「野球の変なフォーム癖は将棋でもある」 糸谷哲郎八段が語る棋士と哲学

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2020年10月02日 08:00  AERA dot.

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写真糸谷哲郎(いとだに・てつろう)/1988年生まれ。広島県出身。八段。2006年、四段に昇段し、プロ棋士となる。現役棋士として初めて国立大学へ進学 (c)朝日新聞社
糸谷哲郎(いとだに・てつろう)/1988年生まれ。広島県出身。八段。2006年、四段に昇段し、プロ棋士となる。現役棋士として初めて国立大学へ進学 (c)朝日新聞社
 棋士の能力といえば、「読む」が重要だと思われがちだが「切る」も必要だ。AERA 2020年10月5日号では将棋的思考力を特集。その中からここでは、大阪大学文学部哲学科から同大学院博士前期課程修了の棋士、糸谷哲郎八段への単独インタビューを紹介する。

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 受験勉強でも将棋でも、1日十何時間やるみたいなことはあまり効率的ではありません。同じことをやり続けて飽きると効率も低下し、間違った学習をしてしまうとマイナス効率になりますよね。野球でいうと変なフォームの癖がついて正しい動作に戻しにくいみたいなことです。

 将棋でも同じような現象があって、よくわからない手ばかり指しているとそれが思考回路の癖になって直らなくなる。だらだらやってるときに、得てしてそういうことが起きやすい。

 ふだんから何か考えているのが好きです。哲学がライフワークなのも、そこからです。

 人間は動作に関するデータを知り、そのデータから考えればそのままの動作を出来るわけではありません。哲学者ハイデガーはハンマーと釘の例えを用いましたが、ハンマーを使って釘を打つときに私たちはいちいちその行為を認識し考えているわけではなく、その行為を自然と行っているのです。日常の動作をスムーズに行うためには、データを知ることではなく慣れることが必要なのです。

 だから人間はどうやって自転車に乗れるのか考え始めると、逆に漕げなくなる。呼吸したり歩いたり自転車に乗ったりという動作は、そのことに関するデータを頭で思い起こして行っているのではなく、繰り返すうちになんとなく出来るようになっているんですね。

 たとえば将棋に関する全情報を伝授されたとしても、初見でいい手が思いつくはずがない。将棋ソフトはそうしているように見えますが、それは全種類の手を読んでも大丈夫な思考をしているから。そういう意味で、人間より強いソフトは存在しても、人間より思考量的に効率の良いソフトは存在しにくい。

 棋士には「読む」だけでなく「切る」能力が求められます。

 私がよく使う例えでは、その事業所に赴任したての人がランチに行こうとしたとき、初めは周囲に不案内だから食べたいものを考えて外に出る。でも慣れるに従って、この近辺にはまずいラーメン屋しかないからラーメンは選択肢から外そうとか、あそこの海鮮丼はうまいとか、徐々に定番に絞られていく。それと同じことが将棋盤の上でも起こっているんです。

 ただ、効率を重視しすぎることで大ポカもあります。将棋でも、似た局面では大悪手だったから読まなかったけど、実はこの局面では良い手になっていたとかあるんです。逆にコンピューター的な総当たり思考だと見逃さないのです。

(構成/編集部・大平誠)

※AERA 2020年10月5日号

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