ、そのなかでも、彼の強い想いがまっすぐに伝わってきた場面がある。

 今日の試合を振り返り、「今まで一番よかったはよかったですけれど」の言葉の後に続けた「まだまだ自分のいい時には、まったく達してないですが」のひと言。「まったく」と吐き出した語気の強さに、矜持と、再び「自分のいい時」を目指す決意が込められていた。

 復帰後では一番いいプレーと感じながらも、「まったく達していない」といういい時との乖離の理由は、「安定感のなさ」にあると言う。その足りない要素を補うには「いっぱい試合して、いっぱいテニスして......それしかない」と明言した。

「どうしてもショットにブレが出たり、毎回ボールも違うので。ボールの感覚がまだまだ乏しいなかで、振り切ってプレーしなくてはいけない。そこは、テニスを何カ月もしていないと必ず通らないといけないところなので」

 練習ではいい打感が掴めていても、"いかに相手に心地よく打たせないか"を競う実戦では別物だ。

 打点や球種が毎回異なり、イレギュラーもあるなかで判断力や適応力を発揮してラケットを振り切るには、リアルタイムで更新される情報を収集し、瞬時に処理する能力が求められる。その能力を再獲得していくには、実戦を重ねるしかない。

 過去のケガからの復帰のプロセスでそれを知る錦織は「焦っても仕方ないので、今は割り切ってやらなくてはならないところ。そんなに重く受け止めてないです」と淡々と述べた。

 コートに立てば、勝利を渇望するのはアスリートの本能だろう。それでも大会が終わった時には、「結果はなんでもよかった。いい試合だったし、5セットも2回できたのでよかった」と、実戦の空気に存分に触れたことを収穫とした。

「今日はラケットが振り切れていて、安定感はないものの、プレーはよかった。クレーは終わりますが、いい試合で終われたので、よかったと言えばよかった」

 今季はこの先、出られる大会はすべて出ていく予定でいる。

「自分との戦い」を乗り越え、今はまだ散在している種々のピースが、実戦経験をカギとして、カチリと噛み合う時を求めて......。

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